219話 いじわるな問いかけ

 じゃぶじゃぶと足湯に浸かりながら進むこと、それから数時間。

 たっぷり汗をかいては、足元の湯で水分補給という無限ループを繰り返し、二人はゆっくりと先へ進んでいた。


「……この状況。健康に良いのか、悪いのか」

「良いっぽい。ここの温泉は本国じゃ、飲み薬としても有名なんだ」

「帰った頃には、全身の水分がここの温泉と入れ替わってそうだな」

「ふふふっ。かもな」


 この、シルバーラットという女騎士、意外なほど話しやすい。男友だちのような気安さがあるのだ。

 顔も隠れていることだし、沙羅が言ってくれなければ、たぶん男だと思っていたかもしれない。


「しかし、狂太郎さん。あんたそれ、……ほんとに痛くないのかい?」

「ん? ああ」


 狂太郎は、いま背中の辺りにまとわりついているネバネバの魔物をちょっとみて、


「むしろ、マッサージでも受けているような気分で心地よいぞ」

「………へ、へえ……」


 その頃には、狂太郎の身体は全身脱毛を受けたようにすべすべになっていた(※13)。

 いまや狂太郎の肌は、二十代の輝きを取り戻している。


「羨ましいなら、きみも後でやってみるといい」

「ええとそれは……まあ、遠慮しとく」


 じゅう、と音を立て、スライムが吐き出した溶解液が背中を焼く。温かなお湯をかけられたような感触だった。狂太郎は、液体が地図にかからないように注意しながら、――慎重にそれを開く。

