145話 マーダーミステリー
「ほうマダミスですか……。たいしたものですね」
飢夫が、わざわざ用意してきた眼鏡をクイッとする。「解説役は任せろ」ということだろうか。
準備の良い友人に呆れつつ、
「なんだっけ、それ」
「マーダーミステリーはファン層がきわめて厚いらしく、それ一本でバズったYouTuberもいるくらいです」
「なんでもいいけど、……その、無闇に眼鏡をくいくいするのをやめろ」
一時期、飢夫がずいぶんとハマっていたので、名前だけは聞いている。なんでも、中国あたりから輸入されたゲーム、だとか。
「たしか、妙に遊ぶ敷居が高いやつじゃなかったか?」
「まあ、最低でも6、7人いないと遊べないものがほとんどだからねぇ」
シェアハウスのみんなが一堂に会するのは稀だから、狂太郎が遊ぶ機会に恵まれなくても仕方ない。
「それで、具体的にはどういうゲームなんだ?」
「一言で言うと、――推理小説のキャラになりきって遊ぶ、コミュニケーションゲーム、ってところかな。狂太郎は、人狼ゲームをやったことあるよね?」
「ああ」
「マダミスは、あれにスゴく似てる。まず、プロローグで何らかの事件が起こって、その事件に関連した複数名のキャラクターが登場する。プレイヤーはそのキャラクターになりきって、事件の解決を目指したりするわけだ。
もちろん逆に、犯人側の場合は、うまく言い逃れる必要があるけどね」
キャラになりきる、か。
「そうなると、テーブルトークRPGとも似ているな」
「そうだね。あれにもちょっと近いところは、ある。ただし、キャラクターの設定は最初から固定だけれど」
それで、ゲームの大枠は捕らえた気がした。
『……マーダーミステリーの詳しい説明に関しては、――あとあと、改めて行うとして!
まず、先ほど我々が選定しました参加者を発表しまぁす!!』
そうして発表されたメンバーは、以下のようなものであったという。
プレイヤー1:遠峰万葉
プレイヤー2:”ああああ”
プレイヤー3:呉羽
プレイヤー4:薄雲
プレイヤー5:グレモリー
プレイヤー6:仲道狂太郎
ゲーム・マスター:クロケル
アシスタント:リリス
「なんと。……ぼくか」
「さすが物語の主人公。引き当てるねえ!」
飢夫にからかわれて、少し唇を尖らせる。
「しかし、この配役はどうも、意図的なものを感じるな」
「運営が選んだんだからさ。そりゃそーでしょ」
経験者の飢夫は薄く微笑んで、
「ちなみに”プレイヤー3”の呉羽は、ゆうべわたしと一緒だった娘だよ」
「……今朝、おまえを殺しかけてたバーバリアンみたいな女か。4と5は?」
「薄雲ちゃん、グレモリーちゃんか。――うーん。知らないなぁ」
名前的に、後者は西洋系のようだが。
考え込んでいると、呼び出された呉羽、薄雲、グレモリーの三人がそれぞれ、その場に集まってきた。
三人が三人とも、「これから何をやらされるんだろう」という顔をしている。
どうやらマーダーミステリーというゲーム、――この世界でもそれほど一般に認知されている訳ではないらしい。
「よろしゅうにね」(呉羽)
「おにゃがいしまぁす」(薄雲)
「……………………よろしく」(グレモリー)
一応ここで、それぞれの容姿を解説しておく。
呉羽:鬼娘。頭に日本の角を生やした、赤ら顔の遊女。筋肉質な大女で、口元からは二本の犬歯が覗き見えている。
薄雲:化猫娘。頭に猫耳を生やした、すばしっこそうな印象の花魁。猫をあしらったかんざしが可愛らしい。
グレモリー:髪を水色に染めた、スーツ姿の女。怜悧な目つきをしていて、首には”金の盾”の社章が印刷された社員証をかけている。
三人の中で、最も表情が硬いのは、――グレモリーと名乗った娘だ。
どうやら彼女、”金の盾”の従業員らしい。
――そうなると実質、……我々の敵、ということになるが。
そもそも狂太郎は、これから始まるゲームについての知識に乏しい。
単純に、敵味方に分かれるゲームなのかということすら、よくわかっていなかった。
『なお! 第四試合の勝利条件は、――ごくごく単純ッ。
”ああああ”さん、万葉さんのお二人は、ゲーム中に指定される秘密の目標の達成を目指してくださいっ!
