102話 こじれた世界

「おおおおおい」

「おおおおおおおおおおい」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおい」


 虎、犬、熊。三者三様の特徴を持った三人が、のしのしと砂を蹴っているのが見える。

 その目は……どこか、出会い頭の”ああああ”を思わせた。

 得体の知れない、何か。

 そういう印象を抱かせた。


――いま、こじれた。


 不思議と、確信できる。

 もはやことここに至って、彼らと言葉を交えるのは危険だ。

 彼らはきっと、暴力を振るうことはしないだろう。

 だが、暴力を振るえないということと、無害であるということは決して同一ではない。

 むしろ、だからこそ、――何をされるかわからない不気味さがあった。


「とりあえず、逃げるか」

「そう、ですね。でも、どこへ?」

「島を出る。現金の持ち合わせはあるかい?」

「ええ。なんとか。実は私、わりとお金持ちなんです」

「すばらしい。……ではこれからしばらく、きみを攫うぞ」

「すごい。女の子がときどき夢に見るようなことをおっしゃる」

「そうなの? ヒモになる宣言したつもりなんだけど」


 言いつつ、狂太郎は少女をひょいっとお姫様だっこ。

 ”ああああ”もまた、彼を強く抱きしめる。


「私たち、お似合いに見えるかしら」

「どうだろうなー」


 この期に及んで、暢気なことをいうやつだ。


「あ、ところでさっき、計算したんです」

「なにを?」

「――昔は、幼年期の年齢も計算してたんですよね? いまはちょっと違ってて、『工場』を出た日から年を数えるんです。それで私、昔風に年齢を計算し直してみました。そしたら、18歳でした」

「18だから、なんだというのだ」

「性的同意年齢は十分に超えているということです。と、言うわけであなた、何の問題もなく私と、――」


 聞き終えずに、加速を開始する。

 話を遮ったつもりはない。

 ただ、三匹が島民が、すぐ間近まで接近していたのだ。


 狂太郎は顔をしかめて、スローモーションでブラつく彼らの下半身から目を逸らす。


「なんて世界だ」


 嘆息して、――狂太郎は、彼らの間を縫うように走り抜けた。



 街エリアは、すでに剣呑な雰囲気に包まれている。

 何十人もの警官隊が辺りを行き交い、何やら怒号を叫び合っていた。

 警官隊はもちろん、一般人まで武装している始末だ。恐らく”オポッサ族”の彼が作りだしていたものと同タイプの拳銃だろう。

 もっとも、この世界の人類の特性を考えれば、それを撃つつもりかは怪しい。

 恐らく脅し用か……何か、捕縛のための改造を施されているか。


「いずれにせよ、撃たれないに越したことはないか」


 草むらに身を隠しつつ、狂太郎は嘆息する。


「……こ、」

「ん?」

「怖……っ。みんな、おおマジじゃないですか」

「そうだ」


 短く答えて、


「ちなみに何もかも、きみを取り戻すためだぜ」


 と、付け加えておく。

 少女は何ごとか返答しかけたが、それに対する答えを聞くことはなかった。再び《すばやさ》を起動して、行動を開始したためである。

 二人が目指すのは、以前、『動物工場』へ乗るのに使った玩具の飛行機だ。

 狂太郎は、すでにエンジンの入っていた飛行機を見つけ出し、操縦席に座る”ガチョウ族”を素早く拘束。彼を後部座席に縛り付け、コックピットに座り込む。

 以前見たのと同様に、操縦席は子供の玩具のようだった。


「ちなみにあなた、――操縦したこと、あるんですか?」

「ない。『スターフォックス64』なら遊んだことがある」

「なんです? ……すたー……それひょっとしてまた、ゲーム?」

「うん」

「ごめんなさい。私やっぱり、降りてもよろしい?」


 その時だった。

 ちゅん、ちゅんと音がすると思ったら、飛行場の向こうから銃弾を撃ち込まれていることに気付く。恐らく、威嚇だろう。当たると思っていれば、きっと彼らは撃つことができない。

