121話 ステゴロ

 その後、狂太郎たち”エッヂ&マジック”の面々は、畳の反対側にあった粗末な木椅子に着席し、竹筒のような容器に入れられた水だけ渡される。


「ええと……ひょっとして夕食、これだけ?」

「たくさん食べとけと言っただろ。腹減ってるのか?」

「いや、別にそれほどでもないけど……」


 周囲の連中が呑めや喰らえやと遊んでいる状態で、この感じとは。


「ちなみに最終確認させてもらうぜ。戦う順番は、さっき渡した用紙どおりで問題ないな?」

「うん」


 ナインくんが提案した、団体戦の順番は、こうだ。


 先鋒:仲道狂太郎

 次鋒:火道殺音

 中堅:愛飢夫

 副将:ああああ

 大将:マイヒメ


「副将戦以降は日を改める。”ああああ”が到着するのは明日以降だっていうから、この他に手はないだろ」


 狂太郎は、隣の席で丸くなって眠っている犬に視線を送って、


「……ちなみに、このわんこはやっぱり、役には立たないのか?」

「わからん。――我々は、彼女が戦うところを見たことがないから」

「そうか……」


 狂太郎はなんだか肩を落として、嘆息する。


「ちなみに、危険はないんだな?」

「安心しろ。ちょっとした怪我くらいなら、すぐ直せる。ただし予算内に収めて欲しい。死んだりはするな」

「…………予算内、ねえ」


 それが具体的にどれくらいの損傷を指すは、よくわからんが。

 畳を挟んで反対側では、狂太郎たちと全く同じ配置で、”金の盾異界管理サービス”とやらの代表”救世主”たちが座っている。

 いま、そのうちの一人、――沙羅が、こっちに手を振っているのを見て、


「うすうす感づいてたけど、異世界救済してる連中って、おまえらだけじゃなかったんだな」

「おうともよ。この世の中にゃあ、それこそ無尽蔵に世界が存在する。とてもウチの会社だけじゃあどーにもならねえ」

「そうかい」


 なんだか、気が遠くなる思いだ。


「……とにかく。ぼくらの相手は、別の会社の”日雇い救世主”ってことか」

「”救世主”はそうだが、日雇いかどうかは知らんぞ」

「えっ。そうなの」

「おう。連中は確か、正社員待遇だったはずだ」

「なんじゃそりゃ」

「っつっても、言っとくがウチ、給料では勝ってるんだぜ。連中はいくら頑張っても、月収100万がいいとこだ。しかも毎日、ちゃーんと出社しなきゃならねえ。だがオメーらはほら、数日で仕事を終えれば、そこで100万出るし」


 眉間を揉む。

 それでもたぶん、――”金の盾”の方がいいんだろうな、と、そう思えたためだ。

 少し先の未来、”金の盾”で働いている自分の姿を想像しながら、狂太郎は片肘をつく。


――となると、ここは活躍しといた方が、転職に有利だろう。


 今どき、会社に忠誠を誓う時代ではない。

 それは”救世主”とて同じだ。


「ちなみに参考までに、連中にもなんか、あるのか? チート、的な。そういう能力が」

「ある」


 ナインくんはあっさりと言って、


「っていうか、そーいう特殊能力なしに異世界の救世なんてできっこねえからな。転移者はみんな、基本何かのチートを与えられてると思った方が良い」

「そうか。――ちなみに、例の、ヤマトってやつは?」

「わからん」

「わからんって」

「与えられる特殊能力は、年によって変わったりするからな。あんまり先入観を与えたくないんだよ」

「そうか……」


 つまり、勝敗に責任を負いたくない、と。

 ナインくんらしい。


 と、その時であった。

 例の大男、金剛丸ヤマトが席を蹴るように立ち、ここまで聞こえるような大音声で、


「ステゴロだッ!」


 と叫んだのは。


「すてごろ」


 狂太郎はぼんやり応えて、その言葉を『グラップラー刃牙』という漫画以外で初めて聞く。

 それからまんじりもせず、数分後。


『ただいま! カサンドラ(※7)さまより、承認が下りました。

 第一回戦目の勝負は素手喧嘩ステゴロですッ!

 気になるルールは……!


①勝負は、素手で行うこと!

②あらゆる武器・”異界取得物”の使用は禁止ッ!

③スキルの使用は自由ッ!

④戦闘不能と判断された場合は敗北ッ!

