103話 破滅を望むもの
「さて」
コックピットに座る狂太郎は、少し足を伸ばして、楽な姿勢になる。
不安だったのは、最初の数十分だけ。あとはほとんど自動操縦で飛行してくれることに気がついたためだ。
タブレット端末を操作し、後方チェック。六機ほどの飛行機が後を追っているのが見える。だが、下手な手出しはしてこないだろう。こちらには”ああああ”がいる。
「とりあえず、飢夫を回収するため――以前向かった『動物工場』方面を目指しているわけだが」
「はい」
”ああああ”は、さっき引っ捕らえた”ガチョウ族”の男の拘束を解きながら、応える。
「そこで、そいつを降ろす」
「ですね」
当初は万一の場合の備えとして彼を捕縛したが、いまはもう、それすら必要ないことがわかっていた。操作が簡単すぎるのも考え物だ。こんなにも簡単にハイジャックできてしまうのだから。
「あの……」
どうやらまだ若いらしい”ガチョウ族”の男は、少年のような声で訊ねる。彼は狂太郎をほとんど無視して、”ああああ”を諭すように言った。
「ねえ、”ああああ”ちゃん。こんなの良くないよ。島に戻った方が良い」
「なんで?」
「なんでって……危険じゃないか、その人。聞いたぜ。きみをナイフで刺そうとしたって」
やはり、見られてたのか。
あるいはあの島、監視されてない場所はどこにもなかったのかもしれない。
「でも、結果として刺されてませんよ」
「それをしようとしたことが……不気味だって言うんだ。なあ、考えてみてくれ。”ああああ”ちゃんが島にいたとき、ただの一度でも島民に傷つけられたことがあったかい?」
「ありませんねえ」
「じゃあやっぱり、あそこにいた方がいいよ。あそこなら誰も、きみを傷つけたりしない」
「わかってないですね。――だから、です。だから私は、みんなといられない。あの島はたしかに、桃源郷でした。住んでる人は、みんな良い人。食事にも困らない。お金も稼ぎ放題。毎晩お酒を飲んで、騒いで、唄ったりして。そういうところでした。でも、それだけだった」
「……………」
「私にはそれが嫌だったんです。胸ヤケを起こしてしまうほどに」
狂太郎は、別れ話に立ち会っているような気分でいる。
つまらないやつだから。
魅力がないから。
だからあなたと別れるの、と。
よくある話だ。
だがいったい、ユーモアのセンスに欠ける人の何が罪なのか?
狂太郎にはそれが、よくわからない。
そもそもきっと、罪があるとか、ないとか、そういう問題ではないのだろう。
だが、だとしたらなぜ、つまらない人間は罰を受け続けねばならないのか。
「わかってる。わかってる。そのことはみんなだって、気付いてた。ここのところずっと、島のみんなで話し合ってきたんだ。それで我々、気付いてしまったんだよ。”ああああ”ちゃんが望んでるのは、――きみが我々にもたらしてきたものと、まったく逆のものであるって」
そして彼は一瞬、鼻水を喉に詰まらせたみたいにぜえぜえ息をして、ようやく、次のようなことを言った。
「死と、暴力を、望んでるって」
「それでみんな、自らを犠牲にして、慰み者になろうとしたのですね? ……私のために」
「ああ……」
”ガチョウ族”の彼は、素直にそう応えた。
狂太郎はコックピットで腕を組みつつ、苦い顔で話を聞いている。
――どうかしてるな。この世界の連中は。
そう思う。
そう思いながらも、どこか眩しいものを見る気持ちでいた。
狂太郎の本質はむしろ、かくあることを望んでいる。
「どうかしていると思う。が、嫌いにはなれない」
そう独り言ちて、目をつぶった。
『動物工場』まで、おおよそ五十分ほどの距離。
あらかじめダウンロードしていた『鬼滅の刃』は見終わってしまっている。
いまはただ、待つしかない。
▼
それは、狂太郎たちがロンドン上空に到着した辺りであった。
ぴー、ががが、という音がして、無線から声が聞こえてくる。
『――狂太郎、おい、狂太郎!』
慌てて、背嚢から無線機を取り出す。殺音の影響であらかじめ買って置いた無線機から、飢夫の声がするのだ。
「はいはい、はい。飢夫か?」
『うん。よかった。無事だったんだね。こっちじゃ、ちょっとしたニュースになってるよ。テレビをみたら、あっちこっちできみの顔が映ってる。いまきみ、国際指名手配犯だぜ』
「へえ。そうだったのか」
『まあ、”神の子”を攫ったんだから、当然かもね』
どうやら、その辺の情報は向こうも調査済みらしい。
少し嘆息して、
「ところで、そっちはどうだい。順調か?」
『順調か……と、言われると、そうだね。まあまあ順調だ。ちょっとトラブルもあったけど』
