223話 不愉快な場所

 再び、ヨシワラへと帰っていく姫君を見送った三人は、温泉地で一泊してから(※15)、再び青い煉瓦道に戻り、北への道に進む。


>>たびびとA「どうもこんにちは このさきには ヴォーパルとりでが あるよ」

>>たびびとB「わきに それると タムタムのまちが あるぜ」

>>たびびとC「タムタムのまちは いいとこだ」

>>さんぞく「おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!」

>>たびびとD「タムタムのまちでは あんぜんに レベルあげが できるぞ」

>>さんぞく「おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!」

>>さんぞく「おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!」

>>たびびとE「じゅうぶんに レベルあげしてから ヴォーパルとりでに いくべきだ。ぐたいてきに いうと レベル100000000000000000くらい」

>>さんぞく「おっときさまら そこまでだ! このさきにある タムタムのまちで レベルあげを するまえに やっつけてやるぞ!」


「はいはい」


 幾度となく繰り返される「レベル上げ」の案内に、少し呆れつつ。


「とにかく次は、タムタムの街へ行け、と。このゲームの制作者はそう言いたいみたいだな」


 実際、四人の姫君に言われた「効率的なレベル上げ」を行うには、タムタムの街を経由する必要がある。

 その手段は正攻法とは言い難いが……いずれにせよ、あの街へ向かうのはゲーム的にも正規のルートのようだった。

 しかし、


「……………………………ううん」


 仲間の一人、――シルバーラットの雰囲気は、昏い。

 道中、わりとおしゃべりな彼女が黙ると、より一層それが顕著に思えた。癖の前転ローリングの回数も無駄に多い。


 どうも、タムタムの街へ向かうのが気が進まないようだった。


「やっぱり俺……タムタムの街は通り過ぎた方がいいと思うんだけども」

「あら? わかりませんね。レベル上げをするんなら、そういう訳にはいかないのでしょう?」


 と、沙羅。彼女は、女子を相手にしたときだけ、実に穏やかな声色を使う。


「あの、四人の姫君の言葉を借りるなら、そうだが」


 そこでシルバーラットはがっしゃんとローリングして、


「だが、あの街は”ベルトアース”の恥部といっていい場所なんだ。……そんな街を、異世界人である二人に見せたくない。……あの娘たちだって、それはわかってるはずなのに……」

「ふーん」


 狂太郎と沙羅がこの諫言を重く受け止めていないのは、この世界の住人の感覚を信用していないためである。


「でも、他にレベル上げするのに良い方法、あります? 前に狂太郎くんが試した方法は使えないみたいですし」


 昨夜の検証で、”レベル上げ”に必要なのは「殺意のある相手」との対決が不可欠であることが判明していた。

 これはつまり、レベル10京を超えるシルバーラットと戦うことによる”レベル上げ”は事実上、不可能だということである。

 まあ、考えてみれば無理もない。ちょっとした模擬仕合で経験値が入るなら、この世界の住人のレベルは倍々ゲームでスーパーマンだらけになっていたことだろうし。


「だから、モンスター狩りは騎士の嗜みとされているんだ。昼までに百匹。日が暮れるまでにもう百匹が最低のノルマでね」

「きみは、十五年間ずっと、レベル上げしてきたのかい」

「うん。そういう契約だったからな」


 契約。

 ”自由人”である彼女は、世話になっている”社会人”の代わりに、”シルバーラット”をやっているのだったか。


「殺しの回数で能力が左右する世界か。――ぼくがこの世界の生まれなら、たちまち落ちこぼれてしまうだろうな」

「努力の結果がはっきりと数字に現れるから、みんな必死なんだよ」

「……結構大変なんだな。RPG世界の住人も」


 もっともそう思うのは、この世界が初めてではないが。


「ただ、――総じて、レベル上げばかりしている人には、頭がイカレてるのも多くって。……レベルの上げ過ぎも出世に響くんだよな。『レベルが高すぎるやつは、総じて空気が読めない』なんて話もある。普通よりちょっとレベルが高い程度が一番喜ばれるんだ」

