222話 稼ぎの必要性

 二人が温泉宿に戻ると、――


「おかえりなさい」「おかえり」「お前すごいな」「よく来たな」


 数日ぶりの顔ぶれが、狂太郎たちを出迎える。

 四人の姫君が、装い新たに和風のドレスを身に纏っていた。ヨシワラ流のスタイル、ということだろう。


「よくぞご無事で! 見たところ、お怪我一つなく。……しかもなんか、つるつるお肌で」


 そして”けむんちゅ”は、狂太郎の胸板をじっと見つめた。


「ところでその、しょうしょうハレンチ気味なご格好は?」

「え」


 と、狂太郎は改めてパンツ一丁の自分の身体を観て、慌て気味にシーツを羽織る。

 ここの連中、みんな同じ格好をしているから、すっかり慣れてしまっていたのだ。


「っていうかきみら、どうしてここに?」


 薄く化粧をした彼女たちは、かつて見送った時とは別人のように思える。


「沙羅姉さまの計らいで、ちょっとだけ故郷にもどってきたんです」

「そうなの?」


 観ると、ベッドの上で横になっている沙羅が、そのままの体勢でぐっと親指を立てた。


「ヨシワラが外出禁止だったのは、ずいぶんと昔の話だからねー。今のうちに故郷の地を踏んでおきたいんじゃないかと思ってさ」


 ただ、その気遣いに関する反応は辛辣で、


「あ、それは不要」「ぜんぜん愛着なし」「不快な場所です」「きらい。こんなとこ」


 とのこと。


「じゃ、なんでわざわざ?」

「今日は、狂太郎さんにご報告したいことがあって」

「報告?」

「ええ。……というのも、ですね……」


 そこで、”おわらめ”が小さく咳払いをする。


「私たちってほら、――同じ個体がたくさんいるじゃ、ないですか」

「同じ個体……」


 言い方は少し引っかかるが、要するにバグによって増殖した自分自身のことだろう。


「その、色んな場所にいる”私”だけれども……どうも、無意識下で繋がっているようなのです。それでこの数日、何度か夢に観たんですよ。――この世界での、色んな時代、色んな場所にいた、様々な”私”が経験したことを」

