146話 悪魔の証明

 しばしその状態で待ち続けていると、――不意に、出入り口を示すと思しき両開きのドアが開け放たれ、厚手のコートに黒帽子、立派な髯を蓄えた、どこか奇岩怪石を想わせる型の、ひょうきんな顔つきの男が現れた。


「はい。どうも。本日はお集まりいただき、真に恐縮の至り。ゲームマスターのクロケルだ」


 下腹に響くような、特徴的で低い声。

 ここのところ、美男美女しか見てこなかったせいで飽き飽きしていたため、狂太郎は一目で彼のことを好きになっている。


「まずは改めて、――マーダーミステリー、あるいはマダミスと呼ばれるゲームの解説を行おう。

 このゲームの起源は、”WORLD0042”(※27)の欧米で愉しまれていたディナーパーティゲーム……というか、即興劇であるとされ、それがやがて中国へと渡り、独自の進化を遂げて推理ゲームとしてのジャンルを確立したものである」


 へえ。そうなんだ。


「マダミスについて語るとき、よく、推理小説の登場人物になりきって遊ぶゲーム、という言い方をする。プレイヤーのみなさんはこれから、とある殺人事件の舞台に立たされたキャラクターになりきって、その真相を解き明かしていただく。

 ……とはいえ、あなたが犯人で、その真相を隠蔽すべく暗躍しなければならないかもしれないし、犯人でなくとも何らかの秘密・使命を持っていて、それを隠し通さなければならないかもしれない。あるいはそもそも、犯人など最初からどこにもいないかも……。

 そんな駆け引きの中で、一篇の物語を紡ぎ出す。

 それが、マーダーミステリーというゲームなのだ」


 と、そこで、水色の髪の女が、手を挙げた。


「ちょっと、クロケル。質問、いい?」

「質問タイムはまだだ、グレモリー」

「……ちぇっ」


 どうやら二人は、知り合いらしい。

 言われてみればもともと、二人はスーツ姿だ。……ということは、今回のGMは、”金の盾”側の人間ということになるが。


 クロケルは、血色の悪い唇をにこりとして、


「とりあえずみなさん、初めましての人もいるだろう。簡単な自己紹介から初めて行こうか。――まずは、そこの、”プレイヤー1”さんから」

「……じ、自己紹介?」


 一瞬、万葉が心底厭そうな顔をして、


「合コンじゃあるまいし。今から勝負するってのに、そんな真似が要るのかい」

「もちろんだ。すでに説明したとおり、マダミスは即興劇の側面が強い。皆が物語の世界に入り込むことが大事なのだ。……ちなみに今回の場合、そうした方が得点が高くなる、という特別ルールもある。一応、事前にお互いを印象づけた方がいい」


 そう言われると流石に、ノーとは言いづらい。

 万葉は小さく嘆息して、


「……遠峰万葉。小説家」


 と、短く言う。


「うーん。ちょっと足りないな。……せっかくだし、好きなミステリーものの小説、演劇、探偵……なんでもいいだろう。そちらに関しても、一言」

「そういう質問、悪戯に本読みにする物じゃ無いよ。答えを出すのに、三日は要る」

「そこをなんとか」


 押しの強い男である。

 万葉は……しばらく眉間を揉んだ後、


「……シャーロック・ホームズ」


 と、無難な答えを言った。

 自己紹介は続く。


「私もホームズ、大好きだー! 私は”ああああ”。なんだか、色んな人に『ヘンテコな名前だ』って言われてるな。よろしく~~~」

「呉羽、いいんす。好きな推理劇は、――××××(※28)、かしら」

「『逆転裁判』(※29)! あれすきにゃ! ……あっ。名前は薄雲にゃ!」

「グレモリー。……ミステリーは読まない」

「仲道狂太郎だ。コナンとか、すきです」


 そうして、


「よろしい」


 と、どこか学校の先生のようにクロケルはうなずいた。


「それでは! さっそくゲームを始める前、……に! いくつか、注意事項を解説しておく。

 まず第一に、なるべくメタフィクショナルな発言・推理を避ける、ということ。

 これからプレイヤーはそれぞれ、自分のキャラクターの”記憶”が書かれた小冊子ハンドアウトを熟読していただく。もちろん、全ての内容を覚えておくことを推奨するが、さすがにそこまでは求めない。もし読んだ内容が曖昧だった場合は、事前にメモなりなんなり、しておくと良い。

