184話 ロード・ゲーム

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「………と。こーいうわけよ」


 ライオンを思わせる前髪をかき上げて、金剛丸ヤマトがこちらを見下ろしている。

 彼に渡された日記を読み終え、――仲道狂太郎は、深く嘆息した。


「……そうか。……ふむ」


 そして、――長い長い、間。

 残酷な結末を迎えたこの本の著者に向けた、追悼の時間だ。


「ちなみにこれは、もらっても?」

「かまわんよ。だがそれ、しばらくすると消えるぜ。時間には、元通りに復元しようとする性質がある。同じ時間軸に、同じ日記は二つ、存在できないんだ」

「…………そうなのか」


 それでも狂太郎は、それを宝石でも仕舞うようにタオルで包んで、鞄に入れる。

 本は一部、血痕でドス黒く汚れていた。

 そして、目の前の男の肩に乗っかっているネズミ、――”太助”に向けて。


「しかし、……流石だな。きみと、きみのその、ネズミくんの能力は」

「おうとも」


 ヤマトは、「完爾」と言葉がぴったり合う笑みを浮かべて、


「《セーブ》と《ロード》。――これは、時空跳躍タイムトラベルを行う能力っていう解釈でいいのかい」

「そうだ。ちなみに、太助が《セーブ》担当、己れが《ロード》担当。たった一人の”救世主”の手には余る能力だから、これは必ず、二人一組ツー・マンセルで使われる、特別製なのさ」

「ふむ…………」


――もうこうなってくると、”神”とか”造物主”の力、って感じだな。


 狂太郎が苦笑いしていると、「ちー」と、子ネズミが胸を張る仕草をした。

 よく注意して見るとこの動物、『トムとジェリー』のジェリーのように、わりと表情豊かであることに気づかされる。


「いずれにせよ、これで、――」

「――ああ。”終末因子”の首根っこを掴んだことになる」


 本日の日付は、――『基督皇歴1613年 花月 12の日』。


 アザミの日記に書かれた”悲劇”が起こる、直前の朝だった。



 時を、少しだけ巻き戻す。


「おはよう。相棒」


 それが、ヤマトが発した最初の一言だった。


 時刻は、空が白み始めた頃合いである。


「ん?」


 一瞬、首を傾げる。

 だが、頭がぼんやりしているのかな、と、思っただけだ。


 「おはよう」と聞こえたが、別に眠ってはいない。ナインくんに与えられた《不眠薬》の影響で、ここのところさっぱり眠くならないのだ。貸し与えられた上等のベッドは今、シーツが整えられたまま、埃を被っている。


「おーい。聞こえてるかー?」


 二度目の、声。


 だが、今の狂太郎の状況からしてそれは、考えられないことだった。

 何せ今は、――《時空管理リモコン》を使っている最中である。

 《時空管理リモコン》というのは、この世界に転移したときにナインくんから預けられた、”救世主”専用のマジック・アイテムだ。その”早送り”ボタンを押すだけで、まるでビデオを早送りにするが如く、時間を加速させる力を持つ。


