125話 最強の矛と無敵の盾

 無敵モード。

 ゲーム的には、とでも表現すべきだろうか。

 パソコンゲームなどで見られるチート・コマンドとしては、最もオーソドックスなものだ。

 どうやら彼女への攻撃は、一切無効になるらしい。


――ものすごいスキルもあったものだな。


 思わず、うなり声を上げる。

 こと戦闘面においては、狂太郎の上位互換と言って良いかも知れなかった。


『片や、”エッヂ&マジック”における最強の矛!

 片や、”金の盾”を代表とする無敵の盾!

 二人の”救世主”によるホコタテ勝負!

 いかにして決着が着くのかぁあああーっ!?』


 アナウンサーのキンキン声が耳に五月蠅く、試合場に反響する。

 わっと観戦者たちが、両者を称える声を上げた。

 とはいえそれは、――沙羅へのエールが、九割ほど。

 狂太郎たちはいま、アウェイでの試合を強いられている。


「うーん。殺音ちゃん、ついてないねえ」


 狂太郎と飢夫は、そろって腕を組み、


「ちょっと今度の勝負、相性が悪い、かも」

「確かに」


 殺音の力は、強い。

 本気を出せば恐らく、ワンパンでこの世界ごと破壊し尽くせてしまえるほどに。

 しかし彼女には、攻撃手段の汎用性に欠ける、という欠点があった。

 だからこそ普段は、”異界取得物”によってそれをカバーする傾向にあるのだが――。


「彼女、こーいうタイプを相手にしたことはないのかな」

「どうだろうな。さすがにそれはないと思うが」


 ファンタジー系の世界観において、位相がズレている相手、――霊魂、幽霊の類と戦うことは、よくある。

 物理攻撃の通用しない相手との戦闘は、”救世主”としてはさほど珍しくはないのだ。


「ほな、これでどや」


 そうして彼女が取り出したのは、――刃長、六十センチメートルほどの大脇差。


「《にっかり青江・贋作》」


 ある侍が夜道を歩いていた際、にっかりと笑う女幽霊と出くわす。その幽霊を斬り捨てたところ、次の日、石塔が真っ二つになっていた、――という伝承を持つ、有名な日本刀である。