「トラブル?」
『無事に戻ったら、そのうちみんなの前で話すよ。ちょっとした大冒険だったんだ。それだけで小説が一本書けるくらいだと思う(※13)』
「怪我とかは、ないのか」
『ううん。大丈夫。……というか狂太郎も人が悪いなあ。いつの間にわたしの身体に《無敵バッヂ》をくっつけたんだい。言ってくれたらよかったのに』
「言ったら、無駄に危険に首を突っ込んでいただろ」
『ふーみゅ。かえすコトバもにゃい』
「……可愛い感じの返答はいい。それより、そっちはどうなってる?」
『問題なし。当初の予定通り、”ああああ”ちゃんの調査を進めてる』
「そうか。いま我々は、きみを回収に向かってる」
『それは必要ない。むしろそれは、危険なだけ。この世界でのきみ、スキルを100%活用出来ているわけじゃないんだろ?』
「……まあ、それはそうだが」
『だったら、護れるのは一人が精一杯だ。わたしのことは置いていってくれ。きみらがここの連中に捕まるリスクを避けたい』
「いいのか? たぶんこのチャンスを逃せば、――しばらくは戻ってこられないと思うぞ」
『しばらく、というと、どれくらい?』
「ちょうど、きみがこの世界に迷い込んでから、一ヶ月目くらい」
『一ヶ月。……なるほど。そういう作戦ってことか』
それだけで、この頼りになる友人は、狂太郎がやろうとしていることを察したらしい。
『それじゃあ、”ああああ”ちゃんのことは任せたよ』
「わかった」
『その前に、――一つ、こっちで調べがついた情報、共有するね。”ああああ”ちゃんは、この世界の住人にしては珍しく、……女性の胎内を経由して生み出されたらしいってこと』
まるで、何かのついでのように語られた出生の秘密に、
「え」
と、”ああああ”は目を丸くした。
『まあ、あくまで胎内を経由しただけで、すぐに例のあの、瓶の中に入れられたから、基本的にはこの世界の人類と身体の性質は変わらないようだけれど』
「そ……そう、だったんですか」
まあ人間、三歳以前の記憶は消えてしまうものだというし。
『でも、この世界の連中はきみを”特別”だと思ってる。世界に残された、たった一人の、――”最後の人間”だから』
「……………」
少女は押し黙る。
代わりに、狂太郎が無線に応えた。
『あっちこっちで話を聞いていたら、面白いことがわかったよ。どうもこの世界の連中は、前時代の人類、――要するに、クローン化によって個体数を増やす前の人類――を、こう呼んでる。”破滅を望むもの”と』
「破滅……?」
『かつての人類は常に、”死”と隣り合わせでなくては、生の実感を得られなかった。そんなふうにね』
「ずいぶんな言われようだな」
『まあ、そうはいうけど、……わたしらの本質って案外、そうかもしれないよ? だって我々、未だに戦争は止められてないし。動物の屍肉を貪らずにはいられないし、子供向けの娯楽は決まって、力尽くで解決するものだ』
「言われてみれば、な……」
だが、全ての暴力が取り除かれた世界が健全とも思えないのは、なぜだろう。
「要するに私は、――野蛮な前時代の遺物扱いされているわけですか」
なんだか少女は、学術的に興味深い事実を知ったような顔になって、
『ちょっと違うな。愛すべき前時代の遺物、だ。みんながきみを大切に思ってること。それだけは自信をもっていい』
すかさず飢夫がフォローするが、”ああああ”の顔色は晴れない。
「まあ、私がどういう存在かなんて、どうでもいいんです。……大切なのは、いくら面の皮の厚い私でも、……誰かの死の上に立っていられるほど傲慢じゃないってこと」
そして彼女は、コックピットに座る狂太郎の肩に手を当てて、
「解決策はある。――そう、ですよね? 救世主さま?」
「ああ。問題ない。任せろ」
そして狂太郎は、親指をぐっと立てた。
実を言うとその”解決策”、うまくいくかどうかは五分五分、といったところなのだが。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※13)
彼の期待に応えられず残念だが、その辺の描写、大きく省かせて貰っている。実際に話を聞くと、それほど大した冒険ではなかったから仕方ない。
この場を借りて、かいつまんで説明させてもらうと、『飛行機の爆発に巻き込まれたと思ったら《無敵バッヂ》が作動して無事着水。風船状に膨らんだバッヂを即席の舟として使って、ぼんやり波に揺れていると、気付けば陸地に流れ着いていた。ちなみに助けたパイロットは無事』とのこと。
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