「ああ、なんかわかるかもな、それ」


 どんな世界にも、オタクはいる。

 レベル上げ可能な世界には必ずいるのが、”レベル上げ”オタクたちだ。


 実を言うと、四人の姫君に教えてもらった高効率”レベル上げ”の標的は、その手の”レベル上げ”オタクだったりする。

 そうした、一部の高レベル者には、他者に迎合しない性格が災いし、討伐依頼が出ている場合もあるらしい。

 その中から都合の良さそうなのを一人倒して、経験値の糧になってもらおうという腹であった。


――そのまま砦の敵をやっつけて、北の果てへ向かう、と。……遅くとも明日中には、元の世界に戻れるだろう。


 その時まで狂太郎は、そんな風に考えていた。

 あくまで、その時までは。



 タムタムの街に到着して、――まず目に入ったのもの。

 それは、串刺しにされた状態で出入り口に飾られている、四人の山賊の姿であった。


「……なんじゃこりゃ」


 眉を段違いにしてそれらを見上げる。

 シルバーラットが、静かな口調で告げた。


「こっちの看板に、『※逃亡奴隷への見せしめです。お客様は気にしないでください(笑)』と書かれてる」

「気にするなと言われても……いや、無理だろ」


 狂太郎は、その苦悶に満ちた表情を見上げて、気持ちが悪くなる。どうやら彼ら、生きたまま串刺しにされたらしい。


「っていうかこいつら、山賊だろ。道中何人も見かけたやつらじゃないか」

「うん」


 鉄兜を被った少女は、物憂げに答える。


「この辺の連中は、”無限湧き”する人間を人間として認めてないからな」

「そうなのか」

「ああ。四人の姫君が詳しかったのも、自分の分身がよくここに送り込まれているからだろう」


 事情を聞いて、さらに気分が悪くなった。

 周囲を見回すと、”ベルトアース”では珍しくもない、石造りの壁に囲われた街に、鋼鉄の門が一つ。衛兵が二人。

 ただしここの衛兵は、いつものドリル装備の全裸野郎ではなく、しっかりと上下、鋼鉄の鎧を身に纏っている。


 狂太郎たちが門を通ろうとすると、


「そこまで。止まれ」


 と、二人の衛兵が、槍を十字で構えて、行く手を塞いだ。


「……なんだい。ぼくたちは旅の者だが」

「あんたと、そこの赤髪の女はいい。――ただ、そっちの鎧娘は駄目だ」

「なぜだ」

「奴隷身分の可能性がある。顔を見せてくれ」

「奴隷? どういうことだ」

「詳しくは、壁に書かれてる文字を読んでくれ」


 衛兵が指し示したのは、壁に立てかけられた、一枚の石版だ。

 ”不壊のオブジェクト”である街の壁に比べて、ずいぶんと古びているその内容は、


『以下の条件に当てはまるものは、この街では人間扱いされませんのでよろしく~(笑)

 ①”スタート・チテン”で増殖する姫君(笑)

 ②ラビット城周辺。「コーラをよこせ」の爺(笑)

 ③チェシャの街、スラム住まいの病気少年。なんか一生死にかけてるやつ(笑)

 ④チェシャの街、ハート、スペード、エース三人組(笑)

 ⑤関所が岩で塞がっていることを告げる花売りの娘(笑)

 ⑥あっちこっち歩いてたら出てくる山賊ども。言わずもがな(爆笑)』


「つまり……、きみらは、シルバーラットがこのうちの誰かだと言いたいのか」

「ああ。――ただの奴隷身分なら構わないが、――逃亡奴隷の可能性があるからな」


 なるほど、彼女の出自を考えると、あり得ない話ではない。

 シルバーラットに振り向くと、彼女は、


「……だから嫌だったんだ。ここに来るの」


 と、嘆息した。

 狂太郎は一瞬、強行突破を考える。どうせ長居をするつもりはないし、もし、この街に入るために仲間の尊厳が傷つけられるのであれば、別の方法を考えてもいい。


 だが、実際のところシルバーラットが顔を隠しているのは、別に後ろめたいことがあるから、という訳ではないらしい。

 彼女が、黙ったまま自分の出自を示す紋章を衛兵に見せると、たちまち二人は態度を変えて、


「王国の守護騎士……、しかも、超重要なお役目とは……! し、失礼しましたッ!」


 と、道を譲る。

 シルバーラットはそんな衛兵を、虫でも払いのけるような手振りで遠ざけると、二人は逃げるように街の奥にある、詰め所と思しき場所にまで引っ込んでしまった。

 狂太郎と沙羅が、目を丸くしていると、甲冑を身に纏った少女は振り返り、


「ねえ、狂太郎さん。――はっきりいってこの先に待ち受けてるのは、……すぐそこにある串刺しの連中なんて目じゃないくらい不愉快な光景だぜ」

「え、ああ……」

「いまのうちから、覚悟しておいてくれ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※15)

 その日の夜、狂太郎は巨大サメに丸呑みにされるタイプのエッチな夢を見たらしい。

 いろいろと話を聞いたが、何がどういうふうにエッチだったのか、筆者にはまったくわからなかった。

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