189話 転移者と転生者

『まだだッ! まだあ!』


 リリーの絶叫が、ノイズ混じりに響き渡る。

 ロボットはヤマトの攻撃で明らかに不調をきたしていて、下手な操り人形のような動作で、両腕をじたばたさせた。

 見た目だけは”主人公機”という感じのデザインであるだけに、その動きはまるで、いい大人が地団駄を踏んでいるような不気味さがある。


『こっちだって! 必殺技くらい……!』


 あ、そこで張り合うんだ。

 狂太郎は内心、苦笑しつつ、《すばやさ》を発動。ロボットの足元から、公園にあるアスレチック遊具で遊ぶようにコクピットへ登っていき、……リリーの元へ飛び移った。


「あらよっと」


 ひょうきんな台詞と共に登場したが、敵の反応はない。

 無理もなかった。リリーにとって狂太郎は今、視界をちらつく影のようなもの。

 コクピットの装甲部が壊れた時点で、――彼女の詰みは確定していたのだ。


 巨大ロボットの操縦席は割とシンプルな作りになっていて、ゲーミング・チェアに似た椅子と、ぴかぴか光る極太のケーブルに接続されたヘルメット型操作端末があるだけだった。


――へえ。脳波を読み取って動かすタイプのロボットなのか。


 細かい仕組みはわからないが、SFアニメの知識的に、何となくそう理解する。

 一つ、興味深い点を挙げるなら、どうやらこのロボット、子供向けらしい、という点だろうか。


――わざわざ子供向けの戦闘ロボットを作るとは、……どういう世界の産物だろう。


 なお、リリーはいま、狂太郎に向けて大口を開けていて、


『くらえ。ひっさつパンチ』


 という台詞の、”ぱ”の部分で固まっていた。


――まさかヤマトのやつ、これを誘発するために技名を叫んでいた、……訳、ないよな。


 そして、この世界の住人が《ボンヤリ薬》と呼んでいる粉薬を適量、さらりと流し込む。

 その後、《すばやさ》を解除すると、リリーはすぐさま喉を押さえて、


「んが、うぐ! ……しまった……!」


 さすが、しばらくアザミの手伝いをしていただけはある。自分が何を飲まされたか、即座に察したらしい。


「せめておまえだけでもッ!」


 言って、少女はポケットから小型の拳銃を取り出した。子供の手のひらに収まる、ポケットサイズの鉄砲だ。


――お。これはラッキー。


 もちろん狂太郎はそれを、道ばたに落ちている百円玉を拾うような感覚で取り上げる。

 そういえば、こういうものはこれまで、手に入れてこなかった。

 ナインくんの依頼で転移させられる世界は剣と魔法の世界が主であるため、こういうものを合法的に手に入れる手段が少ないのだ。


「あっ。うっ。おのれ……ちくしょう……」


 言って、リリーは力なく、がくりと気を失った。

 狂太郎、内心でほっと胸をなで下ろし、


――”異世界転移者”。とんでもないやつだった。


 素直にそう思う。

 実際、ヤマトの助力がなければ、手も足も出なかったかもしれない。

 何より恐るべきは、――その、慎重さだ。


 ほんの今朝方まで狂太郎は、彼女が敵だなどと、夢にも思わなかった。

 いつもの仕事と同じだと、たかをくくっていたのだ。


 これまでずっと無事でいられたのは、リリーがヤマトの存在を警戒していたからに他ならない。


――二人の読み合いが水面下で繰り広げられていたとも知らず、……ぼくは”終末因子”と同じ屋根の下で、無防備にも《時空管理リモコン》を起動していた。


 我ながら、ぞっとする思いだ。

 今後の仕事は、これまで以上に慎重にやらなければなるまい。



 パイロットを失ったロボットはまるで、そういう類の前衛的なモニュメントのようだった。

 狂太郎は、気を失ったリリーを地面に横たえて。


――とりあえず、”ゾンビ”毒は取り上げなければ。


 と、手を伸ばす。

 だがすぐさま、


「ストップだ! 相棒!」


 ヤマトに、鋭い声で静止された。


「どうした?」

「彼女の服を探るのはダメだ。ポケットの内側に、毒針が飛び出す仕掛けがある」

「……なんだと?」

「間違いない。――一死ワンアウトだな」

「そうか」


