199話 ラビット城
>>ボーイは さんぞくを たおした!
>>ボーイの けんスキルに けいけんちが 3ポイントはいる!
>>ボーイの けんスキルの レベルが 2にあがった!
>>ボーイの せいしつが へんかする!
>>ボーイは ”ぼんじん”から ”ざこ”に なった!
「凡人から雑魚って……」
それ、弱くなってないか? レベルが上がったのに?
いや。考えても仕方あるまい。
この世の中には、数多のゲームが存在する。
その内の一つに……こういう、特殊なゲームが存在しても仕方ないか。
ただ一点、興味深いのは、
――この世界、異世界人である、ぼくにも”レベル”があるようだな。
という事実だ。
これまで、様々な世界に転移してきたが、……どの世界でも共通していたことがある。
それが、”レベル上げが出来ない”という点。
だがこの世界において、そのルールは当てはまらないらしい。
――このまま”レベル上げ”を続ければ、ぼくもヤマトのように強くなれるだろうか。
とはいえ、”けんスキル”とやらが上昇しても、別段剣の扱いが巧くなった感じはしないし、――そもそも狂太郎は、山賊退治に剣を使っていない。山賊との戦闘は常に、「敵の両手両足を縛り上げる」という技で決着を付けている。
――たぶん、持っている武器のスキルが上昇する、という設定なのだろうが……。
鞘から抜いてもいない剣のスキルが上がるのは、ちょっと妙な気分だ。
「ちなみにこの”けんスキル”っていうの、普通はどれくらいなんだ」
「そうですわね。――城の一般兵で、レベル300000000くらいが下限かしら」
「さんおく」
姫の口から気軽に語られたその天文学的な数値に、狂太郎は思わずズッコケる。
――とりあえず、途方もない数字を出せばウケるとでも思ったんだろうか。このゲームの作者。
物作りには、手間が掛かる。
せっかくだから奇をてらいたいと願うのは、わりと自然な心理だが。
「ところで一つ、聞いてもいいか、ボーイ」
「ん?」
「さっきからあなた、なんで山賊を殺さないのかしら?」
「そりゃ、まあ。人命を大事にしているだけだ」
「あいつら、人間ではないよ」
「へ? そうなの?」
「うん。あれは大昔から無尽蔵に湧いてくる魔物の一種で、生き物のようにみえるが、そうではない。近所の子供は、奴らの尻の穴に爆竹を詰めて火を点けて、吹き飛んだ内臓が何メートル飛ぶか選手権とかして遊ぶのが一般的」
「へ、へえ……」
なんて世界だ。
だが、例え命の価値が田んぼの蛙と同じ程度だと言われても、方針を変えるつもりはない。
「ところで、――きみたちの城、――ラビット城だっけ? そこって、……」
「もう間もなく、着きますわ」
「そうなの?」
狂太郎は、もう既に”あいうぇふぁ”なのか”おわらめ”なのか”ぱあうあ”なのか”けむんちゅ”なのかも分からなくなっている姫君に尋ねる。
「そうだ。もうそろそろ、――現れる」
しかし、目の前には野原が広がっているだけで、それらしき建物はどこにも……。
そう思っていると、『ざっざっざっざ』と音を立て、狂太郎の眼前に突如として石垣が出現し、驚いた。
>>>ボーイは ラビットじょうに とうちゃくした!
