183話 アザミの日記(終)

基督皇歴1613年 花月 9の日

 運命の、朝。

 私は、一晩過ごして頭も冷えているであろうローズさんを食堂に呼んで、……最後の話し合いを行います。


 開口一番、彼女は私に、こう言いました。


「私は、殺してもらって構わない。でも、仲間は逃がしてくれないか」


 って。

 失われた、私の足を見ながら。

 どーにもこーにも、覚悟決まっちゃってますねぇ。

 もちろん、”冒険者”たちを傷つけるつもりはありません。だって彼らは単に、報奨金目当てで仕事をしているだけなんですから。


 でも、ローズさんについては、――やはり、無事で済ます訳にはいかないでしょう。


 彼女は、私の仲間を殺しました。私の足も奪いました。

 仲間は、怒っています。

 このまま彼女を無事に帰したとあっては、みんなへの示しが付きません。


 それでも、私は嘆息して、彼女にこう伝えました。


 命までは、奪わない。

 ただ、私が発明した”ボンヤリ薬”というのを飲んでもらいます。

 それも、通常の量ではありません。

 私と出会ってから後のことぜんぶ、忘れてしまうくらいに。



基督皇歴1613年 花月 10の日

 薬を飲む直前。

 ローズさんは、私にこう言いました。


「呪われた術が、世に広まることはない」

「”死”が身近になることはないんだよ。アザミ」


 彼女、私と出会ったときからずっと、”死霊術”が嫌いでした。

 憎んでいたと言って良いでしょう。


「死はもっと、厳かなものでなくちゃいけない」

「命が終わった肉体は、生活から離れた場所になくちゃあいけないんだ」

「いくら便利だとしても。というのは、無理さ」

「私たちは、感情の生き物だからね」


 さらば、ローズさん。

 あなたに教えていただいた錬金術、――きっと世のために使います。



基督皇歴1613年 花月 11の日

 こうして、私と”ギルド”との確執は、終わりを迎えたのでした。

 アザミの物語は、これにておしまい。

 私と、私の”食屍鬼”たちはその後、末永く幸せに暮らしたとさ。

 めでたし、めでたし。


 ってね。

 おとぎ話なら、ここで『THE END』となっていたところでしょうが、現実の物語は、まだまだ続きます。


 やりたいこと、やるべきことはたくさんあって。

 今日からは、身動きのできない私に変わって、仲間の”食屍鬼”たちに仕事を任せるようにしました。

 私はただの人間です。やがて死を待つ身の上です。

 だから、私が逝ったその後も、末永くこの村が”死霊術師”と”食屍鬼”の楽園でありつづけるために。



基督皇歴1613年 花月 11の日

 いろいろと、ことを片付けたお昼過ぎ。


「できれば私たち、アザミさまの御子がほしいんですけど」


 という明け透けな提案をしてきたのは、トム。

 どうやら彼、”死霊術師”としての血脈を途絶えさせたくないご様子。


 ……そんなこと言われましても、ちょっぴり困る。

 今のとこ、良い相手なんてございませんし。

 などと悩んでいると、


「そんなことないぞ」


 シュババババと走り寄ってきたのは、キョータローさん。

 なんでも私のお婿さん候補、”預言書うぃき”によるとぜんぶで五人もいるそうで。

 隣村のヘルクくんはもちろん、行商人と仲良くなることで出現する奴隷の少年、都会で仕事をこなすことで出会える貴族のお兄さん、”冒険者ギルド”イベントの後、しばらくすると仲間になる魔法剣士のおじさま、南の洞窟で暮らしている妖精の男の子と、よりどりみどり、とのこと。

