113話 18禁ゲームの世界

「ねえねえ、狂太郎! 観てよ! あの見世、幽霊とえっちなことできるんだって! わたし、一回で良いから幽霊とエッチしてみたかったんだ! だってエッチできるってわかったらあいつら、もう怖くないじゃん! あとで行ってみようぜ」

「おいおい、狂太郎! す、す、すごいぞ! 骨だ! スケルトンだ! 骸骨剣士と三時間やり放題で3000円ぽっきり! チャレンジしてみようよ!」

「うおおお、狂太郎! 観ろよ! ゾンビだ! アンデットだ! ウォーキングデッドだぞ! 眼窩に突っ込むプレイがオススメなんだって! 絶対試そう! あとで!」

「やあやあ、狂太郎! 吸血鬼だって! あれなら結構王道だし……セーフだよね? 後で試そうね?」


「……おまえ、自由で良いな」


 どういう状況下でもブレない友人に、すっかり呆れつつ。

 とはいえ彼の場合、最初からそういうキャラだったから許されているところがある。

 だが狂太郎の場合は違う。一応彼は、――少なくとも殺音の前では、しっかり者の大人を演じていた。


「しかしこの街は、――マジでなんなんだ」

「というか、この世界そのものが、ちょっぴりヘンテコだよ。わたしが言うのもなんだけど、エッチなことに寛容すぎると思う」


 まあ、確かに。

 狂太郎は、路地裏から漂うむせ返るような精の香りに頭痛を感じている。


「ねえ、狂太郎。こーいう感じの街が出てくるゲーム、遊んだことある?」

「いや、ない。っていうかこんな18禁な世界、あるわけ……」


 と、そこで口を止めて、


「……ああ。そういうことか」

「まあ、そーだろーね」


 と、二人で納得する。


「なんなん? 心当たりあるん?」

「まあね。要するにここは、なんかの18禁ゲーム――特に、成人男性向けの作品をモチーフにした世界だと思う」

「セージンダンセー?」

「ああ。たぶんね」

「よぉわからんけど、結局あんたら、遊んだことあるん? この世界の元になったゲーム」

「いや。ない。若い頃は結構遊んだもんだが、最近ではぜんぜんだな」

「なんや。でも昔は結構、遊んでたんやね」


 飢夫はへらへらと笑って、


「わたしら一応、『Fate』がエロゲーだった時代の人間だからねぇ。あの頃のオタク界隈では、その手のゲームが結構、流行ってたんだよ」

「ふーん」


 なんだか目眩がしてきた。家族の団らんの時に、テレビでベッドシーンが始まったような気まずさがある。


「まあ、どういう世界だろうが構わん。”終末因子”を探さなきゃならないわけでもなし」

「それはそうやね」


 と、その時だった。狂太郎たちの前を、一匹のスライム族が通り過ぎたのは。

 灰色の、ヘドロを思わせるどろどろの生命体だが、よく見ると胸部にふたつ、豊満な膨らみがあるのがわかる。


「あれも、――お相手願えるのかな」


 じゅるり、とヨダレを垂らす相棒に、


「しらん」


 狂太郎は嘆息して、眉間を揉む。


「ただまー。遊ぶときは、きみだけで頼むよ」



 ヨシワラは全体で、二百万坪にも及ぶ街であるらしい。

 東京ドームで言うと広さ46個分、――むしろわかりにくいかもしれないが、要するにそれだけ広大な土地に、この都市は、あった。

 街は全体、碁盤目状に作られていて、少々迷いやすく思える。だが、そこは観光客向けに特化した街であるということだろうか。親切な案内看板があっちこっちに設けられている上、移動用のワープ・ポータルが点在しているため、長歩きが苦手な人にも優しい。

