126話 無敵の定義

 火道殺音は、理解していた。

 このサラマンダー娘を攻略するにはその、”無敵”という概念を紐解いていく他にはない、と。


 ”救世主”たちは皆、直感的に知っている。

 この世の中に、「完全なる」無敵というものは存在していない、と。


 


 最近、基礎的なゲーム知識を身につけている彼女は、こう思っている。


――マリオがスターを取った時、みたいなもんやろか。


 そう考えると少し、イメージしやすい。


 どんな敵の攻撃も無効化する。

 ダメージを受けない。

 触れることすら、ままならない。


 とはいえ、一言で”無敵”といっても、そこには数多の種類が存在する。

 ここでいくつか、パターンを挙げるなら、


・強固な堅さにより、ダメージを受け付けないタイプ。

・とてつもなく素早くて、攻撃が当たらないタイプ。

・バリア的な力により攻撃が一切通らず、ダメージを受け付けないタイプ。

・運命の操作により「運良く攻撃が当たらない」ようなことが幾度も起こるタイプ。

・どれほど傷つけられても、すぐさま怪我が再生してしまうタイプ。

・洗脳めいた不思議な力により、その者を攻撃する気力を奪うタイプ。

・あらゆるダメージをすり抜けてしまうタイプ。


 など、など。細分化するとキリがないためこの程度に留めておくが、どれもこれも、ゲーム世界に登場する”無敵キャラ”あるあるだ。


 この中でも沙羅のパターンは比較的、対処しやすい部類に入るだろう。

 この辺、少々ややこしい話になるし、結論から言うと「そーいうものだから」で説明してしまっても構わないが、――一応のちに、嬉々として殺音が語ってくれたところであるので、しっかりと説明させていただきたい。


 まず、沙羅の能力が「攻撃をすり抜けるタイプの”無敵”」であることに議論の余地はなかった。

 さらに言うのであれば、「”無敵”の効果範囲を指定する必要がある」ということも。


 証拠は、ある。

 彼女が

 当たり前のことのように聞こえるかもしれないが、彼女のような「攻撃をすり抜けるタイプ」の無敵を持つ者は、基本的に地に足をつけて立っていることが、あまりない。

 その理由は単純で、”あらゆる物理的な接触を透過する”能力なのであれば、延々と地面に向かって落下していってしまうはずだからだ。

 となると、考えられる可能性は以下に絞られる。


Q:攻撃を受ける部位を指定して、一時的に”無敵化”している?

A:それならば、最初の《芭蕉扇》で吹き飛んでいたはず。

Q:こちらが使っている武器を一時的に”無効化”している?

A:少なくとも《芭蕉扇》は無効化されていない。

Q:飛来する危険物を、いちいち指定して”無効化”している?

A:この場合も、突風と畳が飛び交う中、平気でいた理由にはならない。

Q:実は地に足をつけてるように見えて、宙に浮いている?

