93話 そのための場所

「今週だけで三件目ですか。おたくらなんか、死神みたいですなあ。はっはっは」


 呼び出された”オオカミ族”の青年とはもはや、顔見知りとなりつつある。

 彼は、早朝にも関わらず一糸乱れぬ服装で、


「これが推理小説ならば、連続殺人事件を疑うところでありますが……」

「うーん。どうだろうねえ」


 今のところ、事件の連続性は確認できない。


 すでに時刻は昼過ぎになっていて、狂太郎たち”三日月館”に泊まっていた容疑者はそれぞれ事情聴取を終え、行動を制限された状態で自室に待機していた。


 三人は、暇つぶし用に渡されたトランプを、ババ抜き→ジジ抜き→七並べ→神経衰弱→大富豪(※8)の順番でプレイし、最終的に「やっぱ大富豪はいい」「TCG好きは黙って大富豪」「大富豪はコンボが気持ちいい」などと語り合いながら、ぼんやりした時間を過ごしている。


 だがやがて、


「うーん。やっぱり、ただ待ってるなんて駄目ですよ! 私たちも捜査に協力しましょう!」


 四連続で大貧民になった”ああああ”が立ち上がった。


「ではまた、無理を言って捜査に参加するかい」

「そうします」

「……わかった」


 狂太郎はあっさりと頷く。

 実際彼も、良い頃合いだと気付いていた。

 そろそろ全員分の事情聴取が終わるころ。報告は一度に聞くのが楽で良い。


「ではでは! さっさと行きましょう! どんどん行きましょう!」


 負けが込んでいた所為だろうか。少し自棄っぱちに見える”ああああ”が、ぱしんと襖を開いて、 


「出かけます!」


 と、見張りの警官に言った。彼は驚きもせず、「では、どうぞ。捜査の進捗なら例のあの、馴染みの警部に質問願います」とのこと。


「ねえ、狂太郎」


 そんな彼女を見て、飢夫が狂太郎に尋ねる。


「どうも昨日から、彼女の当たりがキツい気がするんだけど。あれ、なんでかな?」

「当然じゃないか。きみ、彼女を振ったんだろ」

「振った? え? いつ?」

「昨夜。便所に行ったとき」

「おしっこのとき?」

「……大か小かは知らんが、その時彼女に会ったろ」

「うん。――でもあの時はただすれ違っただけで、別に恋バナなんかしなかったよ?」

「なに?」


 では彼女はなぜ、「振られた」などと言ったのだろう。

 疑問が生まれたが、


「ちょっとぉ! 二人とも、イチャついてないでさっさと行きますよ!」


 という一言に急かされて、席を立つ。



【事件概要】

 殺されたのは”ネコ族”のネコガミ氏。

 現場は、山エリアの東南。”三日月館”。離れにある鉄火場。

 死因は”金の斧”による頭部外傷。即死。

 その他、右肩に同じく”金の斧”によるものと思われる裂傷あり。

 一度目は肩へ、二度目の後頭部へ凶器を振り下ろされたことにより、致命傷となったものと推測される。

 推定死亡時刻は、早朝の4時から5時くらい。

 なお、”金の斧”は鉄火場出入り口付近に在庫が山ほど詰まれており、誰でも手に取れる状態だった。


【容疑者】

 マダラ

 ”スカンク族”の男性。31歳。職業、刃物店店長。

 新作の斧のデザインに関する商談のために宿泊。

 親の仕事を継いだばかり。斧のデザインに関しては一家言あり。時折、ネコガミ氏と口論になることも。


 ポンポコ

 ”タヌキ族”の男性。39歳。職業、雑貨店店主。

 ネコガミ氏の古い友人で、トランプ仲間。信じられないほどキンタマがでかい。

 でかいキンタマをぶら下げていることを除けば普通の人。

 ネコガミ氏から、友人価格で斧を仕入れていた。


 ジョン

 ”ビーバー族”の男性。26歳。職業、木こり。

 特注の斧の買い付けに来宅。ポンポコ氏が格安で斧を仕入れていた事実を商談材料に、自分も安く斧を譲り受けるつもりだった。


 バウワウ

 ”イヌ族”の男性。59歳。職業、セールスマン。

 家具の売り込み。定年間近の老人。

 飛び込みで営業に来たところ、たまたま事件に巻き込まれる。


 ニャーコ

 ”ネコ族”の女性。24歳。主婦。

 島では唯一、結婚している女性。美人。

 なお、ネコガミ氏と彼女は、昔で言う親と子のような、プラトニックな関係であったという。二人が結婚したのは、”ああああ”の後押しがあったから、という話も。


