七章 WORLD0091 『不思議の国の終焉』

195話 ローシュの取引

 『アザミの工房』の世界を攻略した後、十日足らず。

 その頃の狂太郎の仕事ぶりは、実にめざましいものがあった。


 この十日間に狂太郎が救世した世界は、――なんと、七つ。


・茸人間に支配された世界。亀の大王と対決し、王女を救い出す。(十五分)

・壺に入った謎のおっさんとただひたすらに山を登る世界。(一時間三十八分)

・緑の服を着た青年と協力し、豚の怪物と戦う世界。(三十三分)

・ロボット工学が発展した世界にて、悪のロボットの反乱を鎮圧する。(二十三分)

・無限に生成される不思議なダンジョンから巻物を取ってくる。(一時間二十分)

・竹輪が大量にばらまかれるので、鉄アレイを避けながら回収する。(二十四分)

・ペンギンと一緒にけっきょく南極を大冒険する。(三日と二十時間三十一分)

 

 なお()内は、転移から帰還までにかかった時間である。


 最短、十五分。

 作るのに時間が掛かるタイプのカップラーメン×3個分だ。

 もちろんこれは、数多の偶然に助けられた結果でもあった。”終末因子”が、なぜか不安定な足場の上でボンヤリしていた、とか。


 いずれにせよ、この数字を見るだけで狂太郎の活躍がいかにめざましいかがわかるだろう。

 報酬の百万円は、日々無造作に、彼の部屋の隅っこに積み上げられている。

 その有り様はまるで、バブル期のヤクザ屋さんを思わせる雰囲気であった。


「……そろそろなんか、投資とか、そういうことに手を出した方がいいだろうか」

「やめとけ。どうせ向いてないよ」

「そーかねえ」


 いつものファミレスにて。

 ぼんやりとため息を吐く狂太郎を前に、私は胡乱げに答えた。


「なんか、うまいこと稼いだ金を種にして、搾取する側の人類にクラスチェンジできないものか」

「おまえは、搾取する側になりたいのかね」

「そりゃ、一応な。同窓会とかでイキれるし」

「イキってどうする」

「そりゃあ、まあ。当時、陽キャ側だった連中にマウントを取れる」

「マウントを取って、どうする」


 そもそもこいつの友だちって基本、ハンターランク高い奴が一番偉いとか、そんな奴ばっかりじゃないか。


「……。考えてみたらそんなに楽しくなさそうだし、どうでもいいか」

「そうとも。仕事に不満がないのなら、それ以上を求めるのは贅沢だと思うね」

「たしかに」


 ずぞぞぞぞぞーっと、二人、アイスコーヒーを飲み干して。

 こういう時の私たちは、会話に脳の容量の1%も使わない。


 私は、ぱちぱちぱちと一心不乱に三千文字から成る原稿をキーボードに打ち込んでいるし、狂太郎は狂太郎で、steamでダウンロードしたマニアックなゲームを攻略していた。

 要するにお互い、――仕事中なのだ。

 口を動かすのは、手遊びに玩具を弄る行為の延長である。


「だがいずれにせよ、金に関してはどうにかせにゃならんな」


 と、その時である。

 こつ、こつ、と、テーブルの端を、白くて美しい指が叩いて、


「そんなあなたに、耳寄りなイイ仕事がある」


 流ちょうな日本語が、頭の上から降ってきた。

 私はちょっと警戒して、顔を上げる。一度、似たような言葉で誘われて、ソープ嬢の真似事をさせられかけたことがあるためだ。


 そこに立っていたのは、――男とも女ともつかない、中性的な容姿の人。しかも、我々とは人種が違う。コーカソイド系だ。髪は、少々癖の強い金髪で、油断すれば爆発しそうなそれを、強めにぎゅっと結んでいる。


