204話 ねんがんのコーラ

 五人で泊まるはずだった部屋に、ぽつんと一人。


「ふむ……」


 一人唸って、――彼女の帰りを待つ。

 ほどなくして、


「ほい、おつかれさまっす」


 《ゲート・キー》を通じて、敬礼ポーズの沙羅が戻ってきた。

 四人の姫君は無事ヨシワラで働くことになったこと、しばらくは『魔性乃家』で寝泊まりすることを告げて、余ったベッドに、ぽすっと腰掛ける。


「それにしても……あんな上モノが一度に四人も……うふふふふふ」


 と、ほくそ笑むサラマンダー娘。

 なんとなくその口ぶりから、妖しい魂胆が見え隠れしていたが、――この一件に関しては、後回し。いまはとにかく、仕事優先だ。


「ところで、《無》の情報はどこまで調べが付いてる?」

「あー……それね」


 沙羅は、少し考え込んで、


「私もしょーじき煮詰まってきたとこだし、……教えても良いけどさ。もし見つけたら、私にも情報、頂戴ね」

「当たり前だ。それどころか、数が手に入るようなものなら”救世主”全員が標準装備すべきだと思っている」

「あら、そう?」

「ああ。これ以上、”転移者”による殉職者を一人でも出すべきではない」


 人材は、――特に、幾度となく死線をくぐり抜けてきたような人材は、使い捨てるべきではない。どうもこの界隈、そう思っていない者も多いようだが。


 ただ、その考えに関しては沙羅も同意見だったらしく、


「それじゃ、教えちゃおっかなー♪」


 と、蜥蜴の尻尾をぱったんぱったんする。


「まず、……以前にここで《無》を手に入れたっていう”救世主”の情報。――その人、なんでも、この世界の北の果てまで行ったんだって」

「北、か」


 つまりこの、延々と北南に延びている世界、――”ベルトアース”の、最終マップがある方角へ進んだということか。


「ただ向かうだけなら、いまからでも行って帰ってこれそうだが」

「それが、――そうもいかないの。わかってるでしょ? この世界のヤバさ」

「ああ……まあな」


 狂太郎の脳裏に、賢者を名乗った老人のバグった顔が思い出される。


「私も無理に移動しようとしたんだけど……ダメだった。途中、見えない壁があってさ。それをムリヤリ抜けたら、例の『あ”め”ま”!』ってやつ。……街の人みんながそんな感じになっちゃって。すっごく怖かった……」

「強行突破は?」

「できないっぽい。その状態で進めば進むほど、見えない壁があっちこっちにできていく感じ。最終的にはなんか、一生身動きできなくなる気がして、――結局、ここまで戻ってきちゃった」

「ふむ……」


 その感じ。


「たぶんそれ、フラグを立ててないから、だろうな」

「……フラグ、――旗? ちょっと翻訳がよくわからなくって……どう言う意味?」

「コンピュータ用語の一種でね。要するに、鍵となる条件を満たさないと、先に進めない仕様になってるんだろう」

「そんなこと、あるの?」

「あったよ。これまでの世界では、ちょくちょく」

「ふーん……」


 沙羅は少し疑わしげだったが、――やがて、


「ま、”史上最速の救世主”の言葉だしね、信じてみましょ」


 と、自分を納得させる。


「ちなみに、ここんとこ私、オフなの。ついていっていいよね?」

「別に構わないけど……そんなことしなくても、《無》を手に入れたら、くれてやるぞ」

「それだと、私と、私の仲間がみんな、一方的にあなたに借りを作ることになるでしょ。そういうの、ウザぃ……、じゃなかった。悪いじゃん」


 いま、「ウザい」って言われなかった?


