127話 天才ゲーマー

 二試合目も終わり、――もはや、砂場のようになっている試合場を前にして。


『ええと……この感じだと……勝負続行は……難しそうですけど。三試合目は日を改めて、ということに、……します?』


 と、司会側から、かなりぐだぐだ気味な質問が行われる。

 どうもこの運営、みんな多少、お酒を召し上がっておられるらしく、テンションが安定していない。


「あ、自分、いっスか」


 それに応えたのは、”金の盾”側の”救世主”だ。

 確か名前は、松原兵子ひょうごといったか。

 最初の解説では”天才ゲーマー”とか呼ばれてた男の子である。


――水嶋ヒロに似てるな。『仮面ライダーカブト』に出てた時の。


 飢夫を女性的な美男子とするのであれば、彼はまだ、顔の造型に男らしい点がある。

 もっさりとウェーブがかった黒髪に、しゅっとした怒り眉。彫刻品のように整った目鼻立ちにはまだ少し、幼さが残っていた。

 兵子は、気怠い雰囲気を隠そうともせずに、


「自分的にはぶっちゃけ、試合場のメンテとか、あんまカンケーない勝負するつもりなんで。このまんま続行でもオッケーな感じっす」


 とのこと。

 ルールを決める側が言うのであれば、こちら側に拒否権はない。

 その後、二、三度ほど運営と協議を重ねて、


『はい! りょーかいです! と言うわけで、三回戦は続行、ってことで!

 ではでは! 気になる、今回のルールは、――

①相手への直接攻撃は禁止ッ!

②勝負は古今東西、ありとあらゆる”ゲーム”と名のつくものによって決定する!

③気になるゲームの種類は、”エッヂ&マジック”が自由に選んで良い!

 以上ッ!

 それでは、”エッヂ&マジック”側の選手は、勝負に使うゲームを選択してください!』


「えっ」


 これまでの二試合とは少々毛色の変わった提案に、狂太郎たちは揃って眉を段違いにした。

 まず、訊ねたのは、――飢夫である。


「ええと、兵子くんでいいかな?」

「なんすか?」

「こっちが選んじゃっていいの?」

「はあ。まあ。なんでもいいっすよ。将棋でもオセロでも、麻雀、トランプ、テレビゲームでも」


 鼻で笑うような口調だ。

 人によってはこの態度、カチンとくる者もいるだろう。

 だが、人間の魅力というのは不思議なもので、同じ言い回しでも、許される者とそうでない者がいる。彼の場合は前者であった。


「ゲームにゃあ自信がある方なんで。こっちで選んじゃったら、百パー勝てちゃうゲームか、くそつまんねー運ゲー、選ぶかしかなくなっちゃうんすよ。ってわけで、ゲームの選出はおんしゃす」

「ふーん。そっか」


 つまり、この時点でもう既に、勝負は始まっている訳だ。


「ところできみ、私たちと同じ世界の出身の人かな?」

「さあ? どうでしょ。お互い日本人っぽいすけどね。でも、似て非なる世界ってけっこー、あるんで」

「たしかにね」

「なんでそんなこと、気にするんすか?」

「ああ、いや。同じ世界出身なら、ちょっとマイナーなゲームを選んだ方がいいかなって」

「あー、そーいうことっすか。頭、いいっすねえ」


 兵子はへへへへ、と、ひとしきり笑う。


「ちなみにきみ、ストツーとかやったことある?」

「あ、めっちゃ得意っす。もし勝ちたいならそれ、絶対選ばない方がいいっすね」

「……スマブラは?」

「Xとかいうクソゲー以外なら、わりとやり込んでます」

「Mtg、遊戯王、ポケモンカード、シャドウバース、デュエルマスターズとか」

「それも辞めといた方がいいかと。シャドバよりハース、デュエマよりWIXOSS派っすけど。カードプールは全部頭に入ってるレベルっす」

「ふーむ。LOLとかは、どうかしら?」

「あー……MOBA系とか、――仲間が必要なゲームはちょい苦手っすねー。でもRTAは得意っす。スタークラフト2とエイジオブエンパイアなら、大会で優勝した経験もあります」

「FPSは」

「さすがに世界クラスとまではいきませんが、上位0,1パーセントよりランクが下回ったことはないっすねー」

「へー。すごいな」


 その後しばらく、競技的なゲームを知らない人にとってはほとんど暗号のようなやり取りが続く。


「いやあ。……こんなにゲームのこと知ってる人、初めてっす。けっこー話、合いますね、俺ら」

「そーお?」


 いずれにせよ兵子くん、我々と同郷なのはほぼ、間違いなさそうだ。


「そーなると、うんと。困ったなあ。どうしよ」


 飢夫も、一応ゲーム実況で稼いでいる身の上だが、別に”ゲームの腕前”で売っている訳ではない。


「うーーーーんと。それなら……」

「おい。貴方ら、……一寸ちょっと待ちなよ」


 そこで、三つ編み少女が口を挟む。

 第四回戦での勝負が予定されている、――遠峰万葉カズハだ。


「此れ以上の質問は……流石にアンフェアじゃ無いかい?」

「あら。そう?」

「番外戦術って奴だ。わたしにゃあ、兵子の善意に付け込んでる様に見えるが」

「そういうつもりはなかったんだけど」


 飢夫は嘆息気味に言って、


「それじゃ、こうしよう。……すいませーん」


 司会の女性を呼び出す。

 その後、何やら、こしょこしょと囁いて。


『えーっと。ふむふむ。……でも、いいんですか、それで?』

「うん。ゲームの選定は、こっちの自由なんでしょ?」

『たしかに』


 すると、彼女は忙しくツインテールを揺らして、運営にご相談。


『……はい!

