188話 必殺技

 拓けた野原に、ぱっと土煙が舞う。


「……むっ」


 口元に手を当てながら、――自身の足元に垣間見たのは、それだけで狂太郎の身の丈より一回りも大きい、巨人の手のひらだ。


「――ッ!」


 ふわ、と、身体が浮き上がる感覚。

 数コンマ後、手のひらはまるで、風船をやさしく持ち上げるかのように、狂太郎の身体を遙か上空へ放り投げた。


「う、おっ!」


 咄嗟に身構えるが、ダメージらしきダメージは、ない。

 だが、これはむしろ不利に働いていると言えた。《無敵バッヂ》の効果が発動しないためだ。


――この動き、……《バッヂ》の効果を知っている敵か。


 しかももう一点、拙いことがある。

 宙空高く吹き飛ばされたお陰で、《すばやさ》を起動しても身動きがとれない。

 狂太郎は着地までの間、完全に無防備だった。


「あ――――――――っははははははは!」


 轟音に紛れて、リリーの甲高い笑い声が聞こえている。

 それに続く、


「ぶぁあ――――――――――――――――――――――――――――――か!」


 という罵声も。


――そうか。ということはつまり……ぼくは馬鹿だったのか。


 地上十数メートルにいて、狂太郎はションボリとしていた。

 加速した時の中にいると、こういう状況下でも、たっぷり自分の感情を弄ぶことができる。


 さて。

 いま、狂太郎が眼下に見ているのは、明らかにこの、剣と魔法のファンタジー世界には似つかわしくないものだ。


 それは、モーターの駆動音と共に大地に立つ、人型の何か。


 五体を金属板によって構成されているその姿は、鋼鉄のプレートアーマーを身に纏った騎士、といった印象。

 その身の丈は、成人男性の四、五倍はあるだろうか。長らく地下で埋もれていたらしく、全身余すところなく汚れているが、それがまた、風化ウェザリング加工を施した模型を思わせた。


「これは……!」


 狂太郎は、目をこれでもかと見開く。

 人型の、巨大ロボット。


「なんてこった。カッコいい」


 敵キャラが使うロボットのデザインではない。素直にそう思った。

 恐らく、何らかの”異界取得物”であろう。”異世界転移者”の多くは、メガミに与えられた異世界のアイテムを使うという。これもその一つに違いなかった。


 ロボットは、銀色に輝く二ツの目を輝かせ、これまた明らかにここの世界観にそぐわぬ、――いかにもビーム・ピストルといった形状の何かを、狂太郎に向けている。


『さよならぁ! おにいちゃん!』


 いつの間にかロボットに搭乗していたらしいリリーが、スピーカーごしに絶叫した。


「む」


 狂太郎は短く、決死の覚悟を固める。

 とはいえ、まだ死ぬはずはない、と思っていた。

 何せこちらにはまだ、――頼りになる仲間がいる。


 ロボットが引き金を引こうとした、その時である。

 大砲の弾を思わせる速度で、一人の男が飛び出した。


「うおおおおおおおおおおおおッ! 『百式・絶影終息脚』ッ!」


――なんだと? 『百式・絶影終息脚』? 『百式・絶影終息脚』と言ったのか?


 狂太郎は、ぞっとして目を剥いた。


――いまヤマトのやつ、必殺技名を叫んだぞ。ふざけているのか?


