120話 全選手入場のやつ
『みなさん、長らくお待たせしました!
ただいまッ! 各社代表選手が、入場しまぁあああああああああああああああああすッ!!』
怒鳴りつけるような女司会の声が、宴会場に響き渡る。
いや、果たしてそこを、宴会場、――と、呼んで良いものか。
そこはどちらかというと、武道大会の会場、という趣が強い。
まず、目の前には8メートル四方に組まれた畳のコートがある。
それを取り囲むような格好で階段状の段差が設けられており、その上にそれぞれ、座敷の用意があった。
試合場と、その観客席。
そう察して、辺りを見回す。
お膳と酒が並んだ座敷にいるのは、いかにも天使っぽいグループと、人間っぽいグループの二つだ。天使たちは見慣れた連中だが、――人間っぽいグループの方は見覚えがない。
「ほら、いきな」
ローシュに背を押されて前に出ると、やんややんやとはやし立てる声が聞こえた。
そこで、ほとんど天井近い位置にも、見物客がいることに気がつく。
まるで金魚鉢の金魚を覗き込むような格好で、皆がこちらに好奇の視線を向けていた。
どうもこちら、異世界の住人らしい。妖精に魔族、精霊、人間など種族を問わず、ずいぶんと立派な身なりの連中が山のようにいる。
どういう術が働いているかはよくわからないが、何やら天上人的な連中が観戦しているようだった。
「……嘘だろ」
という小声は、誰にも聞かれることはなかっただろう。
その言葉に被せるように、マイクの声が響き渡る。
『でたぁ――――――――――――――――ッ! 最初の入場者だ!』
アナウンサーは、ツインテールに結んだ髪を白と黒に染め分けた、ビジュアル系バンドを思わせるファッションの若い娘だ。
子供のような容姿の彼女は、その小さい身体からよくここまでの声量を、と思わせるパワーで景気よく、こう叫ぶ。
『”エッヂ&マジック”の一番手はッ!
史上最速の中年! ”救世主”とは思えぬ凶相の持ち主!
異世界救済最速記録保持者! 仲道狂太郎だぁ――ッ!』
狂太郎は、「え? あ、いや……」とかなんとか言いながら、コートの方へと導かれていく。
『さらに! ”エッヂ&マジック”二人目の刺客!
その華奢な両腕にどれほどの力が隠されているのか!?
古今無双の怪力娘、火道殺音ーッ!』
『さらにさらに! ”エッヂ&マジック”三人目のチャレンジャー!』
この人、男? 女? どっち? ……まあどっちでもいいか! なぜならそう! カワイイから!
経歴不明の超美形新人! 私ちょっぴり、恋しちゃいそう! 愛飢夫!』
殺音も飢夫も、似たような感じだ。
「……なんなん? これ」
「さあ?」
『”エッヂ&マジック”、四人目……じゃない、四匹目? は!
超科学の化身! こう見えて知能は常人以上の天才柴犬!
犬も歩けば幸運に当たる! マイヒメだー! やったー可愛いー!』
そこで足元に、ふわりと柔らかいものが触れた。
見ると、「我が毛並みの美しさを見よ」と言わんばかりの顔がこちらを見上げている。
いつの間にかついてきていたらしい、マイヒメである。
そこで女司会さん、少しだけ声のトーンを落として、
『なお、五人目の選手は現在、仕事中ということで参加できませんが、とある世界の”主人公役”、ああああ氏の登場が予定されています』
とのこと。
「…………………ううむ」
こういう類の”見世物”か。
狂太郎は、ぞわぞわと這い寄る緊張感に冷や汗をかきつつ、自分たちが入場してきた方向を見た。
『お次は、――そう! 今年! 十連勝がかかっている”金の盾異界管理サービス”の面々を紹介しまぁすッ!』
ばたーん、と食い気味に、襖が開く。
現れたのは、肩に子鼠を載せた、ライオンのようなたてがみの大男だ。
『今! 堂々と現れたのは! ”金の盾”の一番槍!
全ての敵は、ワンパンだった! 史上最強の”救世主”ッ!
金剛丸ヤマトォオオオオオオオオオオオッ!』
日本人っぽい名前に反して、人種はコーカソイド系。年齢は4,50ほどだろうか。
彼は、肉食獣めいた笑顔をこちらに向けて、「ガハハハハ」と快活な笑顔を作る。
『二番手は、”金の盾”の天才ゲーマー”救世主”!
古今東西、あらゆるゲーム知識を蓄えた彼に死角はない!
