147話 救世主の末路
「それで、――他に質問は?」
「あ、はぁい」
”ああああ”が手を挙げる。
「なんだね」
「いちおー聞いときたいんだけどぉ。……今回のシナリオって、誰が書いた感じ?」
クロケルはその質問に、一瞬迷ったが、
「それを聞いて、どうする?」
「ここ、異世界の人もいるし。フェアじゃないかな、って思って」
「……その点は問題ない。このシナリオはとある”金の盾”従業員が書いたもので、舞台は、我々が今いるこの世界のものとなっている。世界観の説明でうまくのみ込めない、ということはないはずだ」
「ん。うい」
少女が納得すると、――その質問に続くプレイヤーはいないようだった。
クロケルは、深く頷いた後、
「では、これからの流れを解説する。
①GMによる、世界観・プロローグの読み上げ。
②各プレイヤーの”記憶”が書かれた
③ゲーム開始。
以上だ」
言われるがまま、狂太郎は周囲の顔色を伺う。
すでにゲーム経験があるらしい”ああああ”はどこか、手持ち無沙汰な雰囲気だ。
薄雲は、話を聞いているのかいないのか。勉強できない生徒がそうするように、ぼんやり天井を眺めている。その隣で真剣な顔つきなのは、呉羽であった。どうやら、この手のゲームには本気で挑むタチらしい。グレモリーは真っ直ぐにクロケルの顔を見ていて、――そこで、遠峰万葉と目が合った。
どうやら、こちらとまったく同じ心境で、周囲を観察していたらしい。
狂太郎はなんとなく、自分の知っている物書き(つまり、筆者のことだろう)との共通点を模索している。
と、そこで、たっぷり間を作ってから、クロケルが口を開いた。
するとどこからか、暗く、落ち着いた音楽が流れてくる。
暗い室内に、ぽっと蝋燭が灯り、怪しげな雰囲気が作り出された。
窓の外から、うっすらと光が差し込んでくる。夜が、明けようとしている。
「それでは今より、マーダーミステリー『救世主の末路』(※30)を開始する」
新しいゲームをする時、新たな何かに挑戦する時特有の、――高揚した気分。
「いまより、百年ほど前のことだ。
その頃はまだ、”光の民”と”闇の民”の関係が、それほど良くなかった。お互い、種族としての性質が違いすぎて、共に歩むには障害が大きすぎたのだ。
とはいえこの時代、――とある”救世主”の手助けもあって、両者は少しずつ歩み寄ることができている。
そのため、光と闇の民、その両方を受け入れている宿、なんてものも、ぽつぽつと市井に現れてきた時代でもあったわけだ。
さて。
そんな情勢下において君たちは、長旅の途中、たまたまこの宿に立ち寄ったと自称する六人である。
それぞれの者が、それぞれの目的と理由があってこの宿に停泊していた。
なお、この宿に泊まるまで6人はお互い、面識はなかったことをここに明言しておく」
気がつけば6人、その長台詞をまんじりともせずに傾聴していた。
先ほど、少々集中力を欠いていたはずの薄雲も含めて、だ。
クロケルの声質が妙に落ち着く、ということもあるのだろう。
「本来のマダミスであれば、ここで君たちの名前を役名と呼び変えるところだが、――今回の場合は、六人それぞれの名前を、そのまま使わせて貰おう。
プレイヤー1は 遠峰万葉、
プレイヤー2は、”ああああ”、
プレイヤー3は、呉羽、
プレイヤー4は、薄雲、
プレイヤー5は、グレモリー、
プレイヤー6は、仲道狂太郎、――といった風に。
君たちと同じ名前を持つ旅人たちはいま、それぞれの理由でもって、この宿で休んでいる。
そんなある日の、早朝のことだ。
宿の女主人の悲鳴が、辺りに響き渡ったのは。
……あれを見よ!」
すると窓の外から、「きゃああああああああああ!」という金切り声が聞こえて来る。
驚いた六人が外を見ると、――宿から見える通りの真ん中で、一人の人間が火だるまになって苦しんでいる姿と、腰を抜かした格好で、それを指さしている”若女将”……に扮した
「誰かッ! 誰か火を止めて!」
瞬間、仲道狂太郎は、かつてないほど空気の読めない行動を取った。
《すばやさ》を起動し、被害者を救おうとしたのである。
