205話 イベント消化

 確かあのお爺さん、こんなふうに言ってた。


――おぬし、このコーラを手に入れるのに、ちょっとした試練が待ち受けていただろう。三人の暴漢、黒きドラゴンとの対決、……すべて、ボーイの覚悟を試すために用意したものじゃったのよ。


 恐らくこの台詞は、これから狂太郎たちの身に起こる展開について語られたものであるはず。

 妙なところでネタバレを喰らったもので。

 これはつまり、……すんなりこの、「コーラ取得イベント」が解決しないことを意味していた。

 しかも恐らくだが、このイベント、スキルの力を使って省略する訳にもいくまい。

 どうもこの世界、そういうが許されないらしい。


「さて……」


 大賢者スペードが用意した”試練”とは、いかなるものか。


 瓶詰めのコーラを手のひらの上で弄びつつ、チェシャの街の通用門へと向かって歩く。

 声をかけられたのは、それからすぐのことだった。


「ねえねえ、そこのボーイ。カッコいいね。ステキだよー」


 いかにも無理して作った感じに艶のある声、である。

 顔を上げると、育ちすぎた西瓜を思わせる巨乳の女が、極端に布地の少ない衣服をひらひらさせながら、話しかけてきた。


「私、あんたみたいなの大好きよ。ちゅーしよ。ちゅー」


>>びじんの おねえさんが こえをかけてきた!

>>「か、かわいい……」 ボーイは デレデレだ。


 と、ナレーションは語ってくれているが、べつにそこまで好みのタイプではない。


「カッコいいお兄さん、ステキだぞー。ぱふぱふしない、ぱふぱふ」


 ぱちん、ぱちん! と音がしそうなウインクだ。

 狂太郎はなんだか、実家のテレビを眺めていると、ふいにエッチなシーンが流れてきた時みたいな気分になっている。


「ぱふぱふいいよー。攻撃力2000上がって防御力が二倍になるよ。なお、得られる経験点は山賊100人分である」

「ふーん。……――ちょっと待て、山賊100人分?」


 じゃあこのゲーム、ぱふぱふするだけでクリアできんか、それ。

 少し眉間を抑えて、


「まあ、いいや。とりあえず……」


 そこで口を挟んだのは、沙羅である。

 彼女は、どちらかというと狂太郎に向けて、


「ばか。そんな暇、ないに決まってるでしょ。さっさと次行くわよ、次」

「そういうわけにはいかないよ」

「え? なんで? 急ぐんでしょ。……まさかあなた、あの乳に挟まれたい気分になった?」

「そんなんじゃない。ただ、」


 これ、「コーラ取得イベント」の一巻ではないか。


「カッコいいお兄さん、ステキー。ぱふぱふ(※7)しない、ぱふぱふ」


>>びじんの おねえさんからは のがれられない!


「いや、だからもう、結構ですって、……っていうか、女連れの男を誘うのって、わりとマナー違反だと思うんですが。いかがでしょうか」

「カッコいいお兄さん、ステキー。ぱふぱふしない、ぱふぱふ」


>>びじんの おねえさんは はなれようとしない!


「ぱふぱふしましょ、ぱふぱふ」

「ちょっと!」


 それでも沙羅が、無理にその場を離れようとすると、


>>縺ェ繧薙□縺九??縺翫?縺医&繧薙?縲?繧医≧縺吶′縲?縺翫°縺橸シ?シ


 乳の大きいお姉さん、その場でぶるぶるぶるぶると震えて、


「あ……あ……あ……あ”……め”」


 狂太郎が慌てて口を挟む。


「ちょっとまて! やる! ぼくは、ぱふぱふ、やる!」


 言っておいてなんだが、自分史上まれに見るレベルで頭の悪い台詞だ。


「なんですって。本気なの? 狂太郎くん」

「ああ、本気だ」


 沙羅はまるで、犯罪者でも見るような目つきである。


「どうもこの世界、イベントを順番に消化していかないと、おかしくなる住人がいるらしい。流れに身を任せるしかない」

「流れに? 欲望に、ではなくて?」

「いくらぼくだって、仕事の最中にそういう真似はしないさ」

「どうだか。……男って、これだから」

「信じてくれよ」


 ちなみにこれは、嘘である。狂太郎はいつも、あわよくば異世界人の乳の間に挟まりたいと思っているタイプのおっさんだ。ただしその時は、そういう気分じゃなかったというだけの話である。


>>ボーイは はなのしたを のばしつつ おんなのひとに ついていく!

