177話 アザミの日記⑤
基督皇歴1612年 実月 1の日
子供の頃に聞かされた、『
私の場合は、どうでしょう。
もしこの日記が最後に、記述が止まったら、……どうかお願いします。
鶴を探してください。
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基督皇歴1612年 実月 2の日
えっと。まず、どこから書こうかしら。
あー、そうだったそうだった。キョータローさんの部屋。部屋の扉を開けたところから。
ここのところ、ずーっと引きこもってるキョータローさんはいま、私たちが住んでいる屋敷の客室を貸しています。
そんな彼に、
「もしぼくが室内に居る場合は、絶対に部屋を開けないでくれ」
と言われたのは、以前も日記で書いたとおり。
でも、その日ばかりは、もう我慢できませんでした。
彼の秘密を、知っておかなければならなかったのです。――この、村の代表者として。
ってわけで私、まず、どんどんどんどんと三十回くらいノックしました。
反応、なし。
「キョータローさあん?」
声かけしても、無言。
やむを得ず扉を開けて。
その先で、私が見たものは、――なんか、椅子に座ってぴくりとも動かず、彫像のように固まっているキョータローさんの姿でした。
もうね、ギョッとしましたよ。一瞬、死んでるように見えたので。
やむを得ず私、キョータローさんの名前を何度も呼びながら、そのほっぺたを三十回くらい引っ叩きました。
すると彼、なんだか眠そうな表情を一瞬した後、ゆ~~~っくりと手元の”マジック・アイテム”的な何か(後で聞いたところそれ、《時空管理リモコン》というものだそうです)を弄ります。
そして、
「……勝手に部屋に入るなって言ったじゃないか」
と、いつもと変わらぬ表情で、そう言ったのでした。
童話の中の鶴と違って、怒っている様子はありません。
私が、……なんでか、めちゃくちゃ泣きべそかいてたことと関係あるのかもしれません。
自分でもそれに気付いたの、ちょっぴり後のことですけれど。
きっと、この便利なおじさんを失うのが、怖かったんでしょうね。たぶん。
それから私たち、ほとんど初めてといって良いくらい、腹を割って話し合いました。
あんまりおしゃべりしていたせいで、いつの間にか日付が変わっていたくらい。
……で。
いろいろ話して、一つだけはっきりとしたことが。
どうもこの人、――ホンモノっぽいですね、と。
いえ、ね?
いちおー、いままでだって、この人が普通じゃないことくらいはわかっていました。
でも、流石にね。
”異世界”って。
”救世主”って。
”終末因子”って。
そんなの、童話の世界の話じゃないですか。
でも、そーいう正義の仕事をする人が、ヘルクくんみたいなヒーロータイプじゃなくて、キョータローさんみたいなくたびれたおじさんって言うの、ちょっぴりリアリティがあるかも。
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基督皇歴1612年 実月 3の日
あれから、丸一日が経過。
気持ちもいったん落ち着いて、改めてキョータローさんと会見します。
キョータローさん、ようやくその日に、全ての事情を話してくれました。
・この世界でこれから起こることは、”こうりゃくうぃき”なる預言書で、おおよそ把握している。
・ただ、”こうりゃくうぃき”の力を持ってしても、この世界の”終末因子”がどこにいるかはわからない。
・だから、”こうりゃくうぃき”にその名を連ねている私と接触し、その手伝いを申し出た。
って感じ。
「不気味なのは、……やはり、”終末因子”の存在だ」
「この世界は、『アザミの工房 ~西の森の死霊術師~』というゲームを元に創られた世界なのだが、……どうも、そのゲームのストーリーを読んだところ、……世界の終わりをもたらすような展開にはならないんだよ」
「『アザミの工房』は、いわゆる”村づくりシミュレーション”と呼ばれるジャンルのゲームだ」
「そうしたゲームは基本的に、――終わりがない。一応このゲームにも、ひとまず目指すべきエンディング条件というものは、ある。だが、その後も延々とゲームの世界を楽しむことができる仕組みになってるんだよ」
……と。