A:それもない。先ほど、《にっかり青江》で攻撃した時によく見ていたから。


 と、なると。

 殺音は彼女の足元を見る。

 その、……傷一つついていない、畳を。


――この娘、攻撃する時は畳から出て、攻撃を受ける時は畳の上に戻ってる。


 そこまで気付けば、あとは単純だった。

 彼女に与えられたスキルは恐らく、自分の足元に”聖域”とでも呼ぶべきエリアを作り出し、その中で起こる物理的接触を無効化する、というものに違いない、と。

 それならば、”無敵”のはずの彼女が、あのセクハラ親父に一発もらっていた理由にも納得がいく。彼女の能力は恐らく、不意の一撃に弱いのだろう。


――ほな、攻撃するんはあの娘本人とちゃうな。


 と。

 ここまで考えた結果、彼女が握りしめている”異界取得物”が、……《トリアイナ(廉価版)》である。


「一応、もう一度だけ言っとく。たぶんこれから、ちょっとだけ痛い目、見るけど。降参は……」

「ここでそれしたら、みんなに笑われちゃいますよう」

「ほな、しゃーないな」


 呟いて、殺音は嘆息混じりに、――ギリシア神話における、海と地震を司る神が持つ三つ叉の槍を、地面に突き立てた。


「これ、脅しやないから。ちゃんと聞きや。危ない思ぅたら、すぐ場外へ逃げるんやで」

「ええと。……なに、を?」


 そして、《こうげき》スキルを九段階目で発動。

 ルール的に、こちらの攻撃で許されている時間は、たった三秒。

 手加減はできない。


 その後に起こった出来事は、ほとんど”爆弾が落ちた”とでも表現すべき状況であった。

 どん、と一つ、轟音が耳をつんざいたかと思うと、二人が向かい合っている、8メートル四方に組まれた試合場そのものが、猛烈な勢いで縦振動を始めたのである。


「なっ、なっ、なっ…………ッ!?」


 ここに来てようやく、沙羅の表情に驚愕の色が浮かんだ。

 彼女のスキルが、”聖域を作り出す”ものだというのであれば、――聖域よりも、もっと深い部分にアクセスすればよい。

 あらゆる衝撃を無効化する力を持っていても、それを支えている地盤が与える影響からは逃れられない。


 とはいえ、この一撃。

 ちょっと考えればわかるとおり、――ほとんど自爆に近い戦術である。


「あ、これ、思ったより、やば……ッ!」


 そんな殺音の言葉は、破壊音にかき消され、誰一人聞く者はいなかったという。



『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 なんだこれはああああああああああああああああ!? 試合場だけがなんか……なんか! がっくんがっくん揺れているぅううううううううううううう!

 これ、どっかで見たことある! あれだ! テレビとかでよくある、住宅の耐震試験のやつ! あれっぽい!』


 派手な見世物に、アナウンサーのテンションも天井知らずだ。

 実際、彼女の感想は正しかった。

 結界で守られているこちら側はほとんど振動がないのに、試合場だけが激しく上下に波打っているのである。

 たった三秒の振動で、もはや8メートル四方の試合場は見る影もなく、公園の砂場のように粉々に粉砕されてしまった。

 もうもうと土煙が立ちこめる中、狂太郎と飢夫は目を見開いて、その内部を確認しようとする。

 しかしもはや、カーテンに遮られた室内を観るようなもので、


「ころねちゃーん! ころっちー! 大丈夫かーい!?」


 やむなく飢夫が声をかけるが、返答はない。


「ね、ねえ狂太郎! これ、マズいんじゃ……?」

「……一応、《こうげき》スキルで発生させた攻撃で自分自身が傷つくことはないらしいが……」


 狂太郎も、自分に言い聞かせるようだ。

 だが、助けに入るわけにはいかない。それで彼女の勝利が傷つけば、きっと死んでも許してもらえないだろう。

 そう思った、次の瞬間だった。


「げほ! げほげほげほ! げほん! 暗いとこ、きらいぃいいいい……」


 と、叫びながら試合場の外へ逃れる者がいた。――沙羅である。


「ふえええええ……お風呂入りたい……」


 火の精霊も、風呂に入るんだ。

 そんな素朴な感想をよそに、狂太郎は《すばやさ》を起動。

 試合場へと飛び込んでいく。

 ざく、ざく、と、新雪のように柔らかい砂場を歩き、視界の悪い中、手探りで殺音の姿を探すこと、十数秒ほど。

 砂浜で埋まってる人みたいな感じになっている殺音を発見し、狂太郎はすぐさま彼女を抱き起こした。


「……勝った?」

「おう」


 短いやり取りで殺音は納得して、目をつぶる。

 一瞬、気を失ったのかと思ったが、単に砂が目に入るのが痛かっただけらしい。

 そのまま狂太郎は、殺音をお姫様抱っこで連れ出しながら、


「立派だったぞ、先輩」

「あんましゃべらせんといて。口ん中砂がはいって、じゃりじゃりやし」


 わっと歓声が上がる。


『うおおおおおおおおおおお!

 今度こそ! 文句なし! 文句なし……ですよね?』


 そして司会の女性、物言いがないことを確認し、


『……はい! オーケー!

 勝ったのは”エッヂ&マジック”ッ!

 古今無双の怪力娘! ”異界取得物”の使い手!

 火道殺音だぁあああああああああああああああああああああああ!』

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