 なお、きみたちはその行程で、山ほどのメタ的な推理をする機会に恵まれるだろう。それそのものは構わないが、――ゲームの世界観にそぐわない発言、盤外で得た情報などは一切、禁止とさせてもらいたい。

 例えば、「”記憶”を示す用紙の読了が長かったから犯人役に違いない」とか、「メモを読みながらの発言だから、この台詞は正しい」、「こういう性格の人の割り当てられたキャラなんだから、犯人役にお違いない」などだ。

 基本的に、そのキャラクターが知り得ない発言はNG、と思ってもらえればいい。

 なお違反者には、マイナス点が課せられることを予告しておく」


 ロールプレイ重視。

 あくまで、即興劇、ということか。


「第二に、暴力の類は一切禁止だ。これは、恫喝、威圧的な口調も含めるぞ。

 君たちは常に、知性と論理、そして嘘つきを見抜く直感力でもってして犯人の追及を行う。

 万が一そのような行為が認められた場合は、厳しい措置を取らせて貰うことをはっきり明言しておく。

 以上だ。

 ……とりあえずここまでで、質問は?」


 すると、待ってましたとばかりに、グレモリーが手を挙げる。


「いい? クロケル」

「うむ」

「この世界の文字を、読めない人がいる。ちゃんとルールは翻訳されているんでしょうね?」

「……お前、まさか、事前に勉強してこなかったのか」

「してきたわ。でも、複雑な文章までは……」

「それでも悪魔か。契約違反になるぞ」

「ごめん」


――え? いまこいつ、自分たちのこと悪魔って言った? 言ったよな?


 狂太郎が眉を釣り上げるが、その場にいる誰も、驚いている様子はない。

 天使がいるのだから。悪魔がいてもおかしくはない、が。


「安心しろ。小冊子ハンドアウトは全て、翻訳機にかけてある。内容を読むのに不足することはないはずだ」

「あら、そう。わかった」


 納得するグレモリー。

 狂太郎はなんとなく、もやもやしたものを抱えたまま、


「一応、ぼくからも一つ、聞いて良いか」

「なんだね」

「話を聞いていると、――きみたちどうやら、”金の盾”側の人間……というか悪魔、的存在、……なんだろ」

、ではない。れっきとした悪魔だ」


 あーあ。確定しちゃったよ。


「……きみらが何者かはともかく、敵側の陣営がGMをやるゲームで、公平な判断ができるのか」

「そればかりは、信じて貰うしかない」

「そうか?」

「知らんのか。我々悪魔は平気で人を騙すが、契約を何より重んずる。そのためなら、命を捨てることも厭わないくらいにはな」

「へえ」

「今回の場合は、という契約だ。だから私は、仮に自社の同僚が傷つく結果に終わったとしても、必ず正しい判断を行う」

「……………」

「”救世主”なら、覚えておくといい。その他の世界でも、悪魔と名のつくものと出会ったら、その者との約定は絶対である、と」


 その時ふいに、狂太郎の頭に浮かんでいたのは、最初の仕事でであった少女、――悪魔ディアブロと呼ばれていた娘のことだ。

 狂太郎は、静かに嘆息して、……やがて、こう言った。


「わかった。信じよう」


 と。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※27)

 なおこの情報は、我々の世界のそれと一致している。

 我々の存在している世界は、WORLD0042、なのかもしれない。


(※28)

 ぐぐったが出てこなかったし、物語にもあんまり関係ないので省略。

 どうも、この世界ではお馴染みの探偵役っぽい。


(※29)

 狂太郎はこのとき「えっ。ここニンテンドーDSあるの?」とツッコミかけたらしいが、前述した通り、この世界にはニンテンドースイッチすら存在している。

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