ここまで、意味が半分くらいわかんないままメモした内容から、抜粋。
何にせよ、キョータローさんはこの謎解きが終わるまで、しばらく一緒に居てくれるみたい。たすかるー。
ただ、一点。
”世界の終わり”に関する情報を察知したら、必ず教えてくれ、ですって。
”世界の終わり”、ですか。
……そー言われましても、ねえ。
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基督皇歴1612年 実月 4の日
って。
そもそも私、そーいう話がしたくてキョータローさんの部屋に行ったんでしたっけ。
……うーん。ま、いっか。
人手が増えたのはありがたいし。
ついでにキョータローさん、ちゃんと約束してくれました。
「独断専行は避ける。これからは必ず、きみの指示を仰ぐよ」
って。
ただし、
「きみはやがて、自分のトラウマと向き合わなくてはいけない」
とのこと。
”
なーんか、巧く誤魔化された気がしますけど。
これが、彼なりのコミュニケーション術なのかも知れませんね。
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基督皇歴1612年 実月 5の日
……月が変わってから、あれこれ思い悩んでたお陰で、わりと時間を無駄にしちゃってたかも。
でも、いいんです。
”ギルド”に居た頃は私、自分の感情を表に出すことも、誰かとたくさんおしゃべりすることもありませんでした。
こういう暮らしも、わりと楽しかったりするんです。
さてさて。それはともかくとして、収穫の月。
デイビットとトムが菜園作りにチャレンジしてくれてたお陰で、この時期はおいしい野菜がいっぱい手に入りました。
こんどみんなで、キノコ狩りに行くのもいいかもしれません。
▼
基督皇歴1612年 実月 8の日
キャラバンがきたので、行商人さんとの取引。
現在の村の状況、まとめメモ。
大屋敷 アザミ(私)、リリー、キョータロー、トム
⇒”マジックアイテム”の錬成など、いろいろ。
離れ デイビット、アビー
⇒屋敷住みの私たちの、身の回りの世話。
小屋1 オリバー、ジョージ、ハリー
⇒付近の魔物狩りなど、活動的な仕事全般。
小屋2 シエナ、フローレンス、イブリン
⇒家畜の世話、魚釣りなど。
小屋3 ライラ、クロエ
⇒室内でのお仕事。衣類の修繕、お料理など。
小屋4 レオン、マイケル
⇒建物の修理、増設。農具の修繕など。
お金:金貨換算で134枚とちょっと。
武器:”夢と夜の杖”×1、”鉄の剣”×5、”鉄の槍”×5
防具:とくになし。”おなべのふた”を盾代わりに使うくらい?
本:『錬金術師入門』、『ウエストウッド・サバイバルガイド』
食糧品の蓄え:およそ10日分。
マジック・アイテムの在庫:レッドポーション×10
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基督皇歴1612年 実月 8の日
私の村も、これで結構、形になってきたかしらん。
何より嬉しいのは、食糧事情が安定してきてること。
この調子で、のんびりやっていけたらいいですね。
……なーんてノンキにしてたら、事件発生です!
なんと、東の洞窟にオークの軍団が棲み着いたって話が。
なんでも”冒険者ギルド”に追われてきた連中みたい。
しかもあろーことかその連中、山菜採りに出かけていた隣村のご婦人を、みーんな誘拐したみたい!
知っての通り、オークという種族は、
つまり、他の種族に子を産ませることに定評がある連中なのです。
いけない。このままじゃ、大変なことになっちゃいますよ!
「頼む。”冒険者ギルド”の連中は間に合いそうにない。村の討伐隊に加勢してくれ……!」
と、隣村の村長さん自ら、頭を下げに来る始末。
もちろん私、二つ返事でOKしましたよ。
これを断ろうものなら、”鋼鉄女”の名が泣くってものです!
「最初の関門だな。6割のプレイヤーがここでゲームオーバーになる。心してかかろう。ちなみに負けるとエロ同人みたいなことになる」
と、キョータローさん。
……要するにこれ、……負けられない戦い、ってこと、ですよね?
がんばるぞー!
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