198話 ”姫”×4
そっくり同じ顔の”姫君”が、四人。
「よくやったな。大したやつじゃないか。お前がいなかったら、私は死んでいたか? そうだな「よくやったな。大したやつじゃないか。お前がいなかったら、私は死んでいたか? そうだな「よくやったな。大したやつじゃないか。お前がいなかったら、私は死んでいたか? そうだな――……」
「…………………」
――輪唱かな?
狂太郎は何か、悪い夢でも観ているような気持ちで、四人の顔を見比べる。
少し癖のある金髪に、宝石のような蒼い眼。ふわふわのスカートを身に纏い、頭の上には金ぴかの王冠。
物語の世界に登場するいかにもオーソドックスな”お姫様”といった風貌の彼女たちは、どこか人形を思わせる虚ろな表情で、それぞれ狂太郎に頭を下げた。
「ええと。あんたら、四つ子かなんか?」
彼女たちは答えず、
「ありがとう、通りがかりのボーイ。お陰で私、助かりましたわ。ところで、出会ったばかりでなんなのだが、貴様は北方にある私のお城を案内するべきだ。わかるな? お礼は必ずいたします」
「……まあ、構わんが」
この人数だと、背負って全員運ぶわけにはいかない。
順番に移動させる手もなくはないが、それだとまた悪党に襲われた場合は対処できないし。
それに、この少女たちはどこか、狂太郎の気持ちをざわつかせる何かがあった。ちょっと目を離すだけで、あっさりと消えてしまいそうな……。
――まあいい。急ぐ旅でもなし、道々、情報収集しながら進めば良いか。
そう思い、”姫”×4を引き連れて、とりあえず北を目指す。
>>ひめぎみが ひめぎみが ひめぎみが ひめぎみが
>>ボーイのパーティに くわわった!
というアナウンス。
狂太郎、少し眉をしかめながら、
――やはりこの状況、……なんらかの”異世界バグ”ということだろうか。
ゲーム好きの者であればお馴染みの言葉に、「フラグ」というコンピューター用語が存在する。たびたび「死亡フラグ」とか「破滅フラグ」、「逆転フラグ」などと称されるあれだ。
プログラマーは、この「フラグ」を管理することによって、ゲーム内イベントを発生させたり終わらせたりするのだが、――出来の悪いゲームの中では稀に、その”フラグ管理”が上手く働かないことがある。
先ほどの、”お姫様が山賊に襲われた”イベントを例にするなら、この世界の元になったゲームのプログラマーは恐らく、”このイベントの終了後、同じイベントを繰り返さない”という「フラグ」を立て忘れたことになる。
故に恐らく、パーティメンバーが最大になり「これ以上仲間が増えない」状態になるまで同じイベントが繰り返されることになってしまった訳だ。
――中学時代に作った、RPGツクールのゲームを思い出すな。
狂太郎も、かつてはゲームクリエイターという「オタク気質の男の子なら一度は憧れる職業」に魅せられて、当時発売されていたゲーム制作ソフトに手を出したことがある。
結果として、「自分には向いていない」という残念な事実が判明しただけだったが、――とはいえ、これは決して無意義な時間ではなかった。ゲームの作り方がわかれば、その仔細な作り込みに気づくことができる。隠された職人芸に、感動することもできる。
「なあ、あんたら。なんでこんなところを、そんな格好でうろついてたんだ?」
狂太郎が訊ねると、二番目に助けた”姫”が、こう応えた。
「……ここより遙か北方にあるジャバウォック王国の暗殺者に追われて、城を逃げ出してきたのです」
「そうだったのか、――だとしても、もうちょっと目立たない格好に着替えるべきだったな」
「それが、王族のしきたりで、着替えるわけにはいかんのですよ」
「うん。……そっか」
この、口調が時々切り替わる感じなのはどういう了見だろうか。
「……ちなみに確認したいんだが、いま我々が目指してるのは、ジャバウォック王国……ではないんだよな?」
「ええ。ジャバウォック王国は、”遙か北方”、私の住むラビット城は、”ちょっと北方”に行ったところに御座いますので」
「なるほど」
まあ、そういうこともあるか。
「一応、もし良かったらざっくりと位置関係を知りたいんだが、――きみの知る限りでいいから、この世界の地理を書いて貰えないかな」
狂太郎、こんなこともあろうかと買って置いた、新型のiPadとアップルペンシルを彼女に手渡す。
姫君は、少しその使い心地に戸惑ったあと、……非常に、特徴的な地図を、それに描いて見せた。ただひたすらに、縦長なのである。
「……なんじゃこりゃ」
狂太郎は眉をひそめて、この奇妙な世界を眺めている。
二番目の”姫君”によると、この”ベルトアース”と呼ばれる世界は、ただひたすらに細長い形状をしていて……北へ行けば行くほどに治安が悪く、凶悪なモンスターが跳梁しているらしい。
「ですから、北の恵まれない大地の住人はいつも、平和で恵まれている南の領地を狙っているのです」
「……へえ……」
一部のアクションゲームでは、「ただ、右に進むだけ」を目的とすることはある。
つまりこの世界は、「ただ、上に進むだけ」を目的とするゲームだということだろうか。
――学生とかが作った、”奇をてらっている系”の作品にありそうな世界観だな。
思い出せば、『FF』にもそういうシリーズがあった気がする。あれはもうちょっと手が込んでいたが。
「なあ、お嬢さん。――ええと、名前は……」
訊ねると、最初に助けた姫君から順番に、
「私は”あいうぇふぁ”です」
「”おわらめ”です」
「”ぱあうあ”です」
「”けむんちゅ”です」
という返答。
――なんだ、この……適当な名前をランダムに入力したような名前は。
そう、心の中でツッコミつつ、
「では、”あいうぇふぁ”さん。変な話を聞くようだが、あんたは《無》について何か知らないかい」
「無? 無とはいったい?」
「ぼくの知り合いの知り合いが、ここでその、《無》というのを取得したらしくてね。どういうものかもわからないんだが……ぼくはその、《無》を手に入れるためにここにきたんだ」
「雲を掴むような話ですね……」
やはり、ヒントはないか。
そう思っていると、”けむんちゅ”が唐突に、ぶるぶるぶるぶる! と振動したので、狂太郎はビックリした。
「お、おい……大丈夫かい」
「ああああああ、わわわわわわわたたたたたくくくくくしししししし」
観ると、彼女の足元に一抱えほどの岩があり、その上を通ろうとした結果、進行不可能な状態に置かれているらしい。
狂太郎は、このような現象を、主に3Dゲームをしているときに観たことがある。
これはいわゆる、「スタックする」という状況ではあるまいか。
バグ取りの甘いゲームが、オブジェクトに挟まって進行不可能な状態に陥る現象だ。
慌てた狂太郎が彼女を引っ張り出すと、”けむんちゅ”は「ありがと」と、一応感謝の言葉を述べて、平然と話を続ける。
「わたくし、お父様にそんな話を聞いたことがある。なんでも《無》というのは、ものすごい力を秘めた、素晴らしいものだ、と。――かつて、こことは違う世界の住人を歓待した時、教えて貰ったことがあるって」
「こことは違う世界? ――つまり、異世界人ってことかい?」
「はい」
それってもしかしなくても……前に《無》を手に入れたという”救世主”ではあるまいか。
ついてるな、と思ったが、――この世界の形状を考えると、当然かもしれない。
ただでさえ、ほぼほぼ一本道の”ベルトアース”である。
――案外、簡単に探しものは見つかるかも知れないな。
その時の狂太郎は、そう思ったという。
少なくとも、その時は。
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