⑤場外の床、壁に接触するによっても敗北ッ!

 以上!


 では、先鋒の選手は試合場に向かって下さい!』


 わっと歓声が上がる。

 「殺れッ! ヤマト!」とか「おっさんを殺せ!」とか「その不吉な顔の奥の脳漿をぶちまけろ」とか、あまり穏やかではない言葉が聞こえた気がする。

 深く嘆息して、


「なあ、飢夫」

「なに?」

「ぼく、もう二度とキン肉マンを馬鹿にしないと決めたよ」

「え? ……ああ。ビビリキャラってこと?」


 友人はすぐに察して、


「でも、狂太郎は逃げないだろ? 物語の主人公だもの」

「そりゃ、あいつの小説の中でだけだろ」


 金剛丸ヤマトは、のしのしと足音させながら、畳の中央に立つ。

 そしてその名にふさわしく、堂々たる姿で仁王立ち。

 極太のマジックで描いたような眉を上げ、こちらがそれに応えるのを待っている。


「ところで、狂太郎」

「うん?」

「さっきの選手紹介、気付いた?」

「なにが?」

「びみょーにわたしら、”救世主”呼びされなかったんだぜ」

「えっ。――そうだっけ」

「うん。わたしってば職業柄、こういうところに格差に敏感だからねぇ」

「ああ……なるほどな」


 先ほどからの、ここの観客たちの反応でわかる。

 どうも自分たち、――ここではちょっとした悪役ポジションらしい。

 理由はよくわからない。

 九年負け越しているから、とか。

 ”エッヂ&マジック”の企業体質、とか。

 そういうことが関係しているのかも知れない。


 しかし、何が原因だとしても、男なら一発、この野次を黙らしてやりたいという気持ちは、ある。

 狂太郎は両頬をぱちんとやって、


「わかった。ちょっとがんばってみる」

「忠告しとく。わたしらもう若くないから、五分は戦い続けられないと思うよ」

「安心しろ。どうせ余興だ。長く付き合うつもりはない」


 立ち上がり、ぶるぶると震える足を叱咤して、前へと進んだ。

 そして靴下を履いたまま、ヤマトと向き合う。

 それだけで、両者の背丈が大人と子供ほどもあることに気付く。


「……何食ったら、そんなデカくなるんです?」

「にくとさけ」


 男はそう言って、ガハハと笑った。同時に、肩に乗せた子鼠も「ちー」と鳴く。ネズミはどうやら、ハツカネズミのようだった。


「おお、太助! おまえももうちょい、肉を喰わんとな!」


 そしてまた、ガハハ。

 狂太郎は思う。このタイプの人、社会に出てそこそこ成功した同級生に多いな、と。


「なあ、あんた。悪いこと言わんから、降参しろ」

「えっ? そんなこという?」


 なんか、負けフラグの雑魚キャラが口にしそうなセリフだけど。

 ネズミが「ちー」と鳴き、


「わかるぞ。おまえ俺のこと、漫画に出てくる雑魚キャラみたいだな、と思ったろ」


 台詞を先取りされて、狂太郎は一瞬、舌を噛みそうになる。


「えっ。――顔に出てました?」

「いや。未来をみてきた」

「ってことは……あんたも、未来予知が?」

「だとしたら、どうする?」

「そうなると、ちょっと困るなぁ」


 そうなるとたぶん、こちらの勝ち目がなくなる。

 もちろん、予知の精度にもよる気がするが。


「その様子だと、己れの能力のネタバレは喰らってないようだな」

「上司が頼りにならなくてね」

「ああ。わかるよ、その感じ。――こっちの上司もぜんぜん頼りにならねえ」

「だよな」

「ガッハッハ」


 そこで、”金の盾”側の座敷に座ってる連中を眺める。

 見たところみんな、スーツ姿の普通の人間に見えるが、何者だろう。


「だが、これだけは言っとく。己れは手加減できねえぞ?」

「こっちもそのつもりだ」


 狂太郎はとりあえず、身体を動かして準備運動。

 肩をグルグルと回してから。


「ええと、――で、開始のタイミングは?」

「任せる。いつでもいい」

「じゃ、今」


 そう言って、すかさず《すばやさ》を起動した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※7)

 この名前、未来予知能力者であることなどから推測するに、ギリシア神話に登場するトロイアの女王のことではないかと思うが、残念ながら今回の休暇中、そのご尊顔を拝見した者はいなかったらしい。

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