206話 ダンジョン探索
三人のならず者を引き連れ、北の洞窟へ向かう。
洞窟は、以前通った時には存在しなかったはずの場所に唐突に出現していて、街から徒歩10分足らずの近場にあった。
「こんなに近いの?」
「ああ。そうだよ」
「……それなら、無関係の人間からコーラを強奪するより、自分で採りに来た方がよっぽど手っ取り早かったんじゃ……」
「なんかいった?」
「いや、何も」
そこは、山の斜面にぽっかりと空いた、縦横2メートルほどの人工的な洞穴で、内部を覗き込むと、少々面食らうほどに明るい。どうやら、松明の火が燃えているらしい。
「たぶん、もともとは坑道だったところが放棄されて……そこに魔物が棲み着いた、……というていのダンジョンらしいな」
辺りには、湿った石の匂いが立ちこめている。
正直、あまり長居したい雰囲気ではなかった。
「いつものスーパースピードで、ちゃちゃーっと取ってきたらいいんじゃない?」
沙羅の提案に、首を横に振る。
「いや。なるべくスキルを使わずに進もう。中で何らかのイベントが発生するかも知れないし。《すばやさ》を使うと、そのイベントを見逃しかねないだろ」
もしそうなると、全て台無しになりかねない。
「えーっ。マジかぁ。……苦手なんだけどなあ、こういうところの攻略」
たしかに、”救世主”がこの手の小さな頼みごとに応えるのは珍しい。
普段は大抵、”終末因子”に関係のない依頼は断るようにしているためだ。
「文句を言っても仕方ない。行こう」
洞窟内を進むと、着いてきたハート、ダイヤ、クローバーがぞろぞろとそれに続いた。
どうも彼ら、こちらを先導するつもりは全くないらしく、少々不自然はほど狂太郎の後ろのポジションに着く。
狂太郎はまず、鉱員向けの休憩スペースと思しき空間まで入り込み、
「この、松明。こんなに人気のないところであるのに、いつまでも燃えてるのは、どういうことだろう」
松明を一つ、引っこ抜く。
見たところそれは、中世ヨーロッパ風のファンタジー系異世界ではよく見られるもので、何の変哲もない長い棒の先端に、油で濡れた布きれを巻き付けた、実に簡素な作りであった。
――どう見ても、二、三十分保てば良いようなものだが。……こんなものが、ずっと暗闇を照らし続けるようなこと……あるのか?
ゲームの世界とはいえ、ご都合主義にもほどがある。
ただ、この手のファンタジー世界の
首を傾げていると、
「あ、あ、あんた……何をやってる」
「ん? なにって、この松明を調べてるだけだけど」
「それは、洞窟の壁に掛かっているべきものだろ! なんでそんなものを、取り上げようとする!?」
「え、いや、その……好奇心、だけど」
これ、そんなに責められるようなこと?
狂太郎が目を丸くしていると、じょじょにハートたちがおかしくなり始めた。
「あ、あ、………あ……あ”……あ”め”……あ”め”、……」
狂太郎は慌てて、松明を元の場所に戻す。
どうやら狂太郎が触れたのはゲーム上、触れられないはずのオブジェクトだったらしい。
「この程度でおかしくなるのか、あんたら」
「そっちこそ、普通の人がしないこと、やりすぎだよっ。なんでそんな……そんな……」
そして彼女は、頭をぶんぶんと振って、
「そんなヘンテコなことができる!?」
「ヘンテコって……いつまでも火が点いてる松明があったら、不思議に思うのが普通だろ」
「普通じゃないよ! それは、そういうもんなんだ。それで納得するのが当たり前じゃないか。あんまり余計な真似をすると、神の意図に反することになる」
ううむ。不自由な連中だ。
狂太郎は苦く思いながら、
「わかった。悪かったよ。今後は気をつけるようにする」
と、仲間を納得させる。
その後、五人は休憩所周辺を探索し、坑内の地図と思しきものを発見。いったんその時点で、作戦会議を行う。
「……どうもこの洞窟、途中で自然洞窟と繋がってるみたいだ」
「うん。その奥地に、とある賢者の秘密の宝箱がある。万能薬は、その中だ」
”とある賢者”、ねえ。
「なんだってその”賢者”とやらは、そんな面倒くさいところに万能薬を」
「わからない。一説によるとその男は、頼りになる冒険者を探しているらしい。この試練を乗り越える男と、きっとどこかで待っているんだろうさ」
「ふーん。絶対もっと他に、良い方法がある気がするけど」
狂太郎はしぶしぶ、立ちあがった。そして、洞窟の奥地をみる。
薄暗くてじめじめしていて、あちこちに気色の悪い魔物の気配がしていて、”ストレス環境下”という言葉を現実に持ってきたような場所だ。
――こんな風に感じるのは、……たぶん、世界観の設定が、やたらリアルよりだからだろう。
これまでいろいろな世界を渡り歩いてきたが、ファンタジー世界にも色んな種類がある。
特にその世界の「楽しいこと」と「辛いこと」の比率は、ゲーム・デザイナーの人生観を丸ごと表現しているといっても過言ではない。
その点、ここの制作者はどうも、悲観的な性格のように思われた。
「慎重に行こう。……沙羅が先行してくれるか」
「あら。こういうのは男の役目ですわよん」
「ぼくのいる世界じゃ最近、そういう話題はNGなんだ。小説にしたとき困るから、悪いが自重してくれないか」
「小説? 小説って何?」
「ああ、それは……」
以下、省略。
結局、《火系魔法》を使える沙羅が適任ということになって、一行はゆっくりと洞窟内を進んでいく。
▼
その後の展開は、暗がりを地図通りに進みつつ、
>>スライムが あらわれた!