「――なんだ?」


 加速された時の中で、狂太郎は少し、眉を段違いにした。


「なんか……今……」


 誰かの声が聞こえた気がするが。

 だが、そんなはずはない。

 いま自分は、この世界の時間を”10倍”にして、窓の外を眺めている。

 雀が一匹、隼を思わせる速度で飛び去っているのが見えていた。

 もし誰かに声をかけられたとしても、10倍に圧縮された高音に聞こえているはず。


「よう、相棒。ちょっと時間の流れを、元に戻してくれ」


 また、聞こえた。今度は聞き間違いではない。

 狂太郎は驚いて、室内をきょろきょろを見回す。

 すると、――部屋の死角から、ぱっと一人の男が現れた。


「わっ!」


 驚いて、《リモコン》を取り落とす。

 すると男は、ひょいっと狂太郎に接近し、リモコンを空中でキャッチ、――そして、自分の《時空管理リモコン》と一緒に、時間の流れを”通常速度”に戻した。

 世界の加速が減退し、――雀の鳴き声が、涼やかな朝の室内に響き渡る。


「お、お、お、おまえ……!」


 狂太郎が目を丸くしていると、ヤマトは「ガハハハハ」と豪快に笑って、


「あんたの、そーいう顔が見たかったッ!」


 と、茶目っ気たっぷりに言う。

 狂太郎は、意識して平静を装いつつ、


「……なんだ。金剛丸、ヤマトか」


 彼とは、ヨシワラで行われた親善試合で会ったきりだ。


「おうとも。――兵子に聞いたぜ。あんたやっぱり、大した奴だったみたいじゃないか!」


 早朝。声を聞きつけた誰かがやってきそうな大声だ。

 狂太郎はなんだか、バイト先に同級生がやってきたみたいな気分になって、


「どうしてここに?」

「そりゃあもう。あんたとおんなじ理由に決まってる」

「え」

「世界を救いに、な」


 その後、彼が語った情報は、以下のようなものである。


――ヤマトはずっと、影ながら異常事態が発生する時期を待っていた。

――そして遂に、が起こった。

――だからいま、この時間軸に跳んで、とある情報を伝えに来ている。

――情報の詳細は、この本を読んで欲しい。


「本…………?」


 狂太郎が首を傾げて、手渡された革張りの本を受け取る。

 その表題を《万能翻訳機》にかけると、『アザミの日記』という文字が読めた。


「日記? ……アザミの?」


 アザミというのは、狂太郎がいま部屋を借りている、この世界の”主人公”役である。

 彼女との付き合いは、長いようでいてその実、短い。

 まず、この世界の”一年”は、たった四ヶ月の出来事でしかない上に、狂太郎は《時空管理リモコン》を使っていて、多くの時間をスキップしている。

 だから狂太郎の実感ではまだ、この世界にいて一、二週間ほどしか経過していないのだ。


「ちなみにこれ、ただの本じゃないぜ。《セーブ》と《ロード》の力を使ってこの世界に持ち込んだ、”未来の情報”が書かれてる」

「マジか」

「おうとも。普段、こういう真似はしないんだが、――今回は、あんたに信じて貰う必要があったからな」


 そしてヤマトは、どかっと客間のベッドに座り込み、


「このままだと、その本に書かれている悲劇が現実に起こっちまうわけ。もちろんその先に待ち構えてるのは、”ゾンビ”出現による世界終焉シナリオだ」

「”ゾンビ”。――やはりか」


 苦い表情で嘆息する狂太郎。


「この件、あるいは、”異世界転移者”が関わっているんじゃないかい」

「おーっ! ……流石だ! 己れが見込んだだけはある。やっぱり気付いてたか!」


 狂太郎は、先月起こった”ゾンビ”による殺傷事件を思い出している。


「あの一件だけ、……この世界の元になったゲームの雰囲気と違っている感じがした。とでも言えばいいのかな」

「ほほう。――それで?」

「あの”ゾンビ”たちはきっと、別の世界の住人、――”異界取得物”の一種だと思ったんだ。そんな真似ができるのは、ぼくたち”救世主”の他には……」

「”異世界転移者”しかいない、と」

「うん」


 重々しく頷く。

 するとヤマトは、ぐっと親指を立てて、


「そこまでわかってるなら、話は早い。あんたは己れに、”終末因子”を見つけ出すヒントをくれた。だから己れもあんたに、悲惨な結末を逃れるためのチャンスを与えたい」

「ふむ」

「己れたちはいまから、二人で協力して、腐れ外道をぶちのめす。それでいいかい」

「構わない、――が」


 狂太郎は、血で濡れた『アザミの日記』に手を当てて、


「その前に一つ、聞いておきたい。”金の盾”は今回の一件、ちゃんと把握しているのか」

「ん?」

「”救世主”といっても我々は一応、サラリーマンなんだぜ。ぼくはナインくんから、この世界の仕事を正式に依頼されてきた。、と聞いてる」

「そりゃあ、……まあ……」


 ヤマトは、この真っ直ぐな男にしては珍しく、ちょっぴり目を泳がせる。

 もちろん狂太郎は、それを見逃さなかった。


「――まさか、独断専行じゃないだろうな」

「ぶっちゃけると、そうだ」

「きみ、そんなことして、立場は大丈夫なのか?」

「大丈夫だと思うぞ。この前も休日出勤したし。たまの休みを、仕事に使っていけないという理由はないはずだ」

「そうかね」


 なんだかんだで”金の盾”も、会社のしがらみと無縁ではないらしい。


「まあ、いいだろう。協力者がいるのは心強い。ただ、きみほどの男がくだらんことでクビになるのは忍びないと思っただけだ」

「へへへ」


 男は、鼻の下を少し掻いて、こう言う。


「信じてたよ。あんたならそう言ってくれるってな」

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