207話 ブラック・デス・ドラゴン

――ひどいな、これは。


 それが、その時に狂太郎が抱いた、率直な感想だ。

 同情、ではない。得体の知れない即興劇に巻き込まれているような感覚だった。

 目の前ではずっと、ハートとクローバーが号泣していて、


「おーい、おい、おい! 神様はあたしらに、なんてひどい二択を迫るんだ! 子供の頃から兄弟同然に育ったダイヤと、愛する弟のどちらかを選べだなんて!」

「ちょっと待ってくれ。とりあえずその腹痛、一過性ということはないのか」

「ないに決まってるだろ! この顔色を見なよ!」


 ダイヤの顔はいま、蒼白を通りこして灰色になっている。


「こいつはずっと、不治の病だったんぁ~、おいおいおい」

「そんなやつ、こんなとこに連れてくるなよ……弟さんの隣にいとくべきポジションの人だろ」


 と、その時だった。

 狂太郎と、沙羅の脳裏に、例のあのナレーションがささやきかけたのは。


>>さて ボーイ&ガール。

>>きみたちは これから ハートのおとうと あるいは ダイヤ

>>どちらか かたほうに くすりを のませることに なる。

>>あらかじめ いっておくが くすりは ひとつぶん だ。

>>いまのうち どちらに くすりを のませるか きめておいてくれ。


「なにそれ。……私たちにそんな責任も義務も、ないでしょうに」

「そうだな。もっと、ふさわしい人が決めるべきだ」


 二人とも、渋い表情で泣き崩れている二人を見つめている。

 ハートたちはもはや、その場から一歩も動けないらしく、


「すまん、ボーイ&ガール。あたしたちはこれ以上進むことは出来ない。”万能薬”を手に入れるのは、あんたたちだけで頼む……」

「そりゃ、別に構わないが。……そもそもあんたら、ついてくるだけで別に戦闘に参加してくれるとかじゃなかったし」

「戦闘に参加できる人数は最大で二人までなんだから、しょうがないだろ」


 そうなんだ。

 ため息を吐きつつ、狂太郎はダンジョンの奥地へ進む。

 洞窟はすでに、人工的に手が加えられた地点を通り過ぎ、鍾乳洞のエリアに辿り着いていた。

 もちろん、その辺りも松明で点々と照らされていて、どこか観光地のような雰囲気がある。

 天上を仰ぎ見ると、鍾乳石でできた白っぽいつららが、剣山のようにびっしりと生えていた。


「ひええええ……集合体恐怖症の人は来れんな、ここ」


 恐怖症でなくとも、実際にそこを歩くのは、誰にもオススメできないだろう。天上を蠢くぐちゅぐちゅしたもの――スライムが、不意打ちを狙うべく機をうかがっているためだ。


「なんか、定期的に現れるな、こいつら。……どうする? もうイベントもなさそうだし、きみがいいならこの先、負ぶっていってもいいが」

「厭だよ。穢らわしい」

「けがらわ……? えっ。とつぜん傷つけられた……かなしい……」

「無駄に接触しなくても、私が片付けるから、いいでしょ」


 狂太郎はこの時すでに、沙羅の印象が、ヨシワラで出会った時とずいぶんと変わっていることに気づいている。


――なんか、失礼なことをしたかな?


 とも思ったが、こっちの方が地なのかもしれない。


>>スライムが あらわれた!


 ナレーションと共に、沙羅が口から火を吹く。

 火炎放射が天井を撫でると、緑色のねばねばは一瞬にして灰となった。


>>ボーイ&ガールは スライムを たおした!

>>ボーイの けんスキルに けいけんちが 47472ポイントはいる!

>>ガールの 轣ォ邉サ鬲疲ウスキルに けいけんちが 47472ポイントはいる!


>>ボーイの けんスキルの レベルが 193にあがった!

>>ボーイの せいしつが へんかする!

>>ボーイは ”しろうと”から ”おぼえたてのサル”に なった!


>>ボーイは ”かえんぎり”を おぼえた!


>>ガールの 轣ォ邉サ鬲疲ウスキルの レベルが 1945にあがった!

>>ガールの せいしつが へんかする!

>>ガールは ”おぼこ”から ”Aのよかん”に なった!


>>ガールは ”ひゃくれつなめ”を おぼえた!


 ひゃくれつなめ……?