 ただいま、許可が出ました!

 第三試合は、……この世界に存在するボードゲームの中から、我々運営陣が選出することとします!』


 与えられた決定権を、――そのまま運営に丸投げする格好だ。


『ってわけで、三試合目の種目は!

 ボードゲーム! 『ヒノモト・センソーダイスキ』に決定だァ!』


 なんだ、そのゲーム。

 狂太郎が唇をへの字にしていると、飢夫が解説する。


「”天才ゲーマー”っていうくらいだからね。初見のゲームを選んで貰ったんだ。そしたらお互い、経験値0からのスタートでしょ?」

「理屈はわかるが、……それで、勝てるのか?」

「わからない。でも、これが一番、冴えたやり方だと思う。運営が選出するゲームには、いくつか条件をつけておいた」

「条件?」

「まず、2対2の協力ゲームであること。

 参加者全員が知らないゲームであること。

 逆転劇の発生し得る、ランダム性のあるゲームだと言うこと」

「そういうことか」


 それならまあ、”天才”相手でも五分に近い勝負ができそう、ではある。


「もちろん相方は、――狂太郎。一緒にやってくれるよね?」

「当然だ」


 ぐっと親指を立てる。

 殺音がボロボロになってまで勝ち取った一勝だ。これに続かない訳にはいかない。


 ざわ、ざわと観衆がざわめく中で、


『両者合意とみて、よろしいですね。

 ……では!

 今回の勝負はゲームの特性上、2対2のタッグマッチとなります!

 参加するのは、――松原兵子くん、沙羅ちゃんのチーム!

 対するは、――愛飢夫さん、仲道狂太郎さんのチーム!』


 どうやら、向こうのチームの相方は、沙羅が務めるらしい。


――第一、第二試合で負けた者同士が相棒か。


 彼女、「うおおおーっ! こんどは負けませんよー!」などと言っている。


『ちなみに今回! ボードゲームでの勝負、ということで!

 ちょっぴり絵面が盛り上がらないかもしれません!

 ……ってことで! 運営側が、ちょっとした趣向を用意してみました!』


 すると、司会席の上部に、するするする、と、一枚の大型スクリーンが現れた。


――ずいぶん準備がいいんだな。


 狂太郎は呆れる。まるで、こうなることが最初からわかっていたみたいだ。


『皆さんこれより、ゲームを遊んでもらうこととしますッ!』


 夢……?

 首を傾げていると、襖の奥から、数人の遊女が現れた。

 彼女らはみな、布団を抱えていて、試合場そばにある空きスペースに、それぞれテキパキと敷いていく。

 現れた遊女の一人には、見覚えがある。


――リリスか。


 どうもこの勝負、……夢魔サキュバスの力を使うつもりらしい。

 たしか彼女たち、複数人を同じ夢の世界に案内することもできる、とか言っていたが。


『なお、詳細なルール説明などは、夢の世界にて行います!

 それでは、……どーぞ! お眠りください! どーぞどーぞ!』


 いや、「どうぞ」と言われても。

 狂太郎たちは顔を見合わせて、困惑する。


「よくわからないけど、――あのスクリーンに、夢の中での出来事が中継されるみたいだね」

「夢を覗かれるってことか? ……『ドラえもん』のひみつ道具にあったな。そんなの」


 いずれにせよ、気持ちの良い話ではない。


 とはいえ引き受けた以上、文句も言っていられなかった。

 狂太郎は重い足取りで、敷かれた布団へ向かう。


「…………ん?」


 そこで、初めて気がついた。

 並べられた布団が、――どうやら、夫婦用のそれであることに。


「……あの」

『なんですかー?』

「ホントに、ここで寝るのかい?」


 心底、苦い表情で言う。

 ただでさえ飢夫との関係は、仲が良すぎるせいで勘違いされがちなのだ。

 これ以上、残念な誤解を広めたくない。

 だが、ツインテールの司会はニッコニコで、


『大丈夫大丈夫♪ 横になったら、夢魔ちゃんがすぐ眠らせてくれますから!』

「いや、そういう問題じゃなく」

『議論の余地なし! ってわけで、ゴーゴー!』


 とのこと。


 天を見上げる。

 照明が、まぶしい。

 狂太郎と飢夫にはいま、何百人もの観客たちの視線が注がれていた。


――この中で寝るのか。……幼なじみの男友達と。


 正直、気が狂いそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る