素早く宿から飛び出して、近場にある井戸から水を汲み、火だるまの彼(彼女かも知れないが)に、水をぶっかけたのだ。
「えっ、ちょ、おま」
リリスが目を丸くしているのを無視して、もう一杯、水をぶっかける。
火は、消えた。
だがどうも、間に合わなかったらしい。ぷすぷすと炭化したその人は、胎児のような格好になって斃れ、ぴくりとも動かない。
狂太郎は眉をしかめて、
「くそっ」
毒づく。胸の中に、苦い気持ちが満たされていく。
助けられる可能性がある者がいたならば、思わず身体が動いてしまう。一応、筆者からフォローさせてもらうと、これは”救世主”の職業病と言って良かった。
「今からでも、どうにかならないか。治癒系の術士はいないか……」
そうリリスに訊ると彼女、「はやくもどって」というジェスチャーで宿屋を指さす。
「みんなは、為す術なく宿屋で事件を見守っているってゆー設定なの!」
「あ、そうだったの?」
狂太郎は目を丸くして、……ゆっくりと元の建物に戻ってくる。
すると会場から「どっ」という、朗らかな笑い声が聞こえてきた。
――まあ、ウケたからいいか。
狂太郎が半笑いで宿に戻ると、
「お疲れ様」
遠峰万葉が、皮肉交じりに言う。
何とか言い返すべきかと迷っていると、
「でも、その気持ち、わかるよ。
と、案外その後に続くセリフは、やさしい。
なんとなく、好感度が上昇した印象がした。ゲーム的に言うならば。
▼
「……さて、と」
気を取り直して、クロケルが話を再開する。
「たった今! 恐るべき事件が起こった!
《火系魔法》を駆使した、殺人事件だ。
しかも、ここは辺境の地。時世が安定していない今、都から憲兵隊を呼ぶような真似もできない。
村にいるものたちは、自力救済による事件解決を目指す他、手段はないのだ。
村人はみな、君たちをじっと監視している。
無理もない。彼らに、このように高度な魔法を使う知識はない。
従って犯人は、――旅人たち六人の中の、誰かだということになる。
君たちはこれより、犯人を見つけ出し、その一人を村人たちの前に差し出さなければならないだろう。
さもなくば六人は皆、村人たちからつるし上げを食らいかねないのだ。
旅人たちの捜査が始まる……」
そして、ぱっと両手を広げて、
「それでは! 今から皆さんには、
なお、ゲームは”捜査フェイズ”⇒”会議フェイズ”を一ラウンドとし、
【ラウンド1】(25分)
休憩:15分
【ラウンド2】(25分)
休憩:15分
【ラウンド3】(25分)
【推理パート】(一人5分)
【整理時間】(10分)
【最終投票】
という段取りで行われる、という。
「………………ええと……ってことは。……どういうことだってばよ……」
すでに狂太郎、どう動けばいいか混乱してわけがわからなくなっていた。
――さすがに、ここまで経験が無いと勝手がわからんな。
こうなってくるともう、行き当たりばったりでいくしかない、が。
幸いというか、ここは異世界だ。脳みその回転の遅さは、《すばやさ》を使えば十分に事足りるだろう。
考え込んでいるうちに、アシスタントのリリスが、それぞれのプレイヤーに数枚綴の羊皮紙を手渡してきた。
皆はそれぞれ、自分の”記憶”を覗き見られないよう、部屋の隅まで離れて、読書を開始する。
何となくその雰囲気は、試験勉強する学生たちに似ていた。
「それでは、――各々方。これより、記憶を思い出していただこう。……始めッ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※30)
なお、マーダーミステリーは、「人生で一度きりのゲーム」であるというのが特徴だ。
ネタバレ厳禁であるが故、本編を読むことでせっかくの楽しみを損なう恐れがあるが、――『救世主の末路』は、異世界にのみ存在するシナリオである。読者諸賢がお目にかかるようなことはないと思うので、気にせず読み進めていただきたい。
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