 ……へ、へー。

 そんなふうにいろいろ言われちゃうと、ちょっぴり困っちゃいますけど。

 でも私、……足が、なぁ。

 《武器軟膏》の効果で、そのうちまた生えてくると言っても、たぶん数年はかかるでしょうし。


「その点も、まったく問題ないぞ」


 と、再びシュバってきたキョータローさん。

 なんでも私、ちかぢか義足を作る日が来るそうです。

 それさえあれば、わりとこれまで通りの暮らしが出来るようになる、とか。

 ……ウウム。

 なんだかどんどん、逃げ道が塞がれていく、ような。

 私、もうしばらく独身ライフを楽しみたいんですけれどー。



基督皇歴1613年 花月 12の日

 ヘルクくんとお茶会。

 最近の戦いについて話したり、今後の依頼について話したり。

 あとはまあ、なんてことのないおしゃべりをしたり。

 ……うーん。キョータローさんから、将来のお婿さん候補なんて言われたせいか、少し気を遣ってしまいましたよ。


 隣村のみんなとは、ずっと良い関係を築いていきたい。

 このまま、順当に彼とお付き合いするのが、食屍鬼たちのためである気がするのですが……。



基督皇歴1613年 花月 13の日

 おかしい。

 体調がへん、みたい。


 日付が変わった辺りから、なんどもなんども、――血を吐いています。

 身体中が凄く痛くて……生気が抜けていくのがわかります。

 念のため、知る限り全ての薬を飲んでみたけど、ぜんぜんよくならない。

 どうして?



基督皇歴1613年 花月 14の日

 私、昨日からずっと、横になっています。

 鏡を見ましたが、すっかり顔は土気色。

 いっちゃあなんですが、”食屍鬼”よりもよっぽど死体っぽく見えます。


「そんな馬鹿な。こんなイベント、あるはずが……」


 キョータローさんにとってもこれは、イレギュラーな事態みたい。


「すまない。恐らく何らかの”終末因子”が原因だ。。こんなはずでは……」


 彼は、何度も何度も私に謝って、哀しい顔をしていました。


 そこで私、ようやく気付いたんです。

 この人に、そんな顔をしてほしくないって。

 何よりこの人に、――萎れた花のような顔を見られたくないって。


 リリーちゃんに言って、キョータローさんはアトリエを出禁にしてもらいました。



基督皇歴1613年 花月 15の日

 そとが、さわがしい。

 隣村で、騒ぎが起こってる、みたい。

 死者の復活。

 北の山で見た、人を喰らうものたち。

 ”ゾンビ”。


 リリーちゃんによると、なんでもその者たちは、一滴の血を媒介にして数を増やしていくのだとか。

 恐ろしいことに、井戸に投げ込まれた”ゾンビ”の死骸をのせいで、いま隣村は”ゾンビ”の巣窟になっているようです。

 村は、全滅。

 ”ゾンビ”の群れとなった村民たちはいま、都会へ向かっているそうです。

 ”ゾンビ”に噛まれたものは、”ゾンビ”となるといいます。


 きっと、明日のいまごろ、向こうは地獄と化すでしょう。


 何が悔しいって、もしこの出来事が無事収まったとしても、すべては”死霊術師”の復讐と捉えられかねないってこと。


 おじいちゃん。おじいちゃん。

 私の死者の王グール・キング


 結局、アザミがしたことは、何の意味もなかった、のかな。



基督皇歴1613年 花月 16の日

 意識が……はっきりしている時間が、だんだん短くなっています。


 病気の原因が、わかりました。

 恐らくこれは、――”ゾンビ”病。

 最近、口にしたものに”ゾンビ”の血液か何かが混入していたのでしょう。


 あらゆる薬によって病状を遅らせていますが、本来私は、とっくの昔に”ゾンビ”となっていておかしくない身体です。

 そして、終わりの時は、刻一刻と近づいている。


 死ぬ時は、――できれば、キョータローさん。

 あなたの手で終わらせてほしい。





 最期の瞬間が、近づいています。

 私、気付かないうちに、アビーをかみ殺していた、みたい。

 ぜんぜんおぼえてない。

 ごめん。

 ごめんね。

 これから私、誰かに首を刎ねてもらいにいきます。

 願わくば、私の恩人。

 ……キョータローさんに。



 それと。

 この日記を読んだ人がいたら……しんじてください。

 今起こっている騒動と、私の食屍鬼たちは関係がないってことを。




 さようなら。


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