 操縦席から外を見ると、こちらの動きを察知した住民たちが、もの凄い形相で全力疾走してきていた。


「……わっ、わっ、わっ」


 ”ああああ”が悲鳴を上げた。


「やっぱり、出して下さい!」

「あいよ」


 言いながら引っ張り出したのは、操縦席下の、グローブボックスみたいなスペースに入っていた説明書だ。


「ちょっと! まさかそれ、いま読もうとしてる、とか……」

「そのまさかだ」

「そんなの、じっくり読み込んでる時間……!」

「それなら、十分ある」


 言って、狂太郎は、最初のページを開いた状態で《すばやさ》を九段階目にまで上げる。

 通常の、400倍。音速化。

 同時に、世界中が静止した。


――シックスくんは、この状態になったら即死するとか言っていたが……、


 もちろん、そうなるつもりはない。

 狂太郎は、眼球だけをゆっくり動かして、説明書の1ページ目に目を走らせる。

 それを読み終えたら、いったん《すばやさ》の段階を無害なレベルにまで落として、ページをめくった。

 そして、再び《すばやさⅨ》に。

 これを繰り返し、実時間でいうと数秒ほどで、およそ50ページほどあった説明書の基礎的な部分を読破する。

 むろん、これだけで飛行機の操縦が可能になるはずはない。我々の世界のパイロットは、副操縦士になるだけでも五年もの訓練期間を要する。

 だがこの世界の飛行機は、――「ユーザビリティを極めた結果」(byああああ)のデザインだ。

 マリオカートの方がよっぽど簡単だというその操作は、


 エンジンスイッチ

 操縦桿

 なんか加速するペダル

 ほどよく減速するペダル

 その他、通信関係の装置


 ……によってのみ行われ、あとはすべてコンピューターが調整してくれるという。

 なお、おおよその進路決定は、タップパネル式になっている世界地図で指定すればいいだけ。


「よし。いけそうだ」


 狂太郎が呟くと、その時だった。

 数匹の動物たちが飛行機に飛びつき、その発進を力尽くで止めようとしたのは。


「……なっ。ばかな! こいつら、死ぬぞ!」


 その言葉に応えるように、外の声は叫んだ。


「”ああああ”ちゃん! ”ああああ”ちゃん! もどって! もどってきて!」


 声には聞き覚えがある。ニャーコだった。

 窓越しに彼女の顔を見ると、ぞっと敵意に満ちた顔がこちらを睨み付けている。


「そいつは危険にゃ! どーかしてるにゃ! 逃げて! 逃げて!」

「………!」


 まるでそれは、嫉妬に狂う元恋人、という感じ。

 今朝、旦那を死なせて涙で濡れていた彼女の姿はどこにもない。


――どうかしてるのは、この世界の方だ。


「ねえ、聞いて! 聞いて! 今朝、とんでもない事件が起こったにゃ! 高所からのパラシュート事故による死亡なのに、溺死してるんにゃ! この謎を解いて欲しいにゃ!」

「それならこっちの話の方がすごいぞ! 昔から伝わるわらべ歌になぞらえた殺人が起こった! もうすでに五人も死んでる!」

「殺しばかりじゃない。こっちは時価何億もするダイヤが盗まれたんだ。犯人グループはたしかに銀行に出入りしたはずだが、雲のように掻き消えてしまった」

「島以外にも事件があるぞ! ベーカー街221Bの下宿で、大量の麻薬が発見されたらしい……」

「か、か、怪奇現象も起こった! 北の墓地から、夜な夜な腐った死体が歩き回っている!」


 口々に、住人の声。


「恐ろしい……とても恐ろしいことが起こってるんにゃ! このままじゃきっと、めちゃくちゃになっちゃう。あなたの助けが必要なの! だから……だから……」


 ニャーコの声は、震えている。



「だからお願い。また、――一緒に、遊ぼうよ」



 一瞬、狂太郎と”ああああ”の目が、合う。


「ひょっとしていま、起こっていることって……ぜんぶ……」


 自分のせいでは。

 そう続く言葉に、


「”終末因子”のせいだ」


 素早く、そうフォローする。

 ”ああああ”のせいではない。

 そもそも彼女は、ここまでのことを望んではいなかった。


「これ以上の犠牲を増やすわけにはいかない。”ああああ”。みんなに離れるように言うんだ」

「う、うん」


 その後、彼女は窓の外に向かって、「私はこの人と行くこと」「すぐもどること」「これ以上犠牲を出さないこと」を伝えた後、狂太郎に合図を送る。


 同時に狂太郎は、ゆっくりと、慎重に……加速ペダルを踏み込んだ。

 わらわら、と、住民たちが蜘蛛の子を散らすように離れていく。


 それから、数分後であった。

 玩具のような飛行機が、玩具のような飛行場から飛び立ったのは。

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