182話 アザミの日記⑩

基督皇歴1612年 無月 30の日

 最近は、古い資料を引っ張り出したりして、かなり上級の錬金術に挑んでいます。


 なんでも、いま作ってるのは自分の姿を自由に変える類のもので、大昔の魔女は、これの効能であっちこっちに身を隠していたらしい。

 その名も、《ばけねこのつえ》。

 キョータローさん曰くこちら「エンドコンテンツ」なるものらしく、かなり作成難度が高いみたいですが、――今の私なら、そーいう高度なアイテムも作ることができるはず。

 巧く使えば、人間に変化させた”食屍鬼”をお使いに行かせることも、できるかも。


 そんな《ばけねこのつえ》、材料は”ドラゴンの心臓”に”黒檀”、それに”迷いの森”で採取した花粉をひとつまみ、とのこと。

 市場に出回りにくいドラゴン素材の入手法が悩みどこですが、――……最悪、ウチで買ってるドラゴンのを使えば……。

 なんてね。冗談冗談。


 ゴルドラちゃん、ヘンな目で見ないでよう。



基督皇歴1613年 花月 1の日

 はい。ハッピーニューイヤー、と。

 ”ギルド”がいつ攻めてくるかわからない以上、落ち着いて年明けパーティもできっこないですよー。


 ……なんてノンキしてたら、早速”ギルド”連中の襲撃を予告する伝書鳩が。

 年始早々、殺しの仕事とか、――そんな人生、楽しいかしら?