 彼女が手に持つそれも、その由来に則ってか、幽霊を斬り殺す力を持つという。


「とある世界で手に入れた、対幽霊用の刀や。偽物バッタもんやけど、幽霊斬れるっちゅう効果は同じやで」

「なるほどぉ」


 沙羅は、興味深そうにその刀身を眺めている。


「でも私、オバケでもユーレイでもありませんし」

「精霊、なんやろ? だったらわからん」


 それは、そうかもしれない。

 だが果たして、それが”救世主”のチートスキルに通用するものだろうか。


「一応、先に言っとく。うちはあんたを、殺しとうない。降参するんなら、今のうちやぞ」

「いえいえ。おきになさらず。どーぞどーぞ。ばっさりやっちゃってください」

「……………む」


 ここまで言われては、もはや引き下がれない。

 殺音はゆっくりと彼女に接近し、……そして、その首筋に刀を当てた。

 異様な光景である。

 無防備に見える沙羅は、まるで凶器を恐れておらず、抵抗する素振りも見せていない。


「いくで」

「はい。どうぞぉ」


 次の瞬間、彼女の白い肌に、するりと刃先が滑り込んだ。


「…………………ッ!」


 狂太郎視点ではわからなかったがその時、殺音は《こうげき》を九段階目で起動していたという。

 山を打てば吹き飛ぶし、海を叩けば道が出来るほどの威力が、その刃先に発生している、――はずだった。


「ふっふっふ! ぜーんぜんへーき♪」


 だがその、ほとんど裸のような格好の娘は、にっこりと笑顔を崩さない。


「なるほど……ハンパないな、あんたのその、無敵スキルちゅーもん」

「えへへ」


 すかさず審判が、


『そこまで! 三秒以上の攻撃は認められてませんよ! 攻撃側はルールを守って下さい!!』


 と、厳重注意。


「わかってる。わかってるわ」


 殺音は渋い表情で下がって、《にっかり青江》を鞄の中に仕舞う。

 攻守交代。沙羅のターンだ。


「よーし! じゃ、こんどはぴったり、場外負けを狙いますよぉ」


 と、わきわき指を動かす。

 そして、先ほど同様の軽い足取りで、てってって、と、殺音の近くまで来て、


「せー……の!」


 と、今度は少し力を込めて、彼女の胸を押す、――その刹那。

 殺音が自らの胸に、隠し持っていたナイフを突き立てた。


「え?」


 同時に、《無敵バッヂ》が車のエアバッグのように膨れ上がり、沙羅の両腕を押しのける。


「わ、わ、わ!」


 両者の間に下品なオレンジ色の風船が生み出され、沙羅と殺音の身体を、ゴム状の物質が包み込んだ。


「ふええええ。気持ち悪いぃ……」


 と、半泣きになっている沙羅に、早々にバッヂを捨てた殺音が手を差し伸べる。


「ほら。起き」

「い、い、いま、何したんですかぁ?」

「敵を手伝ったらあかん、ちゅうルールはなかったからな」


 二人のやり取りに、「?」マークを浮かべていたのは、経験の浅い飢夫である。


「ねえ、狂太郎。あれって……、どーいうこと?」

「《無敵バッヂ》の発動条件は、装着者が大怪我するようなダメージを負う時だけなんだ。殺音は、自ら胸を刺すことで、わざとバッヂを発動させたってことだ」

「へー。……あえてダメージを受けるとか。なんかTCGみたいな戦い方だねえ」


 確かに、そう言えるかもしれない。ターン制だし。


 いずれにせよ、再び攻守交代だ。

 バッヂによって生み出された風船を脇にどけ、殺音は再び、鞄に向かう。

 鞄の中に片腕を突っ込みながら、彼女はなんとなく、口を開いた。


「ねえ、沙羅ちゃん。ちょっとだけ質問、ええ?」

「はい。なんでもどうぞ」

「さっき、お店で会ったのは、――偶然とちゃうよね?」


 彼女は悪びれず、薄いピンク色の唇をにっこりとする。


「ええ、もちろん。この余興は例年のことだったので、敵情視察をさせていただいたのです」


 たかが余興に、敵情視察とは。

 こうなると、勝者に与えられるという”豪華賞品”が気になるところだ。


「それで? どー思ったん? うちらのこと」

「そうですねぇ。……うんと。ぶっちゃけるとその……イマイチ?」

「………………」

「あ! 悪く思わないでください! 人格否定とかではないです! これまじ!」


 ほとんどそのように聞こえたが。


「でも、――ちょっとみなさん、というか。特別な力を感じられなかったんです。それってちょっぴり、例年の”エッヂ&マジック”さんの採用方針と違ってまして。だから正直、喧嘩の強い相手ではないかな、と」

「そうなん?」

「ええ。特に《ぼうぎょ》持ちのは、ヤマトさんでも手出しできないくらいの古強者でしたし」

「へえ? あの、ヤマトよりも?」

「ええ。”エッヂ&マジック”さんとの勝負では、絶対に勝てない試合がありました。それが、《ぼうぎょ》持ちのその方、なんです。だから今年は確実に勝ちを拾えるよう、ヤマトさんに先鋒をお願いしたんですよ」

「へえ」

「で、で、で、でも、私! あの、セクハラおじさんから助けて貰ったこと! すっごく感謝してますから! 殺音さんあの時、かっこよかったです」


 殺音は決まり悪そうに、


「……なんかイラついたから、声上げただけや。褒められる謂れはない」

「またまたぁ」


 試合場のド真ん中で、和気藹々と雑談に興じる二人。


『あ、あの……。おしゃべりはその……試合が終わったとにしてもらって、よろしい?』


 遂に、アナウンサーの突っ込みも入るほど。


「はい、はい。わかりましたよ、と」


 そしてようやく、鞄の中から取り出されたのは、……三つ叉の穂を有する、一本の槍。


「? なんです、それ」


 首を傾げる沙羅。

 殺音は応えず、こちらに振り向いて、


「ちなみにうち、――次で決めるんで。

 飢夫はん。次の試合の準備、よろしゅう」

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