110話 大団円の作り方

 ”エンディングロール”が流れる時はいつもそうなのだが、それはひどく、非現実的な光景であった。

 何せ、無意味に人名がぷかぷかと浮かんでは、消えて行くのである。

 テレビニュースなんかで、司会の横を通り過ぎていく3Dテロップのように。


 ”大親友エンド”。

 コミュニケーション系ゲームのラストを飾るにふさわしい、最高の友だちとの別れを彩る”エンディング”だ。

 筆者は個人的に、『かいもり』が素晴らしいのは、友情の甘さだけでなく、別れの苦味も教えてくれる点だと思っている。


「……ふむ」


 狂太郎は腕を組んで、その時を待つ。

 彼が現れたのは、それからすぐのことだった。


「はいはい、どうもぉ~」


 いいながら、シックスくんが現れる。

 連中はいつも、降って湧いたように現れるのだが、この時もそうだった。

 狂太郎は腕を組み、現れたそいつに、声をかける。


「やあ。おつかれ」

「はい。おつかれさまです。ぺこり。――それで、進捗いかがですか」

「どうもこうもない。きみの助けが必要だ」

「はあ?」


 シックスくん、なんとも言えない表情になって、


「ええと。申し訳ありませんが、”日雇い救世主”に対する手助けは、私の仕事ではありません。ただでさえ忙しい身の上ですし」

「そこを、なんとかならんか」

「なりませんです。ぺこり」


 取り付く島もない。


「では、せめてこちらの状況だけでも聞いてくれ。その上で再考してほしい」

「それくらいなら、まあ」

「まず、――そこに、”終末因子”がいる」


 狂太郎が指さした先で、”ああああ”がぼんやりとこちらを見ている。

 その視線は、たったいま現れた、天使的な生命体に釘付けだ。小さく、「天使……じ、実在したとは……」と、興奮気味に呟いている。


「なるほど」


 シックスくんはしばし考えこんで、


「では、殺しておしまいになられたら? あなたなら容易いはずです」

「そういう訳にはいかん。下手に彼女に死なれると、世界のバランスが崩れる可能性がある」

「えー? そうかなぁ」


 彼は、ちょっぴり腕組みして見せて、


「これまで、そんなケースは……あったかしら。うーんと」


 と、しばし考え込んでいたようだったが――ふいに、ウトウトとしはじめる。


「おい……シックスくん?」

「……………すー………すー………」

「おい、マジか、きみ。っていうかきみら、空飛びながら寝るのか」


 グンカンドリは、空を飛びながら寝る習性があると聞くが(※17)。

 狂太郎は呆れて、彼の肩をぽんぽんする。

 すると彼は、うっとりとした表情で目をぱちぱちして、


「あー……失礼しました。ちょっと最近、寝てないもので」

「そりゃ、その目の下の隈みたらわかるけど。大丈夫なのか? 下手な長時間労働は寿命を縮めるぞ」

「それはわかってるんですが」


 って、そんな話がしたいんじゃない。


「ええとつまり、狂太郎さんは、この世界の”終末因子”に情が湧いた、と?」

「それもある。だが、殺すより他に、解決策があることに気付いただけだ」

「と、いうと」

「いくつか可能性を考えていた。――だがいま、一番簡単で、誰も傷つかずに済む方法を思いついてる」

「はあ」


「彼女を、――”日雇い救世主メシア”にしてやってくれ」


「……はあ?」


 一応これは、いくつかあった案の一つにすぎない。

 だがいま、彼女には天使の姿が見えていることがわかった。

 と、なると、この手が一番手っ取り早い。


「事情を説明しよう。――まず、彼女を”終末因子”たらしめているのは、この世界に心底嫌気がさしていることが原因だ」

「なるほど」

「だから、いったんこの世界から距離を置くべきだと思う」


 ある意味では彼女は、たった一つのゲームを十数年以上やり込み続けている、とも言えるだろう。

 常人であればそれも許容できるかもしれないが、――彼女の場合は、少し違う。この世界は彼女にとってちょろすぎる。退屈するのも無理はない。


「だから……彼女を”日雇い救世主”にしろ、と?」

「ああ。それに、飢夫から聞いたぜ。《みりょく》スキルの使い手に空きがあるんだろ。彼女は頭が良いから、うまく使えると思う」

「ふーむ」

「きみは、優秀な手駒が増える。ぼくは彼女を救える。彼女は死なずに済む。これぞ大団円だ」

「……なるほど。良いでしょう」


 さすが、誰かさんと違って話せる相手というべきか。

 シックスくん、素晴らしい物わかりの良さで納得し、


「いずれにせよ、”日雇い救世主”は常に人手不足ですから。才能があるのであれば、使って上げてもいいでしょう」

「よかった」


