176話 アザミの日記④

基督皇歴1612年 葉月 17の日

 本日、村の依頼で、ヘルクくんと初仕事。

 なんでも、東の洞窟に山ほどスライムが棲み着いてるから、やっつける必要があるんですって。

 正直、二人っきりだとちょっと怖かった(無言の時間とかが)ので、キョータローさんにも着いてきてほしかったんですけど、

 

「獲得経験値が分散されるタイプの計算式のやつだから」

 

 とかなんとかまた、訳の分かんないこと言われて。

 よーするに、今回はお休みみたいですわね。


 ……まあ、しゃーない。これも、村を代表する者の責務です。

 ってわけで、いってきまーす。



基督皇歴1612年 葉月 18の日

 はい。

 いってきました。


 初仕事の感想は、……といいますと。


 えっと。

 ”夢と夜の杖”ヤバい。


 なんか、ちょっと杖をふりふりするだけで『しゃらんら』って光が生まれて敵全体に大ダメージ、っていう。

 どんな敵が出てきても、一回『しゃらんら』するだけでみんなやっつけちゃうんですよ。

 お陰でヘルクくんの活躍の機会、ほとんどなかったりして。


「これもう、アザミさん一人でいいんじゃ……」


 って笑われちゃいました。


 結果、この辺にいるスライムを絶滅させる勢いで”スライム油”をゲット。これであと一年は、村の松明には困らなそう。

 売り物にしようかと思いましたが、


「夜作業に使った方が攻略には効率が良い」


 って、キョータローさんが。

 ……こうりゃく?

 相変わらず、彼の言葉は謎が多いなあ。



基督皇歴1612年 葉月 20の日

 今日も今日とて、”金竜の卵”と”クダンのミルク”による朝ご飯。

 この食生活のお陰でしょうか。もう、そんじょそこらの魔物に殴られたくらいじゃ傷一つつかなくなってきましたよ。

 お陰で冒険に出かけても、後衛であるはずの私が仲間の盾になる始末。


 今朝も、依頼を受けて東の洞窟に向かったところ、三十匹ぐらいでてきたゴブリンの集中攻撃、一身に受け止めましたもん。

 「え? 私いま、何かされちゃいました?」ってなもので。


 最終的には、


『デ、デタッ――――! 西ノ森ノ鋼鉄女ダァ――――――――!』


 なんて言われちゃって。

 失礼しちゃいますわよ、もう。

 私のアイデンティティって、”死霊術師”であることの方がメインだったはず。

 でも、いつの間にやら”頑丈”の方が有名になってたみたい。

 複雑…………。



基督皇歴1612年 葉月 21の日

「キャッチーな二つ名も着いたことだし、いいかんじに人気は上がってきている」

「だが、圧倒的に人手が足りない」

「ぼくを含めても、村には五人しかいない。こんな村作りゲームがあるものか」


 と、キョータローさん。

 それは常々、私も思ってました。

 ……でもねー。

 この時期の”食屍鬼”集めはねー。

 ちょっと状況がよくない、と言いますか。なんといいますか。

 主に、臭いの関係で、その。

 状態が、あっという間に悪くなる、というか。

 術がかかってない食屍鬼ってそれ、要するにただのご遺体なわけですからねー。


 死後の腐敗は、消化器官系を中心に一時間ほどで始まります。

 食屍鬼たちのその後の生活を考えるなら、なるべく新鮮な死体をゲットするのが好ましいんですが……。


「はぐれ”食屍鬼”とか呼ばれてる連中とは違うのか?」

「この世界ではときどき、そういう魔物が出現するようだが」


 と、キョータローさん。とても良い質問です。

 人間の魂って基本的に、同じ所をぐるぐると循環していて、その数は常に一定なんですよ。

 それら霊魂に、いつも居場所があるわけじゃありません。彷徨える魂というものが存在します。

 そーいうのが、できたての死体に偶然、入り込んじゃうことがあります。

 それが、”はぐれ食屍鬼グール”と呼ばれる者たちの正体なんです。


 だから、はぐれ”食屍鬼”は基本的に、嫌われています。

 だってそうでしょう?