「失礼ですが、――どなた?」

「それについては、そこの男の紹介を待とうじゃないか」


 観ると、狂太郎の方が目を丸くしている。


「あ、……あんた、――ひょっとしてローシュさんか?」

「おうとも」

「なんでここに」

「自宅を訪ねたら、飢夫のやつと出くわしてね。そんで、いつもここにいるって言うから」


 狂太郎、数秒ほど眉間を揉んで、


「そういうことじゃなくて。どうして、この世界に?」

「アタシには、”救世主”がいる世界なら、自由に移動していい権限がある。――言ってなかったっけ?」

「聞いてませんけど」

「ってか、そうでもないと、異世界人の金を収拾する理由、ないだろ」

「うーん……」


 狂太郎が首を捻っている間、……私は、書きかけの原稿のことなど忘れて、すっかり魂消ていた。


「あなたが、――ローシュさん?」

「いかにも。あんたは?」

「え、ええと、私は……」


 ここに来て人見知りが発動し、口の中でごにょごにょしていると、狂太郎が助け船を出す。


「彼女は、ぼくの知り合いで、同じ家に住んでいる者です」

「同棲。――となると、コレかい」


 ローシュさん、小指を立てる仕草をして、


「いえ、違います」


 私はすぐさま否定した。

 声は、少々うわずっている。――というのも、小説の登場人物が作者に会いに来てくれたような、そんな気がしていたためだ。これはたぶん、フィクション、ノンフィクション問わず、物書き全般が一度は夢に見ることである。


――狂太郎から伝え聞いた情報では、「中性的」という以上の情報はなかったが。思ったよりもしっかりした骨格だな。ジャニーズ系の痩せ方だ。


 想定と違うのは、その雰囲気がどこか男性的である、という点。

 宝塚歌劇団に登場する男役のイメージ、というか。

 男のような女にも、色気のある美男子のようにも見える。飢夫とはまた、違ったタイプの中性系だった。


――すばしっこい感じの人だ。これならきっと、どのような危機に居合わせても、紙一重で躱していくに違いない。スピード系ヒーローの型だな。


 などと分析しているとローシュさん、ちょっぴり照れたように笑って。


「おやおや、惚れられたかな」

「……職業病ですよ。彼女、そういうところあるので。彼女には、ぼくの人生の記録をお願いしているんです」


 狂太郎のやつ、まるで「この女のことならなんでも知ってる」とでも言わんばかりの口ぶりだ。


「へえ? それなら、これからする話を聞かせても、平気なわけだ」


 するとこの人、なんだかににやにや笑って私たちを見る。

 対する狂太郎は、何故か憮然としていて、


「そうなります」


 ずぞぞぞぞ、と、妙に気取ったポーズで、アイスコーヒーの残りを啜った。


「それで、用件は? どうも、仕事の話のようですが」

「ああ、――それな」


 そこでローシュさん、私にちょっと席を詰めるように頼んだ後、狂太郎の向かい側に座る。


「……どうもあんた、手持ちの金を腐らせてるようだと聞いたからさ」

「そう、ですね。最初の方に貰った札束は、ちょっとかびてるかもしれない」

「そうか」


 そこでローシュさん、魅力的な笑みを浮かべて、


「奇特な奴だ。この世に、金の使い道もしらないヤツがいるとはね。――明烏って落語を知ってるかい」

「生活に金をかけない性分なんです」

「なんなら、愛人の一人二人、囲えばいいのに」

「それも一時期考えましたが、……結局、ぼく向きの趣味じゃないですねえ」


 するとローシュさん、「はっは!」と、高らかに笑った後、注文を取りに来た店員に「小海老のサラダとサラミ。赤ワイン」と、注文。私は嬉しくなって、その情報をさらさらとメモする。


「……ま、いいさ。とにかく、――そんなあんただから、この取引を持ちかけることができるわけ」

「取引? どういうことです」

「アタシが売りたいのは、とある”マジック・アイテム”の情報と、それを得られるってウワサの世界へ繋がる《ゲート・キー》だ」

「ちなみにそちら、おいくらで?」

「手付けに百万。これで《ゲート・キー》をくれてやる。アタシの情報が確かで、実際にブツが手に入ったら、さらに千九百万。合わせて、二千万だ」

「……ほほう」


 興味を惹かれたらしく、狂太郎が身を乗り出す。

 その顔つきには、「手持ちの金をうまいこと増やしたい」などとほざいていた手堅さは欠片もない。

 私はというと、話を聞きながら「すごく胡散臭いな」と思っていたが、一度、二千万溶かした男の顔が見たかったので、黙っている。


「それだけ出すんです。大した”マジック・アイテム”なんでしょうね?」

「ああ。使いようによっては、大いに役立つだろう」

「ちなみに、――それは、なんて名前の”マジック・アイテム”なんです」


 すると、彼(彼女?)は、たっぷりと間を作った後、……不敵な表情で、こう答えた。


「《■■■■》(※1)だ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※1)

 一応補足させてもらうが、これは誤植ではない。


 あとちなみに、下ネタでもない。

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