「なんだこれ」
驚いて数歩、後退る。
すると、再び『ざっざっざっざ』。石垣が視認できなくなった。
「こ、これは……」
「言ったでしょう? ここは悪の王国に狙われているのです。だから隠匿魔法がかかっている」
「なるほど」
この場所に来てからほとんど初めてと言っても良いかも知れない、納得できる説明だ。
城は、大きく開け放たれたまま長らく放置されているらしい城門があり、その前には、「ここはラビット城です」という台詞を狂ったように繰り返している男がいる。
関わるのは危険だと思った一行が城下町に足を踏み入れると、――そこは、四、五軒ほどの簡素な建物が並ぶだけの、実に静かな街であった。
ただ、住めそうな家に対して、その辺を歩いている者の数は、少なくない。ちょっと観ただけでも、2、30人は街をうろついているだろうか。
――この人たち、普段どこで暮らしてるんだろう。
あるいは、一度建物に入ったら、その内部は広く作られているのかも知れない。狂太郎が救ってきた世界の中には、時空を操作する技術を獲得しているところも少なくなかった。
だが、
「街の連中? ――彼らならいつも、その辺で寝てますわ。当然でしょう? 家がないんだから」
とのことで。
――どおりでなんだか、浮浪者じみた連中が多い訳だ。
みんな、顔だけは妙に明るいが、服はぼろぼろだ。
まるで、そうすることを強制されているロボットのような印象だった。
「それにしても、少し妙だな。きみら姫君が無事戻ってきたのに、騒ぐ人が一人もいないというのは」
それどころか皆から、「お、やってるやってる(笑)」という奇異の目を向けられている気がする。
「それはそうでしょう。めずらしいことじゃないもの」
「……そうなのかい」
「ええ。ラビット城の姫君は伝統的に、南端の平原、――”スタート・チテン”で無限湧きするのです。故に、南側の人口は、わたしたちが割と多い」
「へー」
――自分が無限湧きするって、どんな気分だろう。
少し考え込むが……気が変になりそうだったので、いったん思考をリセットする。
「でも、一応お礼はしてもらえるんだろ?」
「ええ。お礼も無限湧きしますので」
「そうかい……」
このままこの、奇妙な世界のペースに飲まれるとおかしくなる気がしたが、全ては《無》を得るため。
それにいずれにせよ、この世界での人脈は必要だ。
その後、一行が城に向かうと、城門には、槍を携えた二人の衛兵……と思しき人物が立っている。
「…………………」
驚かされたのは、その格好であった。
彼らは、頭部にドリルのような機械を装着し、あとは衣服を一切身につけていなかったのである。
狂太郎は……彼のその姿をしばらく注視した後、
「寒くないんすか?」
と、通りすがりに訊ねる。
むっつりへの字の彼は、意外にも返事をしてくれて、
「寒いがこの装備がもっとも敵の攻撃を防ぐ。仕方がない」
とのこと。
――恐らく何かの、パラメータ・バグの関係だろう。
通常の装備より、へんちくりんな格好をしていた方が強いというのは、バグ取りの甘いゲームにはありがちだ。
――大変なんだな……。
城に入ると、男だけでなく女性兵士までもが頭にドリルを付けただけの格好でその辺に突っ立っている。
――なんかの企画ものアダルトビデオみたいだ。
スケベな気分の時ならともかく、仕事モードの時にこういう光景を目の当たりにしても、流石に妙な気は起こさない。
ただ、「笑ってはいけない、笑ってはいけない」と自分の二の腕辺りをつねりながら、ようやくの思いで、真顔で城の二階にあるという玉座の間へと向かう。
ラビット城の主は、簡素な玉座に座りながら、やつれ果てた顔で、狂太郎と、その後ろにいる姫×4を見た。
その様子は、――失踪した娘を想って苦しんでいる……訳では、ないらしい。
王様は、死にかけた老人のような顔つきで、開口一番にこう叫んだ。
「頼む! もう、……もう勘弁してくれ!」
一応、形だけでも感謝されると思っていた狂太郎は、ちょっと驚く。
「あの……」
「わかってる! わかってる! 褒美が欲しいんだろ!? だが、貴様ら旅人どもが分裂した娘を何万人も連れてきたお陰で、我が城の財政は破綻している! 金なら、もちろんやろう! だがもはや、この国の金ではもう、やくそう一つ買えんぞ」
狂太郎は慌てた。
「ああ、いや。べつに自分は、あなたを困らせようとしている訳では……」
だが、彼は一向に取り合わず、
「娘なら、もういらん。すでに自由人たちの村で、百人近く面倒をみているからな。……あとは、奴隷商に売りつけるなりなんなりしてくれ。といっても、タダでも受け取って貰えんだろうがね。――わかったらこの宝箱の中の120ゴールドを受け取って、さっさとここを去ってくれ! 二度と……二度とここに戻ってくることのないように!」
増殖しているとはいえ、――実の娘の前でいうべき台詞ではなかろうに。
だが、それを咎める者は、この場のどこにもいない。
正気を失ったこの男を、いったい誰が責められようか。
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