 狂太郎は、努めて地面を観ながら歩く殺音に、


「でも、街の作りそのものは、ちょっと京都に似てるよな?」


 と、コミュニケーションを求める。少女は小さく、「一緒にせんといて」と言った後、押し黙った。


「はぁ」


 ため息を吐く。こういう街なら、せめて一人で来たかった。

 会社人だったころ、営業回りの先輩に「これも社会勉強だ」とかなんとか訳のわからんことを言われて、無理矢理に風俗店へ連れ込まれた経験がある。

 その時は気を遣うばかりで、おっぱいを弄ぶ上司の横で、ずっとパズドラやっていた記憶しかない。


 時に男同士の関係は、ホモソーシャルな友情によって強固となる場合がある。この時の会社で行われていたのがつまり、そういうことだったのだろう。


「おい! おめーら! ついたぞー!」


 ナインくんが高らかに叫んで、狂太郎たちに手を振る。

 見るとそこは、『魔性乃家』と題された見世の一つで、


「なあ、ナイン。まさかとは思うが、ここかい」

「おうよ」

「どう見てもここ、……娼館の一つにしか見えないんだが」

「安心しろ。ここなら、きちんとした宿もやってる」


 そうなのか。

 狂太郎が思っていると、朱塗りの籬(格子戸)の奧間で、数人の遊女が双六すごろくをしているのが見えた。この街を歩く人々と同様、見世の娘たちの種族も多様で、妖精や魔族、獣人などなど、人外の者も多い。


「……夜、変な声とか聞こえてきそう」

「安心しな。部屋ごとに防音魔法がかかってるから、大声で歌っても気付かれない」

「そうか。便利だな、魔法って」


 話していると、見世の奥からここの主人と思しき人間が現れて、


「エッジ&マジックさんだね? 他の面子はもう、揃ってるよ」

「ああ、どーもっす」


 と、会釈し合う。『魔性乃家』の主人は、男とも女ともつかぬ美貌の人で、その点、飢夫と属性が似ている。二人が絡んだらどうなるだろう、と、狂太郎はぼんやりした想像力を働かせた。


 四人、案内されるままに二階の一室に通されると、――


「どうも。お疲れ様です。ぺこり」


 シックスくんが深々と頭を下げる。

 部屋の中を覗き込むと、――シックス、ナインと同じ顔の天使たちが数人、畳の上でころころしている。

 恐らく他の番号を割り振られた天使たちだろう。そうしていると連中、まるで普通の子供のように見えた。


「ありゃ? ファイブさんは?」

「あの人は留守番。仕事の鬼だからなぁ」


 狂太郎は進められるがまま、適当な座布団の上に座る。

 するとその隣に、飢夫、殺音がちょこんと並んだ。


「……他の”日雇い救世主”は?」


 と、ナインくんが仲間に尋ねる。

 すると、畳の上で転がっていた天使の一人が、こう応えた。


「えーっと。一人はファイブと仕事中で、来ない。――あと来るのは、《こううん》と《みりょく》だっけか」


 こいつら、割り振ったスキル名で”救世主”を覚えてるのか。


「《こううん》のやつなら、さっき街へ散歩にいったぞ。たぶんすぐ戻ると思う」

「《みりょく》は?」

「そいつなら、近々仕事が終わるらしいからな。今夜中には合流するんじゃね」

「そっか。じゃ、一応ほとんど、揃ってるのか」


 そこで狂太郎、《みりょく》持ちの”日雇い救世主”には心当たりがあることに気付く。

 彼女とは以前、とある世界で冒険を共にした経験があるのだ。


「なあ。――彼女、初仕事はうまくいったかい」


 と、一応の担当者であるナインくんに尋ねると、


「ええ。なんやかやですでに、二つも仕事をこなしてます。いまは三つ目の救世を」

「三つ目。結構早いペースじゃないか」

「あなたが平均一週間ほどでやるから、それに追いつこうとされてるのかと」

「ふーん」


 そう言われると、なんだかこそばゆい。


「《みりょく》もちの”救世主”ってひょっとして、前に話してた……」

「ああ。『かいぶつの森』の主人公役だ」

「ほな、ひょっとしてうち、彼女に会える?」

「そうなるだろうな」

「……ならやっぱり、挨拶だけでもしとこか。どこぞでまた、鉢合わせすることになるかもわからんし」

「きみもたいがい、仕事に命、賭けてるなあ」


 などなど、話しつつ。

 どうやら流れは、散歩中の”日雇い救世主”待ちのようだ。

 しばらく、その場にいた天使数人を交えて、簡単なコミュニケーションゲーム(※1)に興じている、と。


 とんとん、と、襖が叩かれて、


「お。来たか」


 ナインくんが、大喜びでその人を招き入れる。

 そこにいたのは、――


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※1)

 ワードウルフ、人狼ゲームなど。

 ちなみに天使たち、嘘を吐くのがかなり上手かったらしい。

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