松原
そして現れたのは、帽子を目深に被った、妙に眼光鋭い少年だ。年は十四歳から十五歳ほどだろうか。
彼は、明らかにこの場にいることに不満一杯の様子で顔をしかめていて、気怠げな足取りだった。
どうも彼氏、すでに女性ファンを獲得しているらしく、なんだか黄色い声援が、外野から聞こえている。
『さらに現れたッ! ”金の盾”の新人ッ!
小説を書く傍ら、異世界を救済しているという異色の”救世主”!
遠峰
少年の後に現れたのは、三つ編みに黒縁の眼鏡、セーラー服という、少し腫れぼったい格好の娘だった。
彼女は、おどおどと兵子とヤマトの背後に隠れて、身を縮こまらせている。
その次に現れた顔を見て、狂太郎たちは揃って、変な顔になる。
彼女に、見覚えがあったためだ。
火道殺音がぼんやりした表情で、ポケットの名刺をみている。
――沙羅。
『四番手はお馴染み! 街の焼き肉お姉さん!
最高にキュートなサラマンダー! みんなの幸せがごちそうです!
悪い奴らはステーキにしちゃうぞ! 沙羅ちゃんだああああ!』
現れたその人は、観客に向けて「わーっ♪」と手を振って見せ、数度、口から火吹き芸をしてみせた。ボディラインを丸出しにした格好でそれをするものだから、どう見ても絵面はサーカスの出し物である。
と、そこで照明が落ちた。
一瞬、辺りが完全な暗闇となって、どろどろどろどろ……と、太鼓を小さく叩く音が聞こえる。
その場が十分に盛り上がった頃合いを見計らって、
『我らの世界を代表する”救世主”が、今! この地に戻ってきた!
史上最強の忘八! 『魔性乃家』のご主人様!
遊女たちの父! 妓楼の母! 年齢・性別不詳の謎の人!
我らが街の、第六天魔王ッ!
ローシュさまの登場だあああああああああああああああああぁっ!』
ばーん、と、さっきまで一緒に歩いていた、その人が現れた。
どうやら公式に性別不詳であると判明したその人は、相変わらず煙管をぷかぷかふかして、観客にひらひらと手を振っている。
『なお、例年通り、――勝利チームには豪華賞品が用意されていますよ! なーのーで! みなさん、はりきってがんばりましょ~♪』
そこで狂太郎、苦虫を潰したような顔になって、
「こりゃ、担がれたな」
「うん」
飢夫も、似たような表情で肩をすくめた。
焼き肉屋へ案内されたことも。
この場に連れてこられたことも。
全部あの、ローシュさんの差し金か。
「ちょっぴり奇妙だとは思ったんだよねー。沙羅ちゃんってばさっき、『この世界では~』っていいかたしたじゃん? あれってさ、我々が異世界人だって確信してないと出てこない言葉だし」
だったらその時に言ってくれよ、と思うが。
「ところでわたしたち、そもそも、どーいうやり方で勝負するんだろ? ふつーに喧嘩するってこと?」
「それだとそもそも、勝負にならない試合があるだろ」
「だよねぇ」
二人の疑問に応えるように、ふよふよと羽ばたきながら、ナインくんが現れる。彼、どうやらすでにわりと呑んでいるらしく、少しテンションが高い。
「よおよお! びっくりした? びっくりした?」
「びっくりは、したけど――っていうか、事前に知らせとけよ」
「そこはそれ! 新人はビビった顔で入場する決まりなのさ!」
「おまえんところのブラック企業体質、マジでどうにかしないと絶対そのうち、マズいことになるぞ」
「はっはっは! わろける」
いまは笑っているがいい。終焉はいずれ突然やってくるのだ。
「それで? 我々はこれから、何をさせられるんだい」
「単純! 能力を活かした三本先取の勝負だ!」
「勝負……? 具体的なルールは?」
「それを、これから決めるのさ。1、3、5回戦はチャンピオン側が、2、4回戦は我々チャレンジャー側に決定権があるんだ」
「へえ」
と、一瞬だけ納得しかけて、
「っておい。向こうの方が、ルールを決められる回数が多いじゃないか」
だったら、何度やっても勝てなくて当然では?
「安心しろ。勝負の方法は、
「それでも、不利なことに変わりないじゃないか」
「そこをひっくり返してこそ、チャレンジャーってこった! さあ、おまえらには、社名がかかってるんだぜ。気合い入れていけ! さもなきゃクビ! クビだからな!」
「はあ……」
狂太郎はなんだか、何もかも投げ出したくなる、が。
振り向いて、飢夫、殺音の顔を見る。
さらに、愛すべき自分の仕事についても。
少なくとも、最低限度の名誉を守る活躍は、しておかなければ。
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