 ウエオ

 ”ニンゲン族”の男性。35歳。住所不定無職。

 特になし。顔が可愛い。なんだか良い匂いがする。


 キョータロー

 ”ニンゲン族”の男性。36歳。住所不定無職。

 特になし。顔が怖い。死んだ魚のような目をしている。


【特記事項】

 ”三日月館”は、その名の通り三日月型の本邸と、後付けで建てられた作業場の二つの建物で構成されている。

 調査したところ、屋敷は日本の城壁を思わせる高い壁に囲われており、外部からの侵入は不可。防犯センサー付きの玄関にも記録がなかったことから、犯行は邸内のものに限定されている。


 今回の事件の鍵となりそうなのは、本邸から別邸までの泥濘みにくっきりと残された、ブーツの足跡だ。

 本件は都合の良いことに、殺人が行われる直前に豪雨が降り注いでいる。

 そのため、本邸と作業場(犯行現場)へと繋がる足跡が、実にわかりやすく浮き彫りになっていた。

 鑑識に確認を取らせたところ、現場に残された足跡は(事件が起こった後に駆けつけたキョータロー氏の足跡は除く)、ただ一つのみ。

 ネコガミ氏の妻君、ニャーコ氏のものである。

 なお、容疑者全員の足を調べたところ、彼女の靴は一回り小さく、誰の足にも入らないことが判明している。

 とりあえず本件は、彼女を第一容疑者として捜査を進める方針である。



 厭な顔一つせず捜査資料を全て見せてくれた”オオカミ族”の青年は、不動の姿勢で傍らに立っている。

 わかりやすく手書きでまとめられた資料を読み終えた三人は、


「ふーむ」「へーえ」「うむむ」


 と、三者三様のうなり声を上げた。


「……どうです?」


 気遣わしげな質問には応えず、狂太郎はテーブルの上にある、ニャーコの靴型がついた足跡の写真を睨む。

 そして、眉間に深い皺を刻んで、


「ええと。ニャーコさんは事件に関して、なんて?」

「当然、容疑を否認しています」

「本邸から作業場までの距離は?」

「二十メートルほど、でしょうか」

「本邸から作業場までで、残っていた足跡は何往復分ある?」

「一往復半です」


 まず作業場に行って、旦那の頭をたたき割って、帰ってきて、返り血などを拭き取って身ぎれいにして、また素知らぬ顔で戻って、悲鳴を上げる。

 まあ、辻褄が合わないことはない。


「改めて聞くが、――彼女のブーツ、他に履ける容疑者はいないんだな」

「ええ。みなさん、事情聴取の時に試した通りです。あの状態ではとても、外を出歩けますまい」

「そうか」


 サンダルか何かならともかく、長靴を無理に履くのは難しかろう。もしそうしたとしたら、何らかの痕跡が残っているはずだ。


「だが、彼女の細腕で、ネコガミ氏の頭をかち割れるものだろうか」


 頭に浮かんでいたのは、最初に彼女と会ったとき、――フナムシを見ただけで卒倒しそうになっていた彼女の顔である。


「それは問題ないと思う」


 それに反論したのは、意外にも飢夫だった。


「ゲームの描写を知ってるからね。……ねえ、ここで一つ、”金の斧”を一つお借りして、ちょいと実演して見せてもいいかい」

「どうぞ。お好きに」


 そして彼は、本邸のあちらこちらに飾られている”金の斧”を持ってきて、一行と狂太郎を導く。

 途中、


「それにしても、――ここ、……やっぱり、おかしいね」


 と、なんだか忠告めいた言葉をいいつつ。

 確かに、それに関しては狂太郎も気になっていた。

 雰囲気といい、奇妙な建物の構造といい。

 この屋敷、何から何まで、――殺人事件を起こすために作られた、ような……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※8)

 言わずと知れた、前の人よりも価値の強いカードを出していき、早く手札をなくしたプレイヤーが勝つゲーム。

 今回は、公式ルールに則って、革命、8切り、都落ち、スート縛り、スペ3返しありで遊んだらしい。

 初心者の女の子相手に複雑なルールを持ち出すとか、かなり大人げないと筆者は思う。


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