 狂太郎が首を傾げていると、


「それにしても私たち、に、いつまで付き合わなくちゃいけないのかしら」

「そりゃもう。《無》を取るまでだな」


 そのためには、北の果てに向かう必要がある。

 そしてそのためには、このゲームの”イベント”に一つ一つ付き合う必要がある。

 遠回りをしている気がするが、今回の場合はやむを得ない。


「まあ、それほど長くはかからんさ。個人制作のゲームなんて、クリアまでそう時間がかからないのが普通だ」

「なら、いいけれど」


 地図を見ると、この辺りが目的地に思えるのだが……、狂太郎がそう思っていると、どこからともなく、洞窟内に声が響き渡った。


『ボーイ&ガール。よくぞここまできた。いまここに、試練を与えん』


 その後、ずしん、ずしん、と足音。


『ボーイ&ガール。おまえたちが”万能薬”を求めるのであれば、――この者を倒してみせよ!

 いでよ、我が忠実なしもべ……ブラック・デス・ドラゴンよ!』


 ブラック・デス・ドラゴン。

 なんかちょっぴり間抜けな響きだなと思いつつ、狂太郎は《天上天下唯我独尊剣》を抜く。

 暗闇から覗き見える影は、その、足音の大袈裟さに対し、――思ったよりも小さい。


――すばしっこいタイプのやつか。


 それなら、自分の出番になるな。

 そう、頭の中で戦略を組み立てつつ。


 暗闇からふらりと現れた、その姿をみて、


「え」

「え?」


 二人揃って、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

 それもそのはず。現れたのは恐らく、80歳かそこらの、腰の曲がった老婆であったのだ。


>>ブラック・デス・ドラゴンが あらわれた!


「ええと……ちょっと、そこのお婆さま? 危ないですよ?」


 沙羅が言うと、


「グギャオオオ――ッ!」


 と、老婆がしわがれ声で叫んだ。


――なんてこった。信じられん。


 ここでも、バグか。

 恐らくは、表示するグラフィック指定のミス。

 狂太郎は、これに似たバグを何度か見たことがある。

 『ポケモン』や『ゼルダの伝説』などでも見られる、割とメジャーなバグだ。


――つまりあれ、一見老婆に見えて……。


 ちゃんと中身は、”ブラック・デス・ドラゴン”の可能性が高い。


「あの方、ちょっぴり様子がおかしいね? なに聞いても『グギャオオ』だって」

「沙羅……、あれなんだが、」


 その時だ。

 老婆がその口から、黒く不気味に輝く火焔を吐き出したのは。


「――!」


 咄嗟に《すばやさⅧ》を発動。沙羅を乱暴に抱きかかえ、足場を変える。

 その後いったん、老婆から距離を取って。

 ほっと安堵していると、沙羅が憎悪のこもった声を上げた。


「ちょっと! 勝手に身体に触らないでよっ!」

「そう言われてもな。――」


 彼女、すぐに狂太郎から離れて、


「火の攻撃なら、私には効かないから。二度と同じ真似をしないで」

「いや。……たぶんだが、この世界の攻撃はなるべく受けない方が良い。絶対ろくなことにならないから」


 だが、それでも彼女は、狂太郎に触れられる方が我慢ならないらしい。


――だったらどうしてこの娘、ここまで着いてきたんだろう。


 内心、腹をすえかねるものがあったが、異世界人とのコミュニケーションには、時にこういう問題が発生する。


「しかし参ったな。ああいう外見をされては、戦いにくくてしょうがない」

「戦いにくいって……あなた、あのお婆さんを斬るつもり?」

「仕方ないだろ」

「そんなのダメよ。中身はドラゴンでも、外見はお婆さんなんだから」

「えっ。そうかな?」

「そうよ」


 中身がドラゴンであることの方が問題な気がするけど。


「っていうか狂太郎くん、これまでみたいに、無傷で無力化できないの?」

「無力化、か……」


 老婆の服をちょっと見て、


「これまで同様にやるなら、脱がした服で四肢を拘束する手だが」


 それなら、これまでも「倒した」扱いになっていたし、セーフな気がする。

 だが、沙羅的にその選択肢は、


「……もし、私が見ている前でそんな真似をしてごらんなさい。”エッヂ&マジック”の”救世主”は、老婆を陵辱する趣味があるって触れ回るわ」


 アウトらしい。


「それは、よくないな。仲間の評判のためにも」


 低い声で答えつつ、


――この娘ひょっとして、ぼくの足を引っ張りに来たのかな?


 と、そう思っている。

 もちろん、はっきりと口には出さなかったが。

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