216話 ケツジャンプ

 食事を終えて、店を出て。

 改めてトーヴの街を見回すと、どうやらこの街、椅子作りが主産業らしく、あちこちに工房がある。


「椅子だけってのも、ちょっと変わってるな。机とか、その他の家具は?」


 という疑問は、この世界における椅子の利用法を知ると、すぐに氷塊した。

 どうもこの世界における椅子は、――座るためのものであると同時に、でもあるという。


「ねーねー。面白そうだから、乗ってみない?」


 と、沙羅。

 さっき死にかけたばかりだというのに、早くも観光気分らしい。


「物々交換に使えそうなものはぜんぶ、失ってしまったぞ」

「その点は心配いらない。――支払いは俺に任せろ」


 シルバーラットが、がしゃんと鉄の胸当てを叩いた。


「それに、そもそもこの先は椅子を使わないと進めないんだ。山中に吊り橋があってな、――普通の方法じゃ渡れなくなってしまっている」

「渡れない? どういうことだ」

「これは大昔の話だが、――意地の悪い誰かが、吊り橋を爆破したんだ」

「ああ……それで、吊り橋が壊れた、と」

「いや。吊り橋自体は”不壊のオブジェクト”であったために、傷一つつかなかった。だが、その時に発生した破壊エネルギーが、橋全体の挙動をおかしくなってしまった。結果、橋を渡った者は必ず、上空100メートルほど打ち上げられるようになってしまった」

「……へ、へえ……」


 いずれにせよ、次の移動は椅子を利用したものになりそうだ。

 いくつか椅子屋を巡った後、狂太郎たちは結局、”ケツジャンプ初心者向け”という、安全ベルト付きの椅子を三脚購入し、街の外へ出る。

 鬱蒼と生い茂る森に挟まれた”あおむしキャタピラー道路”の上に、椅子を並べて。


「それでこの後、どうするんだ?」


 狂太郎が訊ねると、シルバーラットがぽふっと椅子の上に座って、……


「よっ、ほっ、よいしょ」


 などと言いながら、――退屈した子供が時々そうするように、椅子の上でぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「……何をやってる」


 狂太郎が呆れていると、「まあ、見ていろ」とシルバーラットが告げる。


「よっ、ほっ、いやっ、ふっ、いやっふ、ほうっ、ほうっ、ほうっ……!」


 それは、どこかおどけているような――そんな、ひょうきんなかけ声だった。


――ぶっちゃけ、すこし間抜けだな。


 そのまま、彼女を見守ること、十数秒。


「ほっ、ほっ、ほっ……お! うまくいってきたぞ……!」


 するとどうだろう。彼女の座っている椅子が見る見る、空中に浮かび始めたではないか。


「はっはーっ! よーし!」


 嬉しそうに笑うシルバーラットを、目を丸くして見上げる狂太郎と沙羅。

 二人揃って、――納得できない、という思いがあった。

 だが、物理演算の狂ったゲームでは、時にこういう挙動を起こすオブジェクトは存在する。

 納得はできないが、この世界ならこういうことも起こるだろう、という思いがあった。


「一回浮かんだら、あとはゆっくり下がっていくのを待てば着地できる。どーだ。便利だろ」

「……もし、椅子から落っこちたら?」

「そりゃ、普通に落下して死ぬ。そうならないための安全ベルトだ」


 ちょっとした観光気分で乗るには、わりと危険な乗り物な気がするが。


「だいじょうぶだいじょうぶ! 万が一のときは、私の《無敵》があるし! 試してみようよ」


 結局、好奇心旺盛な沙羅に押されて、――上空を進むことに。


「尻の扱いがポイントだ。椅子を引くような感じで飛ぶと、前進する。ケツでジャンプするんだ」


 言われたとおりにすると、風を切るような速度で、椅子が空中を進んでいく。最終的な時速は20キロほどだっただろうか。およそ、一生懸命自転車をこいだ時くらいの速度だ。慣れれば快適に進むことができそうだった。


 もちろん、狂太郎の基準で言えば少々、物足りないスピードではあったが……。



 そのまま、道路上空を飛行すること、数時間。


>>ボーイ&ガールは めちゃつよのさんぞくを たおした!