その最終得点が高かった方の勝ちとしますッ! ……基本的には!』
なんだ、『基本的には』って。
『細かいルールは、ゲーム中に配られる”
プレイヤーの皆様は、そちらをご参照くださいね!』
よくわからないが、とにかく初めて見ないことにはわからない、ということらしい。
そこで、布団が六人分、ぞろぞろと運び込まれてきた。
なんだか既視感のある絵面だな、と思っていると、
『ちなみに第三試合同様、ゲーム・プレイは夢の世界で行います!
死体とか! 小道具とか! 用意するのが面倒なので!』
とのこと。
――また人前で寝顔を晒す羽目になるのか。
すでに昨夜、火道殺音の手によって、寝顔を十数枚ほど撮られている。
気が重いが、……まあ、旅先の恥はかき捨てとも言うし。
やがて狂太郎が、――布団の中に潜り込むと、
「ねねね、オタクくん」
「なんだい?」
「一応、先に言っておくね。ゲームをしている間は別に、私を助けようとしなくていいからさ」
「そういう訳にはいかんだろ」
一応自分は、”ああああ”の助っ人枠だと解釈している。
遠峰万葉にとってのグレモリーと同様に。
「私が気にしてるのは、そこなんだなー」
「?」
「多分だけど今回のゲーム、それが罠になると思う。マダミスに関しては、……仲間がいるってことが、必ずしも有利だとは限らないからさ」
「ほう」
今の言葉、――狂太郎には正直、「足手まといはいらない」とも受け取れた。
「ずいぶんな自信だな。……というかきみ、マダミスなんてもの、どこの世界で知ったんだ?」
「ちょっぴり、縁があってね。今回の推理は、間違えないよ。――前の時と違ってね」
「ふーん」
飢夫の性別を誤解するような”探偵役”が、果たして役に立つものだろうか。
この世の中は、シャーロック・ホームズが推理するようにはいかない。間違っているという論拠が未発見だからといって、それが真理であるとは限らないのである。
いずれにせよ、――こちらはベストを尽くす。それだけだ。
もちろんその過程で、彼女の助けになることなら喜んで行うつもりではいる。
「それじゃ、愉しんでね」
こちらの思いをよそに、”ああああ”はさっさと布団の中に潜り込む。
――さて。鬼が出るか蛇が出るか。
狂太郎がそれに続くと、……昨夜同様、すぐさま眠気が襲ってきた。
▼
ふと気がつけば、六人分の椅子が設けられた食卓のそばで、ぼんやりと座っている自分を発見する。
どうやら自分は、ついさっきまで眠っていた……という体らしい。
――本当に、ユニークな力を使うんだな。女夢魔って連中は。
できれば一人、遊び相手として持ち帰りたいくらいだ。
部屋は前回とは打って変わって、ずいぶんと散らかっている。だが、不思議と不快感のない散らかりようだった。遊園地のアトラクションの”演出”として、意図的に散らかされているような、そういう感じがするためだろうか。食卓の上には、昨夜の食べ残しと思しき食糧品と酒がずらりと並べられている。
場所はどうやら、西洋風の建築物の一室らしい。
人数分の客間と、外へと繋がる扉がひとつあるきりの、不思議な間取りであった。
狂太郎は、このように歪な作りの建物を見たことがない。恐らく、ゲームをするためだけの部屋、ということであろう。夢の世界ならではの構造だ。
周囲を見回すと、”ああああ”、万葉、呉羽、薄雲、グレモリーも同じような様子でいる。
なお、今度の場合もやはり、着替えさせられていた。
狂太郎はいま、少し裕福な雰囲気の旅人、といった感じの格好で、革のズボンに布のチュニック、ウール製のマント、といった出で立ちだ。マントはわりと立派な生地でできていて、案外この格好で表参道を歩いたら、そういうファッションの人ということで馴染むかもしれない。
周囲を見回したところ、他の連中も似たり寄ったりの格好だ。
どうやらここ、中世ヨーロッパ風の世界観らしいが。
「ええと、――
マダミスに馴染みがなくとも、ゲームマスターという言葉には心当たりがある。
テーブルトークRPGなどにおける、ゲームの進行役のことだ。
「さあて。其の内、出てくるんじゃ無いかい」
万葉が、嘆息混じりに言う。
小説家だという彼女は、なんだか渋い表情で席に着き、その辺の水差しから水を汲み、一口だけ嘗めた。
「ふうん。良く出来たもんだ。ちゃんと水の味がする」
「へえ」
狂太郎はさっと彼女の隣に座って、
「仲道狂太郎だ。よろしく」
握手を求めると、
「ん」
短い返答をするだけで、それを無視する。
この娘どうやら、年長の者に対する敬意というものを知らないらしい。
狂太郎は、出した手を引っ込めつつ、
――小説家って、みんなこんな感じなのかね。
GMのアナウンスが行われたのは、それから間もなくのことだった。
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