「そうか……」


 この世界の”姫”は確か、非人道的な扱いを受けているというが。

 狂太郎は、敢えてそれについては触れず、


「それで、何がいいたい?」

「情報を、お伝えしようと思って。――この世界に訪れたボーイ&ガールが進む道程の、……今後のおおよその展開、と言いましょうか」


 そこで沙羅は、ベッドから半身を起こして、


「この娘たちったら、私にも話してくれなかったんだよ。『狂太郎さんが戻るまでひみつー』って」


 と、努めて明るく言う。

 狂太郎もそれに応えて、にっこり笑った。


「そうか。わざわざありがとう。助かるよ」


 この感謝の言葉がほんの一さじでも、彼女たちの救いになればいいのだが。

 四人の姫君は、それぞれうなずき合って、話を続ける。


「まず、――確認したいことが」

「?」

「いま、ここに戻ってきているということは、――狂太郎さんは無事、奥義の取得ができた、……という解釈でよろしい、ですよね?」

「ああ。もちろんだ」

「石版の問いかけは……」

「間違ったようだが、なんとか乗り越えた」

「ああ、それはお気になさらず。あの問いかけは、どれ答えてもドラゴンとの決闘になる定めだったのです」

「……マジかよ」


 つくづく性格が悪いな、このゲームの作者。


「死ぬ思いをしたんだが」

「それはそうでしょう。この辺りの適正レベルは、最低でも100億ほどですからね」

「ひゃくおく」


 たしか”さいきょうドラゴン”を倒した時、レベル60億ほどになった記憶があるが、それでもぜんぜん、足りないらしい。


「戦闘レベルのインフレ、酷すぎないか? 後期の『ドラゴンボール』みたいだ」

「……まあ通常、北へ向かう旅人は、新しいエリアに向かうたび、数年の修行を必要としますし」

「すごいな。……このゲームの制作者は、レベル上げマニアか何かだろうか」

「それに関して、興味深い資料が残っているようです。創造主が残したと思しき文献に、『レベル上げは理想の暇つぶしです(笑)』というものが残っているらしく……」

「へ、へえ……」


 苦笑いしつつ、数多くのソーシャル・ゲームをプレイしてきた身としては、ながらプレイの魅力はわからないでもない(※14)。


「いずれにせよ、狂太郎さんが次に目指すべき場所は……」


 と、そこで、ずっと話を聞いているだけだったシルバーラットが手を挙げる。


「あっ! はいはいはい! ヴォーパル砦! 追放騎士たちの住処、だろ!」


 その情報は、以前も聞いた。

 四人の姫君は一言、「黙って」とぴしゃり、敵国の騎士に言い放ち、


「その通り。古文書にはこうあります。『ヴォーパルの地へ向かいて、レベル上げ行うこと永きに渉れり』と」


 根深いな。古文書にまでレベル上げに関する記述があるのか。


「どうも、レッドナイトはかつて、自分を”選ばれしボーイ”だと思い込んでいた時期があったらしい」

「そうして彼は、救世主気取りで北の果てへ向かった」

「だが、”ドリームキャッチャー”を持たない彼には、世界の真理を知ることはできなかったんです」

「そのことを逆恨みして、”選ばれしボーイ”に嫌がらせしてくるんだとか」


 それが、奴の語っていた『秘密』か。

 宿敵っぽいキャラクターにしては、思ったよりもしょぼい動機だな。それ。


「まあ、あくまで”そういう設定”なだけで、いまレッドナイトを演じている方とは関係のない話ですが。――いずれにせよ、あの男は強敵です。しっかりレベル上げしてから、勝負に挑まねば」

「うーん。気が進まんな……」


 必死にレベル上げしたところで、強くなれるのはこの世界限定のことだろう。

 余計な時間をかけている暇はないのだが。


「その後、『憩う傍らにあるはタムタムの街、物想いに耽りて足を休めぬ』、と。――これはつまり、あんたらは、有名な奴隷商の街で、レッドナイトとの戦いに備えることになるってことだな」

「タムタムの街というのは、――どういうとこなんだ」

「もともとは”社会人”の街だったが、いまは”自由人”に支配されている。――大っぴらに神の意志に反すると言う意味では、この世界では唯一の街だな」

「ふーん」


 そういうところもあるのか。


「ちなみに、ヴォーパル編に必要なレベルは、30京ほど。次のジャバウォック王国編で40京ほどだ。ジャバウォック王国を越えれば、いよいよ北の最果て。郷遠し地”サイシュウ・チテン”になる。この辺の敵は、レベル50京はなければキツいぞ」

「……わかった」


 今後の予定と筋道が立ってきた。

 いつもの調子が戻ってきた気がする。


「現時点で予測される厄介ごとは?」

「レッドナイトとの決闘でしょう。ジャバウォック王国に関しては、ほとんど通過するだけで”サイシュウ・チテン”まで一直線だと聞きます」

「……つまり、あの騎士が実質、最後の課題ということか」


 腕を組み、あの男の顔を思い出す。――それだけで、背筋が凍り付く想いだ。


「いずれにせよ奴には、《天上天下唯我独尊剣》も《ゲート・キー》も、……これまで手に入れたありとあらゆるものを奪われたままだ。取り替えさねば」

「そこです」


 姫の一人、――”あいうぇふぁ”が手を挙げた。


「『 一、二! 一、二! 貫きて尚も貫く! ヴォーパルの砦にて舞い踊る!』。……恐らく狂太郎さんの戦いは一対一……しかも、かなり熾烈な戦いになると思われます」

「一対一か」

「私思うに、――狂太郎さんは、しっかりレベル上げする必要が出てくるんじゃないか、と」

「ふむ」

「というわけで私たち、おすすめの稼ぎ手段を見つけておきました!」

「稼ぎ……」

「そうです! ここでレベル上げすれば、あっという間ですよ!」


 狂太郎は、少しだけ顔をしかめる。

 確かに、相手が不可避の攻撃を仕掛けてくる可能性がある分、狂太郎自身も強くならねばなるまいが。


「修行を終えて、さらにまた修行、か」


 自分の主義には、反する。

 とはいえ、死ぬ確率が1%でも減るのであれば、試す価値はあるが。


「……わかった。やろう」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※14)

 もっとも最近の彼は、空き時間は主に、筋トレとストレッチばかりしていてるらしい。

 ワーカーホリックここに極まれりだが、彼の場合は命が掛かっているため仕方あるまい。


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