221話 《ひっさつけんⅠ》
その後、パンツ一丁で温泉に浸かること、一時間。
――なんか、こういうゲームあったよな。宝の地図の謎を解くのに、実際に一時間待たなきゃいけないやつ。
などと思いつつ、湯煙をぼんやり眺めていると、
>>おめでとう! ボーイは おうぎ《ひっさつけんⅠ》を しゅとくした!
とのナレーション。
>>おうぎの なまえは じゆうに へんこうできるぞ!
>>ぜひとも カッコいいなまえを つけてくれ!
>>あと ダサいなまえは つけないでくれ!
「おっ。やったぞ」
ざぶんと湯を蹴立てて、ガッツポーズ。すると、
「良かった。さすが、選ばれしボーイ!」
と、同じく温泉に浸かって待っていた(ただし、鎧を着たまま)シルバーラットが叫んだ。
「《必殺剣Ⅰ》かぁ。どんな技なんだろう」
呟くと、
>>《ひっさつけんⅠ》は けんを そうびしないと つかえない!
とのこと。
「へえ。これまでは『MPがたりない!』とかだったのに」
今度は本当に、使えるかも知れない。
狂太郎はそこで、試し斬りとばかりにショートソードを掲げて、
「ええと……それじゃ、《必殺剣Ⅰ》を使います」
と、宣言してみる。
すると彼の持つ剣が、ぽっと黄金の輝きに包まれた。
「……へー」
そのまま、そこらにある岩に向けて剣を振るうと、ぎゅん! と、光の刃が一閃。見事な切れ味で、直径1メートルほどの岩がバッサリ真っ二つになる。
「ほほー! かっこいい!」
狂太郎は感心して、二つに割った岩に、もう
ショートソードの刃を確認し、
「――刃こぼれもなし。この状態なら、武器も劣化しないみたいだ」
「やったな! 狂太郎さん」
シルバーラットも嬉しそうだ。
「……レベル八十三京の奴に言われてもな」
「いや。まだまだ修行不足だよ。実際一度、レッドナイトに負けてるし」
確かに。
「この技を使えば、奴を倒すことができるのか」
「わからない。ただ、話によると……――レッドナイトの武装は、”不壊のオブジェクト”で作られているという。だが、奥義を使うことで、”不壊のオブジェクト”が”不壊のオブジェクト”でなくなる、というか……」
「要するに、攻撃が通るようになるってことな」
「そういうことだ」
ゲームのボス敵には一部、物語の進行を妨げないための無敵のキャラクターというものが存在する。
《必殺剣Ⅰ》を使うことでその、”無敵”を解除するフラグとなるのだろう。
「……とにかく、今日のところは帰ろう。そろそろお腹が減ってきたよ」
「たしかに」
言いながら、二人は帰途につく。
▼
帰り道。
いろいろ考えて、《必殺剣Ⅰ》の名前は《
とはいえ本人は、わりとカッコいい名前を付けられたと思っている。
「そーれ、《閃光刃》! 《閃光刃》! 《せんこうじーん》!」
世に、必殺技ほど男心を刺激するモノはない。
狂太郎は夢中になって、覚えた技を連発していた。切れ味の良いハサミを手に入れた子供のようなもので、つい色んなものを切ってみたくなっていたのだ。
「いやー、悪くないもんだな。強くなるっていうのも」
などと調子に乗っていると、――異変が起こる。
ぐきゅるるるるるるるる……、
突如として、猛烈な飢餓に襲われたのだ。
「う……む……?」
「あれ? 狂太郎さん?」
シルバーラットが、仮面越しにこちらを覗き込む。
なんでもないよ、と答えかけたその時であった。
「なんだこれ……いきなり……身体が……」
膝に力が入らなくなり、そのまま、ざぶんと湯の上にぶっ倒れる。
「わあ!? ど、どーしたッ!?」
驚くシルバーラットに、狂太郎は脱力した格好で、こう応えた。
「は……はらが……減った……!」
「え」
「なんだかしらんが、めちゃくちゃ腹が減ってる」
客観的に言いながら、これが笑い話にならないレベルの事態だということに気づく。自身の身体が、まるで思うように動かないのだ。
「すまん、シルバーラット。何か食い物はないか」
「そ、そんなトツゼン言われても」
「なんでもいいんだ。頼む」
言いながら、狂太郎はせめて何か腹に入れようと、目の前の湯をごくごくと飲む。
だが、とてもではないが胃が膨れる感じがしない。