 ”慎重にやる”と決めてすぐ、これだ。

 ”異世界転移者”の恐ろしさを、改めて思い知る。


「やられてなお、敵を道連れにしようとするとは。とんでもない執念だな」


 正直、ヤマトなしで、こいつらと戦うのは二度とゴメンだ。


「己れも、ここまで厄介なのを相手にするのは初めてだ。まるでサソリみたいな女だった」


 流石のヤマトも、顔色を曇らせている。

 たったいま、狂太郎の死を目の当たりにしたためだろう。

 そして、彼の『苦悩』はやがて、――『決断』の二文字に変わっていく。


 ヤマトは「ウム」と、自己完結的に頷いた後、ぽつりとこう言った。


「こいつは、アレだ。己れの故郷でいう、ニンジャみたいなもんだ」


 無言で頷く。

 彼女、一見子供に見える、が。そのやり口は大人よりも悪辣だ。

 何にせよ、取り扱いは慎重に……、そう思っていると、


「もしそうなら、さっさと殺した方が、いいかもしれないな」


 殺気に満ちた表情で、ヤマトが呟く。

 狂太郎は眉を段違いにして、


「おいおい……」


 いくらなんでも、気を失っている童女に向けて言う台詞ではない。

 そう思っていると、


「よし。やはり、殺そう。――《十二式・顔面粉砕拳》」


 何気なく、ヤマトが必殺技名を口にするので、狂太郎は慌てた。


「ちょっとまて。落ち着け。禁止! 顔面粉砕拳禁止!」

「……なんでだ」

「相手は子供だぞ」

「己れだって、それくらいは分かってる。――だが、彼女が見た目通りの年齢とは限らんぞ。……あんたも、”転生者”の存在は知っているだろ」

「ああ……」


 ヨシワラを歩いている時、殺音から聞いた名称だ。

 ”異世界転生者”と”異世界転移者”は、字面こそ似ているが、その実態は大きく異なっている。


 前者は、異世界で非業の死を迎えた者による『強くてニューゲーム』。生前の記憶を保持した状態で、”新しく人生をやり直した”者。

 後者は、元の肉体を保持したまま、メガミの導きによって異世界へやってきた者たちの総称だ。


「こいつの、異常なまでの狡賢さ。”転生者”の可能性が高い」

「転生した者が、メガミの尖兵になる可能性はあるのか?」

「己れの知る限り、ない。”転生者”は基本的に、あらゆる世界に共通して発生する、自然現象のようなものだからな」

「自然現象……」


 つまり、”異世界バグ”ということか。


「こいつの正体が、いい歳したおばさんだったとしても、……やはり、殺すのは止めておこう。レアケースなら、なおさら上司の指示を仰いだ方が良い」

「そうかねぇ。己れの経験上、こういうのはきっと、これからもやらかすぜ。説得に応じるようなタイプじゃない。むしろ、ダミー情報を流されるオチさ」

「そうなのかい?」


 狂太郎はそういう、スパイのやり取りじみた攻防には詳しくない。


「ああ。――さっき、あんたを殺した毒針、……でもあったみたいだからな。こいつには、いつでも死ぬ覚悟があったってことだ」

「……………」


 それは確かに、ごく普通の子供がする行動ではない。


「たしかに、死を覚悟した者を寝返らせるのは……容易なことではない、な」

「だろ?」

「それでも、殺しはNGだ」

「ん。何故だ?」


 ヤマトの疑問は、狂太郎がすこし驚くほど、無邪気であった。

 味方になる可能性のない敵は、殺してしまった方がいい。

 実にシンプルな損得勘定である。


――これは、育った文化の違いってことかな。


 殺生によって魂が穢れるとか、そういう風に思うのは、狂太郎たちのいる世界ならではの思想なのかもしれない。


「いまの我々には、殺す以外の解決手段がある。――彼女が驚異と思うなら、《ボンヤリ薬》を飲ませればいい」


 《スマホ》を取り出して、アザミに連絡する。

 リリーの分の着替えを用意してもらうためだ。服は、危険な仕掛けごと破り捨てさせてもらう。このままでは、危なっかしくてとても触れない。


「とりあえず、ぼくたちだけで事情を聞いてからでも、遅くはない。だろ?」

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