 それがダメなら、定期的な異世界転移を経験させてやってくれと頼み込むところだったが、その必要はなさそうだ。


「しかし、一つだけ条件があります」

「なんだい」

「狂太郎さん、あなたこう仰いましたよね。彼女を”終末因子”たらしめているのは、あくまで彼女の精神の在り方に問題がある、と」

「ああ」

「人の心は知っての通り、複雑で気まぐれです。場合によっては、この世界の救済が達成されない可能性があります」

「だが少なくとも、いまこの世界を襲っている異常事態は緩和されるはずだ」

「それでも根本的な解決になるとは断言できない。そうでしょう?」


 狂太郎は押し黙る。

 この、天使的な生き物たちが、人間の命をどのように解釈しているかは、ナインくんとのやりとりでなんとなく知っている。

 外道なのだ。連中は。基本的に。


「……だが、試してはみるべきだ。その方が確実だからといって、殺してしまうのは、あまりにも……」

「わかってます。あなたたちにはそういうところがある。感情移入の能力が極めて高い」


 この「あなたたち」という台詞、暗に我々の世界に済む人類全員を指している、ような。


「ただ、いちいち”日雇い救世主”の精神面まで気を配っているような暇は、私にはない。この世界のその後のケアにかける時間もありません」

「では、どうする?」

「簡単です。――これをお受け取り下さい」


 そうして彼が取り出したのは、一つの鍵であった。

 見たところ、市販されていてもおかしくないようなチャチな作りで、キーホルダーに『WORLD1932』というタグがついている。


「これは?」

「《ゲート・キー》と呼ばれるマジック・アイテムです」

「ほほう」

「これを使えば、常人でも自由に異世界間を移動出来るようになるのです。これを差し上げます」

「と、いうことは、つまり……」

「はい。ときどきこの世界に訪れて、問題が起こっていないかチェックして下さい。もちろん手間賃は出ますので」

「わかった」


 狂太郎は、声がうわずっているのを抑えようと努力する。


――つまり、これは……。


 そこそこ大きい仕事を任せられていることにはならないだろうか。

 実際それは、かなり異例のことであるらしい。

 日々の努力が認められて、というべきか。

 狂太郎は少しだけ”日雇い”を逸脱した権利を得たことになる。


「ええと……勝手に話を進めたが、――異存はないよな? ”ああああ”」

「え? ああ……。も、もちろん、です!」


 少女は、思ってもない展開に、目をきらきらと輝かせている。


「ってことは……ってことは、……私たち、しばらく縁が切れないってこと、ですよね?」

「そうだな。時々会いに行くよ」


 狂太郎が応えると、少女は「えへへ」と笑って、


「それじゃ、――その、異世界へは、いつ移動するんです?」

「すぐに転移を行いましょう。あいにく、急ぎの仕事は入っていませんが……まあ、初心者にはやさしめの”終末因子”を見繕いますよ」

「うっす!」


 テンション高めなところ、少し心配なところがある、が。

 これ以上の手助けは、彼女と……この世界にとっても良くないだろう。


「あ、でもその前に、ニャーコさんにお返事してもよろしいですか?」

「いいですけど、はやめにね」

「りょーかい!」


 言うが早いか、少女は大慌てで筆を取る。

 書き込むのは、彼女に渡された便せんの裏。

 その内容の、――正確なところまではわからない。

 だが、のちに狂太郎が予測した内容は、おおよそ以下のようなものであった。


『お手紙ありがとう。親愛なるニャーコさん。

 私も同じく、遠いところにお出かけします。

 たぶん一ヶ月くらい? でも、心配しないで。

 戻ってきたころにはきっと、何もかも良くなっているから!

             こちらこそ 永遠の友だち ああああ』



「では、今回の仕事も無事、終了だな」

「それでは、さっそく報酬を」

「それなら、飢夫の方に渡してくれ」

「……彼に?」

「そういう約束なんだ」


 そんな彼に、シックスくんは少し変な顔をして、


「あの紙切れの移動には、人間関係の煩わしさが凝縮されていると聞きます。くれぐれも慎重な取扱いを」


 本当に……この連中、妙なところで俗っぽい。

 だからこそ御しやすいこともある、が。


 狂太郎は、受け取った《ゲート・キー》を握りしめ、帰途につくのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※17)

 この世界で過ごしてくうち、動物の変な習性にすっかり詳しくなってしまったらしい。

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