「わ、わわわ。お腹、壊すぞ、そんなにお湯ばかり飲んだら……!」
「わかってるが、自分でも止められん。どうしたものかな」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……」
シルバーラットは、しばし水死体のようになっている狂太郎の身体を調べて、
「……うーん。外傷のようなものはないし。――ひょっとして、奥義を連発したせい、か?」
「多分、そうだと思う」
どうやら狂太郎が覚えた新しい技、――《必殺剣Ⅰ》は、マジック・ポイントとやらを使わない代わりに、もっと単純な……栄養とか、カロリーとか……そういう、肉体のエネルギーを消耗するらしい。
「とにかくなんでもいいから、口に入れる固形物をくれないか。できれば栄養価の高いものを」
「わ、わかった。なんとかする」
「すまんが、急いでくれ……ひょっとすると、長く保たないかも知れない」
「あ、ああ!」
その後のシルバーラットは、素早かった。脇腹辺りの紐を素早く解き、鉄靴と胸当てを簡単に外してから、バケツ兜を被っただけの格好で、どこぞへと走り去っていく。
「……………」
それから、まんじりともせず待つこと、十数分ほど。
「お待たせーっ!」
元気の良い声に顔を上げると、シルバーラットは外した胸当てをお皿代わりに、水色でぶよぶよしたゼリー状の物体を載せてやってくる。
「なんだ、それ」
「スライムゼリーと呼ばれるものだ」
「それってひょっとして、……スライムからとれるやつじゃないのか」
「もちろん。スライムゼリーだからな」
狂太郎は顔をしかめて、
「あいつら、溶解液とか吐いてるように見えたが。大丈夫なのかな」
「心配無用だ。スライムゼリーは俺の地元でも、子供のおやつとして有名だからね」
「……へー」
言いながら、それを一粒、摘まんでみる。
十センチほどの丸い物体で、触感はグミに近い。
「なんかこの世界のスライムって、わりとドロドロした感じだけど。……どの部位なんだ、これ」
「ん? ああ、それ別に、スライム本体じゃないよ。排泄物なんだ」
「排泄物……ウンコってことか」
摘まんだそれを、放り捨てたくなる。
だが、シルバーラットがそれを一つ、口へと運んで見せて、
「安心してくれ。毒素は全部、スライムが吸収してしまうんだ。地元じゃ、スライムゼリーはけっこう、贅沢な食べ物だったりするんだよ」
「えーっ? ほんとぉ?」
「ホントさ。運良くスライムの巣を見つけられて良かった」
「ふーん」
言われるがまま、思い切って一つ、囓ってみる。
味は、ほとんどなかった。寒天を食うようで、うまくもない。ただ、一口噛むごとにエネルギーが充填されていく感じがわかる。
「悪くない。少しだけ塩気があるのがうまいね」
「えっ」
「……ん? なにかおかしい?」
「あ、いや」
シルバーラットは、少しどぎまぎして、
「道中、たくさん汗をかいたから……」
と、兜をうつむかせた。
「スライムゼリーは主に、食感を楽しむものなんだ」
「美少女の汗入りゼリーってことか。地元でも売ってみたらどうだい」
「気色悪いことを言うなよ。……だいたいあんた、俺の顔、見たことないだろ。なんで美人だとわかる」
「異世界の若い娘はみんな、美人ばっかりだからなぁ。ぐへへへへ」
「止めろ。……嫌いになっちゃうぞ」
話しながら、その手はほとんど自動的に、次のゼリーを摘まんでいる。
――悪く、ない。
無味だが、食べれば食べるほど全身に力が漲ってくるのがわかる。それが嬉しい。うまいとかまずいとか、そういうのとは別のところで、身体が喜んでいる。
くたくたの時に食べる、カカオ99%のダークチョコレート。そんな感じだ。
「空腹は最大の調味料というが、――ひょっとすると、いままで異世界で食べた中では一番うまいかもしれないな。これ」
「止めてくれ。だんだんまじで恥ずかしくなってきた」
そうして、胸当ていっぱいのゼリーを食べ終えたころには、すっかり気力も回復している。
――今後、……奥義の使いどころは、気をつけなければならないな。
嘆息混じりに、そう思いつつ。
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