 街で手に入れた『観光案内』によると、『一般の人は近づくべきではない』『※何がおこるかわかりません』と注意書きのあるエリアに辿り着こうとしていることがわかった。


「ここから先は、気をつけて進むようにしよう」

「うっす」


 返答だけは元気が良いが、……果たして、この先に登場するボス敵に、どの程度立ち向かえるか。


――場合によっては、この娘の力を借りるかも知れない。


「なあ、シルバーラット。きみの古文書には、この先の修行について、どう書かれてる?」

「うーん。ちょっとよくわからないかな。ただ、かつて”異世界人”を案内した先人の記録によると、温泉パワーで奥義を授かる、と聞く」

「奥義、ねえ……」


 これまでレベル上げで覚えた技は、何一つ使えていないが。


「たぶんレベルアップで覚える技を使えないのは、――狂太郎さんのマジック・ポイントが足りていないためだろう。たまにいるんだ。先天的に技を使えない人」

「それじゃ、奥義を覚えても仕方ないんじゃ」

「ご安心を。ここで覚える技は、マジック・ポイントとは別の力を消費して使う、特別な技だそうだ」


 なんじゃそれ。どういう仕様だ。



 やがて二人は、拓けた空間に辿り着く。

 観光地感覚で進めたのは、その一歩手前まで。その辺りはもうもうと湯気が立ちこめていて、数歩先も見えないような有り様だった。


「ひえええ……こ、これは……この中で魔物に襲われたら、ひとたまりもないな」


 たじろぐシルバーラットに、


「足元に気をつけろ。――なんなら、ここに留まっていてもいい」

「そ、そういう訳にはいかない。ここまで来たんだ。最後までお供するよ」

「殊勝だねえ」


 この辺り、どうやら特に湯量も多いらしく、ざぼんと腰まで温泉に浸かった状態で進む羽目になる。


――この状態だと、《すばやさ》の使用に制限があるな。


 無敵のパンツを履いているとはいえ、用心しなくては。

 その辺の湯は、湧き上がる熱によってこぽこぽと泡が広がっていた。

 少し進むと、うっすらと青く輝く石版が、煙越しに見えてくる。

 二人、その不思議な石版に近づいて、


「これ、なんて書いてる?」


 《万能翻訳機》は、レッドナイトに奪われてしまった。

 一人で来ていたら詰んでいたかもしれない。

 それはシルバーラット自身も分かっているのか、彼女、元気に声を張り上げ、


「ええと……なになに? ……おお! この辺りの湯が『ジャブジャブ温泉』みたいだ!」

「そうなの?」

「うん。肩まで浸かって、一時間。それで奥義が身につく、ってさ」

「一時間か……のぼせそうだな」


 何をする訳でもなく、ただボンヤリするにはちょっぴり気が滅入る時間だが。……全ては次に進むためだ。


「それで、一時間待つのが修行なのかい」

「そうみたいだな。――ただ一点、……その前にどうも、謎かけに答える必要があるようだ」

「謎かけ?」

「それに失敗するとなんか、めっちゃやばいモンスターが襲い来る、とある」

「ふーん。その内容は?」

「ええと……なになに?」


 と、シルバーラットが読み上げる前に、ナレーションの声が響き渡る。


>> せきばんの ないようは こうだ。

>> 『おうぎを のぞむものへ』

>> 『わが といかけに こたえよ』

>> 『ただし、 かいとうじかんは じゅうびょう いない とする』

>> じゅんびは よいか?

>> ⇒はい いいえ


「うう……お、俺の役目が……」


 哀しげにしているシルバーラットを、少し慰めてやって。


「それにしても、――十秒、か」


 多すぎるくらいだ。

 そもそもこちらは、いくらでも加速された時間に逃げ込むことができるし。


「まあ、やるしかないか。……はい。やります」


 すると、ナレーションが告げた問いかけは、以下の内容であった。


>> 『いまから おまえは まものと たたかう』

>> 『3びきの なかから たたかう まものを えらべ』

>> 『①:ひゃくにん たびびとを ころした さんぞく』

>> 『②:さんかげつ なにも たべていない ドラゴン』

>> 『③:いちまんかい きっても しなない スライム』

>> 『さあ えらべ』


「うぬぬぬぬぬ……ぬぬ?」


 シルバーラットがバケツの兜に手を当てて、思い悩む。


「この中で一番弱そうなのは、……百人殺しの山賊……かな? ……でも、スライムなら対処しやすそうだし……」


 悩む彼女をよそに、狂太郎はひっそり安堵している。


――良かった。たまたま知ってた問題で。


「答えは二番の、ドラゴンだ」

「えっ。よりにもよって、ドラゴン?」

「ああ。これはわりと有名なひっかけクイズなんだよ。三ヶ月何も食べていないドラゴンは、――餓死してる。そうだろ」


 最も、狂太郎が以前聞いたのは、ドラゴンではなく猛獣の設定だったが。


「え……あ、ああ、そっか! なるほどー!」


 シルバーラットが、心底感心したように手を打つ。


「さすが選ばれしボーイだ! いまのはカッコ良かったぞ!」

「ま、これくらい基本だ。人間、常に直感的な答えが正解とは限らないということだ」


 知識自慢できたおっさん特有の得意顔で、狂太郎は親指を立てる。

 得意顔が崩れたのは、その次の瞬間であった。


>> ②を えらんだ ボーイは だいせいかい!

>> ……と いいたいところ だが

>> わたしは インテリぶった やろうが だいきらい である。

>> そもそも ドラゴンが ものを たべると だれが きめた?

>> どうせ かくうの イキモノなのだ。

>> ドラゴンは なにも たべなくても いきていける こととする。

>> と いうわけで インテリの ボーイくんには これから……

>> さいきょうの ドラゴンと たたかってもらう!


 その、次の瞬間だった。

 辺りに立ちこめる湯気の中に影が生まれたかと思うと、――ぬう、と、今度こそ正真正銘、本物のドラゴンが姿を現す。


 以前に見かけたブラック・デス・ドラゴンとは別個体のそれは、蛇の胴体に蜥蜴の手足を生やしたような身体を温泉の中でくねらせて、


『GIOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHH』


 ……的な声を、青空に向かって叫んだ。


 狂太郎は、その姿を呆然と見上げながら、ふたたびこう思う。


――せ、……性格悪すぎだろ。このゲームの作者……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※13)

 その脱毛効果たるやすさまじく、帰還後しばらく、ムダ毛が生えなかったほどだという。



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