 人の死というものは一般的に、厳格にして荘厳でなくてはいけません。

 大切な人の死体に入っているのが、――何処の馬の骨かもわからない誰かの魂だったりするわけで。「お前、空気読めよ!」って話ですよね。


「きみ、――何を恐れてる?」

「この世界における人間の肉体など、所詮は容れ物に過ぎない」

「きみが仲間を増やしたいと望むなら、いくらでも手に入れることができるはずじゃないか」


 なんて。

 そんなこと言われましても。



基督皇歴1612年 葉月 22の日

「要するに、綺麗な死体が欲しいんだろ?」

「”速さ”が必要な仕事なら、ぼくに任せてくれ」


 とのことで。

 今朝方キョータローさん、できたてほやほやの死体を、十人ほど手に入れてきました。


 って、ちょいちょいちょーい!

 キョータローさん「近所で駄菓子買ってきたよ」みたいな顔してるけど、……流石にそれ、危険な橋渡ってるってレベルじゃないんですけど!

 もし”食屍鬼”の生前の家族と出会ったりしたら、絶対トラブルになりますって!


「大丈夫だ。それぞれの家族には了解を取っている」

「――この世界の文明レベルは、それほど高くない。そういう世界の常として、人の命や尊厳よりも、金の価値が遙かに重い」

「なるべく裕福ではなさそうな人を狙って交渉したら、すぐに死体が手に入ったよ」

「金のことなら気にするな。支払いは、ぼくが個人的に出しておいた」


 だそうで。


 ………。

 …………。

 優秀なのはいいんですけど、この人。

 なんでそんな大切なこと、一人で勝手に決めてしまうのでしょう?



基督皇歴1612年 葉月 23の日

 私、けっきょく……昨日のその後のこと、良く憶えてません。

 覚えてるのは、キョータローさんにたくさんたくさん、怒鳴り散らしたこと。

 その後、腐りゆく死体を見かねて、結局”死霊術”を行使したこと。

 十人の死体はすぐさま蘇り、さっそくアビーさんの仕事の手伝いに就いてもらいました。


 キョータローさんとは、まだ仲直りしていません。



基督皇歴1612年 葉月 29の日

 キョータローさんが部屋に閉じこもってから、これで一週間になりました。

 このまま彼、ずーっと引きこもってるおつもりかしら。

 それとも、どこかに行ってしまうのかしら。

 喧嘩別れになっちゃうのでしょうか?


 それはちょっと、厭ですわね。

 今はもう頭も冷えて、気持ちの方も落ち着いています。

 自分の感情を分析する時間もありました。

 それで、気付いたんです。


 結局のところぜんぶ、”冒険者ギルド”での出来事が関係してるって。



基督皇歴1612年 葉月 30の日

 私ずっと、お爺ちゃんの”死霊術”をみんなに自慢したかったんです。

 ”死霊術”は、――ちょっと見た目が不気味なだけで、本当は素晴らしいものだって。

 ちゃあんと評価してもらいさえすれば、きっとみんなわかってくれるって。


 だから私、たくさん働きました。

 人一倍、力を磨いて、墓守グレイブキーパーから死体を手に入れたりして。

 結果、”ギルド”内での私の成績は、他の冒険者を抜いてぶっちぎりの一位。

 だってそうですよね。私だけ一人で、百人分くらいの仕事ができるんですもの。


 そんな、ある日のこと。

 一人、また一人と使役する”食屍鬼”の反応が消えて行って。

 信頼している”ギルド”の仲間が、その犯人だとわかって。

 それでも、彼女を罰する法は、どこにもなくて。

 だってそうでしょ?

 私が使役するものは、一般の人には”魔物”と相違ないものなんですから。

 ”魔物”を殺すのは、”冒険者”の仕事です。


 気付けば私は、独りぼっちでした。


 あの時と同じことは、二度と繰り返したくありません。

 もし、明日になってもキョータローさんが出てこないようなら、……約束を破ってでも、あの部屋に入る必要がありますね。


 ちゃんと仲直り、できるかしら?

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