 狂太郎の想いをよそに、ヤマトの蹴りがロボットの人差し指に突き刺さる。

 するとどうだろう。いとも容易く鋼鉄の指がはじけ飛び、その用を為さなくなった。ビーム・ピストルは明後日の方向に向いて、流星の如き光を発射するだけに終わる。


『――なッ!?』


 リリーが、驚愕の声を上げる。


『うそでしょ……、ヤマトッ!?』


 その、絶望的な声を聞いた辺りで、狂太郎が地面に落下した。

 通常であれば即死してもおかしくない高さであるため、《無敵バッヂ》が発動。すぐさまバルーン状に膨らんだ《バッヂ》から抜け出して、ヤマトの元へ駆ける。


 ヤマトはいま、自身の身の丈の何倍もある巨大な金属の塊と、平気で渡り合っていた。

 そのシュールな絵面を見て、狂太郎は思わず、笑っている。


で殴り合ってる」


 片や、格闘漫画のキャラクター。

 片や、SF系アニメのロボット。


 リリーの操るロボットはいま、蟻を踏み潰す子供のような仕草でヤマトを攻撃している。

 対する彼は、その攻撃を躱しては、ロボットの弱点を思しき部位、――関節周辺に攻撃を蓄積していた。


『このッ……ちょこまかと…………ッ』


 何が恐ろしいって、……ヤマトの肉体の強度である。

 この男、さっきからパンチとキックだけでロボットの各部位を破壊している。

 これはつまり、彼の身体が鋼鉄よりも硬いということを意味していた。


 体格差は歴然としているが、……状況はほぼ、ヤマト有利に傾いている。

 何せこの男、一切攻撃が当たる気配がない。恐らく現在進行形で《セーブ》と《ロード》を繰り返して、最良の手を選びながら戦っているためだろう。


 とは、いえ。


「はぁ…………はぁ…………ふぅッ」


 この活躍、いつまでも続くとは思えない。ヤマトが超人的な身体能力を持つと言っても、無尽蔵にスタミナがある訳ではない。

 万一、一撃でもロボットの攻撃を喰らってしまえば、さすがのヤマトとて生き残ることはできまい。


「さて……」


 そろそろ、加勢するか。

 狂太郎、加速した世界の中にいて、じっとタイミングを見計らう。


 彼が探しているのは、ロボットの操縦席を開けるためのレバー、あるいはそれに類する何かだ。


――これほど複雑な機械なのだ。きっと非常用の開閉装置があるはず。


 やがて狂太郎は、ロボットの胸部あたりに、ネジ穴を思わせるへこんだ部位を発見し、


――あれかな。


 と、隙を見て《すばやさⅨ》を起動。400倍に加速して機械に飛びついた。穴を覗き込むと案の定、非常用レバーらしきものがあったので、さっと右腕を突っ込み、がちゃりと捻る。

 そして、ロボットの身体を這うように移動し、その後頭部あたりに捕まってから、《すばやさ》を少し落とす。


 狂太郎の行動にいち早く反応したリリーの台詞が、可聴域へ変わっていって。


『……a、a、a、a、aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaあ、あ、あ、ああああああああまいよ、おにーちゃん! きんきゅー用のレバーっていったって、こっちでコントロールできるんだから!』

「なるほど。そうかね」


 特に、残念だとは思わない。

 もう既に、別の一手を打っていたためだ。


 ロボットの胸部。――先ほど手を突っ込んだ穴に、アザミ手製の”爆発瓶パウダー・ボトル”をたっぷり仕掛けている。


「ヤマトッ! 少し離れてろッ!」


 狂太郎が叫んだ、数秒後。

 どう、と、耳をつんざく爆発音が西の森に響き渡り、それに続いて、


『きゃあああああああああああああああッ!』


 と、少女の悲鳴が、耳をつんざいた。

 すかさず、ヤマトが叫ぶ。


「よし! いくぞッ! 《百八式・超炎爆撃脚》ッ!」


 同時に、紅きエネルギーを纏ったヤマトの蹴りが、ロボットのコクピットを直撃した。

 そしてすぐさま、直上に跳躍。

 上空銃数メートルあたりでくるくると身体を回転させ、……そのまま、全身でロボットの頭頂部目掛けて、高速で落下する。


「――《百九式・無限螺旋撃》!」


 同時に、彼の全身が空中で加速、――ロボットの頭部から胸の辺りにかけてを、完全に破壊する。

 明らかに、物理法則に反した動きであった。


「よっ、と」


 そして、当然のように着地。

 その際、かなりの衝撃が発生していたはずなのに、ヤマトは応えた様子もない。


『……う……ぐっ……!』


 一拍遅れて、『がおん』と、猛獣の断末魔を思わせる音がした。

 そして、操縦性を保護していた装甲部が破壊され、――内部にいたリリーの姿が露出する。


『し………しまったッ』


 壊れたスピーカー越しに、リリーの憎々しげな声が聞こえた。


 一方で狂太郎は、このように思っている。

 必殺技名は必ず叫ばないといけないのか、あとで絶対に聞こう、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る