基督皇歴1613年 花月 2の日

 昨日の襲撃者は、戦士と奇跡使いが前衛、射手と魔法使いが後衛の、バランスの良いパーティでした。

 特に強敵だったのは射手さんで、この人がもう、十秒間に百本も二百本も矢を撃ってくるスーパーマン。

 あっという間に、小屋が矢まみれに。……うう。雨漏りしないかしら。

 今回の敵は、――わたしたちだけじゃ、全滅していてもおかしくなかったかもしれませんね。


 ……まあ。

 ぶっちゃけ、――キョータローさん無双、でしたけど。


 可哀想に、敵が襲撃にかけられた時間は、宣戦布告後の最初の数十秒だけ。

 その次の瞬間には、武器、防具、パンツまで奪われて、憐れにもみんな、寒空の下でくしゃみをしていました。

 なんだか可哀想だったので、四人には温かいスープをごちそうした上で、――”ボンヤリ薬”を嗅がせて野に放ちます。


 キョータローさん曰く、


「気を引き締めろ。つぎが実質、ラスボス戦になる」


 とのこと。



基督皇歴1613年 花月 4の日

 そういえば、今日でこの生活を始めて、ちょうど一年かー。

 いろいろあったけどけっきょく、この場所に来て良かったな。

 もし、今後何かが起こって、命を失うことになるとしても、――私、ぜんぜん後悔はしません。縁起でも無い話かもわかりませんが、……そういう覚悟でいます。


 ローズさん。

 彼女と決着を付ける日が、近づいてきている。

 ……キョータローさんが”預言書うぃき”と呼んでいる”マジック・アイテム”によると、最終決戦の日付は、


『ゲーム開始後、一年目の花月のいずれか、ランダム』


 とのこと。

 つまり、いつになるかはわからないそうなので、これから毎日、がんばって拠点を強化していきましょー。



基督皇歴1613年 花月 5の日

 ヘルクくんたちのお陰で、はぐれ”食屍鬼”を四人ほど受け入れます。

 みんな、性別も歳もばらばらで、身体の損耗も大きめ。

 心は疲弊しきっていて、孤独のあまり他者を受け入れられずにいる様子。


 まるで、一年前の私と同じ顔でした。


 つまり、彼らを蝕む病理もきっと、そのうちに善くなる、ということです。



基督皇歴1613年 花月 5の日

 花粉が飛ぶ季節。

 あんまり戦闘態勢で待っていても疲弊するばかりなので、”食屍鬼”を五人ほど、”迷いの森”へと派遣します。

 結果として、”ボンヤリ薬”の素材を山ほど確保に成功。

 ついでに、苗木を五本ほどゲット。

 これを森に植えていって、ゆくゆくは村を秘密の理想郷に……。


 うふふ。夢が広がるー。



基督皇歴1613年 花月 6の日

 おかしいですね。

 今朝は、隣村との定期連絡が来ません。


 ……などと、深刻に日記を書いてると、息を切らしたヘルクくんが駆けつけました。


「ごめん。――ぼくたちが、みんなに味方しているのがバレたみたいだ」


 とのこと。

 どうやら今回のローズさん、わりと本気モードのご様子。

 法律で定められた『一つの依頼に派遣できるのは最大四人』を無視して、12人もの軍団を編成して進軍してきているみたい。

 なお、今度の指揮はローズさん自身が行っているようです。

 きっと、――例の”射手”レベルの敵が12人、来るのでしょう。


 とにかく、私たちのせいで、隣村の人が傷つくようなことだけは避けなくちゃ。

 ヘルクくんには、裏道から村に戻ってもらうことにしました。

 もし私たちが敗れたら、彼らは脅されて”食屍鬼”に協力していたことにしてもらいます。


 さようなら、ヘルクくん。



基督皇歴1613年 花月 7の日

 一般的に、”冒険者”と呼ばれる者は、常人の十~百倍の働きをします。

 なんでそんなに強いのかって言うと、――彼らの多くは、戦うためだけに作られた、特別な”マジック・アイテム”で武装しているから。

 前回の射手さんが、矢を雨のように降らしてきたのも、その”マジック・アイテム”の力のお陰なのです。


 さらに言うと、――ローズさんは、その手の”マジック・アイテム”を専門に作り出す錬金術師だったり。


 彼女が本気なら、きっとこの戦いは血みどろの、ひどくエゲツないものになるでしょう。

 我らがキョータローさんの助力があっても、少なくない損耗が発生することは想像に難くありません。


 ……がんばらなくちゃ。



基督皇歴1613年 花月 8の日

 戦いは、夜明けと共に始まりました。

 四人編成の”盗賊”の侵入が確認されると同時に、村のあちこちで火の手が上がります。

 ……とはいえ、その程度の陽動に引っかかる我々ではありません。

 こんなこともあろうかと、小屋の主要部を煉瓦造りで補強していて、万一敵が火を放ってきた時のための脱出口を用意しておいたのです。

 ”盗賊”4人のうち3人は、その存在が確認されると同時にキョータローさんが捕縛してくれましたが、残念ながら残った1人は、どこを探しても見つからず。

 どうやら、透明になるか、我々”食屍鬼”の誰かに変装してその場を逃れたみたい。


 困りました。

 これで、こちらの切り札が丸ごと、ローズさんにバレたことになります。


 雨あられと矢が降り注ぐ中、キョータローさんが思ったように身動きがとれず、――私は、仲間の”食屍鬼”たちが次々と始末されていくのを感じていました。


――このままじゃいけない。


 私、そう思っていましたら、矢の雨が不意に止んで。

 後々確認したところ、――ヘルクくんたち自警団のみんなが、危険を顧みずに”冒険者”たちの背中を攻撃してくれたみたい。


 私うれしくって、お腹がきゅっとなる感じがしました。


 信頼する友だちが、自分のために命を賭けてくれるって。

 もうそれだけで私、胸がいっぱいです。


 だから私もその頃には、自分の命を賭ける気持ちになっていました。


 キョータローさんが来て間もなくの頃、行っていた戦術。

 ”後衛である私が、あえて前線に出る”作戦です。


 この一年間、クダンのミルクとゴルドラちゃんの卵のパワーで、私の身体はちょっとやそっとじゃ、傷つかなくなっていました。

 だから、――あえて私が攻撃を受けることで、敵の注意を惹きつけるのです。


「見ろ! 死霊術師だ! アザミだ! あいつを殺せば、ぜんぶ終わる!」


 なんて命ずるローズさんに、少し哀しい気持ちになりながら。

 それでも私、みんなの攻撃をぜーんぶ受け止めて見せましたよ。

 痛くなかった、というと嘘になりますが。

 仲間が死ぬよりは、よっぽどいい。


 戦い終わって。

 結局私、左足、膝から下を一本、失う程度のダメージで済んでいます。

 強者の”冒険者”たちを相手取って、これは奇跡と言って良い戦果でした。


 襲撃者たちはいま、ただ一人も殺さず、地下牢に閉じ込めています。

 私の傷は、”武器軟膏”の助けもあって、一応、塞がっていました。

 でも、しばらくは義足暮らしになるかしら。


 とはいえ、そこはもう、”鋼鉄女”。

 日記を書く程度には回復しています。


 なお、捕まえたローズさんの処分、ですが。


 明日の朝、みんなに発表しようと思っています。

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