 ロープでグルグル巻きにした山賊たちを、地面に転がしつつ。


「それでも、――律儀に山賊を倒していくんだな?」

「何かのイベントが発生しないとも限らないからなぁ」


 などと話していると、空から、


「ワ――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」


 という声が、数名分。


「?」


 首を傾げていると、ぐしゃ、ぐしゃ、ぐしゃ、と、すぐ目の前で三人の男女が、地面に叩き付けられた。


――おや。死んだかな?


 無感動にそう思っていると、――


「うううう……ん? あ、あれ? ……い、生きてるッ?」


 と、絹の服の男が、自分の身体をあちこちまさぐる。


「生きてる……ッ。奇跡だ」


 隣を見ると、沙羅が一瞬、手をかざしていたのに気づいた。目を合わせると彼女、無言でこくりと頷く。スキルの力を使って、――《無敵》を、落ちてきた三人に付与したらしい。


――やるじゃないか。


 感心しつつ、狂太郎は倒れた男女の一人に手を差し伸べる。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ……」

「なんでみなさん、空から降ってきたんですか」

「この先の吊り橋を渡ろうとしたんです」

「それって……」


 ちょうど、先ほどシルバーラットが話してくれた”不壊のオブジェクト”か。


「――かなり危険な橋だって聞きましたけど」


 訊ねると、代わりにシルバーラットが応えた。


「”社会人”の中には、無理にでもあの橋を渡ろうとする者もいるんだ。――”不壊のオブジェクト”を利用するのは、彼らの教義だから」

「でも、命には替えられないだろうに」

「あまり言うな。――”崩壊病”が出るかもしれない」


 そう言われてしまうともう、口をつぐまずにはいられない。


「ご心配いただいて申し訳ないが、あの橋を通って北へ向かうのは、天の声に命ぜられた使命なんです。行かねば」

「そんなに急いで、どういう使命なんです?」

「トーブの街から、本国へ向けた指令書を託されているのです。……賢者スペードに選ばれし者がここを通る前に、レッドナイトの指名手配を行わねば」


――その情報、遅くない?


 狂太郎は眉間を揉んで、


「ウワサによると、あの吊り橋、――三回に一度は無事、橋を通れる、とか。だから我々、三人で王都に向かっている訳で。……結果は、全員ダメだったわけですが」

「なるほど。そうだったんですか」


 何を隠そう、私こそがその”選ばれし者”です。

 そう告げようとも思ったが、下手に話をややこしくするだけだ。


――かといって、このままただ彼らを見殺しにするのもな。


「……仕方ないか」

「え? なんですって?」


 狂太郎は黙ったまま、《すばやさⅨ》。音速となる。

 そしてそのまま、男の一人を抱えて秒速数百メートルの速さで移動。

 噂の吊り橋の手前で止まる。

 吊り橋は、一見したところ何の変哲もない、頼りない木橋に見えた。

 ただ、加速した状態の狂太郎は、それが微細に振動していることに気づいている。


――よくわからんが、危険そうな雰囲気はあるなぁ。


 そう思いつつ、崖をひとっ飛びで跳躍し、橋の向こうで男を降ろす。

 同じことを残りの二人にも繰り返すと、……彼らは、狂太郎を世界の救い主であるかのように扱って――自らの使命に戻っていった。


「……ふう」


 一件落着。ホッと一息。

 再び仲間の場所に戻ると、沙羅が渋い顔で、


「偽善だなあ」


 最初に彼らを救ったのは彼女なのに、こんなことを言うのだ。


「多分あの人たち、帰りも橋を通るよ。……その時に結局、死ぬと思う。私たちのしたことって、あんまり意味なかったんじゃないかな」

「どうだろう」


 狂太郎も、内心で苦いものを感じてはいる。


「だが、ぼくの考える”偽善”の解釈ではない。手に届く範囲のものを救う行為は、……きっと、どういう状況下においても”善”だよ」


 これは、ちょっぴり良いことを言えたんじゃないか。――そう思って、椅子に座り直す。

 そしてまた、ぴょんぴょん跳ねて、


「よっ、ほっ、いやっ、ふっ、いやっふ、ほうっ、ほうっ、ほうっ……!」

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