>>「でへへへ」 ボーイは だらしなく はなのしたを のばした!


――直近の文章に二度も「鼻の下を伸ばす」を使うなよ。日本語が不自由なゲームめ。


 しかめ面で、そう思う。同行者の視線がちくちくと痛い。


 その後、狂太郎と沙羅が案内されたのは、市場から少し離れたところにある、人目を忍ぶように配置された掘っ立て小屋だ。

 小屋は、いかにも妖しげな雰囲気で、どことなく臭気が漂っている。


――うわ。ぜったい何か、不吉なことが起こるやつだ。


 そう思いつつ、小屋の扉を開いた、その時だった。


「いまだよ! おまえたち!」


 と、隠れていた男たち二人に羽交い締めにされる。

 狂太郎と沙羅はそれぞれ、黙って為すがままにされた。


>>なんと! びじんの おねえさんは わるものだった!

>>おお! かくも スケベごころは はめつをまねく ものなのか!


「ほら! そのコーラをよこしな! いますぐに!」

「……構わんけど」


 こういう時、なにより先に武器を奪うべきだと思うんだが、それよりコーラをご所望らしい。

 おっぱいの大きい女性は、コーラを受け取るやいなやほっと安堵して、


「これでいま、病気で苦しんでいる私のカワイイ弟に、コーラを飲ましてあげることが可能になるよ……」

「そうか。可能になる、ね」


 実にわかりやすい説明台詞である。


>>どうも びじんのおねえさんは わけありの ようだ。

>>ボーイは おねえさんを たすけるか?

>> ⇒はい いいえ


「あー、はいはい」


 狂太郎の勘は正しかったらしい。


――三人の暴漢。黒きドラゴンとの対決、


 やはり今起こっているこれも、ゲーム的なイベントのようだ。


「……なあ、きみ。良ければだがその、弟くんの件、ぼくに手伝えることはないか」

「えっ? あんた、あんたを襲った私たちを、ここよりちょっと北に行ったところに隠されている洞窟へ行き、危険なモンスターを倒し、その奥にある万病に効くという薬を採ってきてくれることにより助けてくれるというのかい?」

「ん……ん? う、うん」


 つくづく妙な台詞回しである。


「その代わり、薬を手に入れたら、そのコーラを返してもらいたい」

「変わったボーイだ。そこまでして、コーラがいるの?」

「ああ。ここに来る途中、コーラを欲しがっていた爺さんに約束したんだ」

「変わったボーイだ。コーラなんて、また新しいのを手に入ればいいのに」


 自分でもそう思う。

 ただ、下手にツッコミを入れるとまた、例の”崩壊病”が発生する恐れがある。ここはただ、シナリオの流れに従う他にない。


 すると、おねえさんの両隣にいた男たちはすっかり感動して、


「なんて徳の高いボーイだろう……」

「正義の人だ……!」


 と、両目からぽろぽろと涙をこぼした。


「わかった! そこまで言うなら、私たちもあんたに協力するよ! 北の洞窟までの案内は、私に任せてくれ」

「ああ。頼むよ」

「自己紹介がまだだったね。私はハート! こっちはクローバーとダイヤ。身体はごついが、気のいいやつらさ。さあ、冒険の旅に出かけよう!」


>>ハート クローバー ダイヤが なかまにくわわった!


 この、驚くべき改心の速さとか。

 とんとん拍子で語られる「次の目的」とか。


 まあ、いろいろと言いたいことはあるが、これだけははっきりしていることがあった。


――茶番だな。これは。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※7)

 手元の辞書で調べたところ、「女性の豊満な胸の谷間に顔を埋める」行為を指したものらしい。

 なお、どこまでが”豊満な胸”であるかに関する記述はなかった。

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