>>ボーイ&ガールは スライムを たおした!
>>ボーイの けんスキルに けいけんちが 47472ポイントはいる!
>>ガールの 轣ォ邉サ鬲疲ウスキルに けいけんちが 47472ポイントはいる!
時々現れる、粘性のぶよぶよした怪物を、狂太郎が手持ちの《天上天下唯我独尊剣》で斬り捨てる。
それだけ。
ほぼ、これの繰り返し。
「何でもいいけど、スライムしかいないのか、このダンジョン。変化がないな」
まあ、楽は楽だが。
「ところできみのスキル、完璧にバグってるけど、大丈夫かな」
「わかんない。たぶん、武器を持ってないことが原因だと思うけれど」
少し怖くなって、ハートたちに情報を求めたところ、
「あ、轣ォ邉サ鬲疲ウスキルね。あるある。素手で敵に勝ったときに上がるスキルのやつ」
と、この世界の住人にとっては一般的なスキルらしい。
「つまり、素手スキルということかな」
「あはは。轣ォ邉サ鬲疲ウは轣ォ邉サ鬲疲ウだよ。わからない?」
「というか、そもそもあなた、どうやってその言葉を発音して……」
「轣ォ邉サ鬲疲ウは、ぜんぜん無害なスキルだから問題ないよ。まあ、レベル上げしてどーすんだ、ってスキルだけど(笑)」
なんなんだ。訳が分からん。
「別にどーだっていいじゃん」
沙羅は、付き合うだけ損する、とばかりに肩をすくめた。
「それよりさ、狂太郎くん。この道、本当に合ってる?」
「合ってるよ。この手のダンジョンは、だいたい作り方が決まってるんだ。……ぼくたちが目指すべき場所もね」
「そうなの?」
「ああ。地図を見れば……ほら。道中の迷路は結局、この通路に繋がるだろ。で、その先に、ぽっかりと広場になってるところがある。宝はそこだ」
「ふーん」
この辺の感覚を文章化しても複雑なだけなのでやらないが、ゲーマーならば、おおよそ言わんとすることがわかるだろう。
要するに狂太郎は、このゲームの制作者の意図を汲み取ったということだ。
「ちなみに、このマップの広さ……たぶん最終的に、ボス戦になるな、これ」
「ボス? 何それ」
「たぶん、宝の守り手、みたいなやつだ」
「へー。すごいね。そこまで読めてるんだ」
「年の功だ。二十代はずっと、ゲームばかりしてきたからね」
「ふーん。……きみらの世界の人って、電子ゲームに詳しい”救世主”が多いもんね」
などと話していると……、
「ああああああああああああああああうあうあうあうあ!」
突如として、これまで空気だった三人のうちの一人、――ダイヤが悲鳴を上げた。
その時、沙羅と狂太郎の脳裏によぎったのは、”崩壊病”という文字。
――ついにこっちの日常会話にまで難癖付けるようになってきたか。
そう思ったが、
「どうした、ダイヤ!?」
「腹が痛い! 腹が痛いぃぃいいいいいい……もう、ダメだぁ」
違うらしい。
どうやらこれは、ゲームにも登場した規定イベントのようだ。
「なーんだ。良かったぁ」
「良くないだろっ! アホか!」
ハートが、沈痛な面持ちで叫ぶ。
「このままじゃ、ダイヤに万能薬を飲ませるしかないかもしれない」
「……何?」
「私の弟か、ダイヤ。そのどちらかに薬を飲ませるしかない! 助けられるのはどちらか一人だけ! ああ、神様! あんたはなんて残酷なお人なんだい!」
「………………」
狂太郎は一瞬、沙羅に渋い表情を向けた。
サラマンダー娘は、黙って肩をすくめる。
厭な予感がしていた。
このシナリオ、――まさか、面倒な二択を迫られるのではなかろうか、という……。
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