「まあ、それならそれで。――ちなみに、今日はもう遅い。なにが《無》に繋がるかわからないことだし、ぼくはここで泊まるが、――きみはどうする?」

「私は、ヨシワラにある自宅で寝るよ。四人の姫の様子も気になるし」

「そうだな。それがいい。……ちなみに、明日の朝は早いぞ。それでいいか」

「いいですとも。ヨシワラの女は、早起きが得意なの」



 その後、狂太郎はしばらく、夜のチェシャの街を散策して、――結果、何も起こらないことを確認した後、


――やはり鍵は、最初に見かけた老人か。


 と、検討をつける。


 一応その後は、壁に向かってぼんやり歩いてみたり、何もないところで持ち上げるような動作をして見たり、跳んだり、ベッドの上で前転したりなどしてみたりしたが、そのような狂態を演じたところで結局、《無》を取得することはできそうになかった。


――うーん。ネットの動画とかだと、こんな感じで採れる気がしたんだが。


 そもそも「無を取得」というのは、ゲームプレイ動画などで見られるバグ技の一種である。

 操作しているキャラクターに「存在しないもの=無」を持たせる動作を行うことで、その他様々なバグを誘発するテクニックだ。

 ゲームにおけるバグは、――プログラムを喰らい、連鎖的に破壊してしまう虫のようなもの。故に、一つの大きなバグは、数多のバグを引き寄せるのである。


 その夜は結局諦めて、狂太郎は広い部屋で眠ることになる。

 旅人をほとんど泊めたことがないという宿屋のベッドは、ほとんど新品同様の清潔さであった。



 そして、次の日。

 日が昇ると同時に沙羅と合流した狂太郎は、まず例の”賢者スペード”とやらがいた場所に戻ることにする。

 その際、


「では、移動はぼくの背中に乗ってくれ」


 というと彼女、完全に変態を見る目でこちらを見て、


「え? ……厭だけど」


 とのこと。


「えっ」

「え?」

「……でも、ここからだと目的地まで、わりと時間掛かるし」

「いやいや。だとしてもトツゼン、背中に負ぶされって……ちょっとおかしい気がするんだけど。……セクハラ?」


 言われて初めて、少しはっとする。

 これまであまり気にしてこなかったが、確かにこれは、同業者に言うものとしては少々、異様な申し出かも知れない。

 そもそも自分以外の”救世主”は、それほど生き急いでいないのだ(※6)。


「それでは、……ぼくが、先に行っていろいろ確かめてくる。きみの方は……そうだな。……すぐそこにある市場の……コーラが売られている列に、並んでいてくれ」

「コーラ? なんで?」

「必要だからだ」

「……ふーん」


 そういう段取りになった。



 その後、狂太郎が”賢者スペード”とやらの寝転んでいた場所に戻ると、――そこには、前回通りかかったときと変わらず、


「コーラを……コーラをくれ……」


 と言って寝転んでいる男の姿があった。

 狂太郎は嘆息して、


「わかった。今度は、――イチからちゃんとやるよ」


 と告げた後、来た道を引き返す。

 そして既に並んでくれていた沙羅と合流、今度はちゃんと、コーラ売りの男に話しかける。


「ん? あんた、どこかで見たことが……」

「気のせいです。あるいは人違いです」

「でも、たしか昨日、……あ……あ……あ……あ”め”……」


 そこですかさず、沙羅が口をはさんだ。


「コーラを! コーラを売って下さい」


 すると、コーラ売りの男は正気を取り戻し、


「ん。わかった。コーラは120ゴールドだよ」

「ゴールド? ……この辺じゃ、物々交換が主流なのに……いいんですか」

「そうなんだけど、――古い決まりでね。コーラは現金と決まってるんだ」

「ふーん」

「で、で、でも……ホントは俺も、役に立たないお金より、物々交換の方が良くて……あ…………あ………あ”め”……」

「あ。買います。現金で買います。いま、支払います」


 狂太郎、ちょっぴり泣きそうになりながら、120ゴールドを押しつける。


――もう厭だ、この世界の連中。すごく不安定なんだもの。


 すると、元気いっぱいのナレーションが、


>>ボーイは ねんがんの コーラを てにいれた!


 とのこと。


 ホッと一息吐く。

 とはいえ、――これでこのイベントが終わる訳がないと、わかっていたが。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※6)

 後々狂太郎が考察したところこれは、”エッヂ&マジック”と、”金の盾”における仕事の向き合い方の違いらしい。

 前者は歩合制。後者は月給が決まっている。

 だからだろう。”金の盾”の”救世主”たちはみな慎重で、一つの世界の救済に時間をかけることを厭わない。


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