94話 金の斧

 さて、”金の斧”。

 その刃先は妙に大きく、4,50センチほどはあるだろうか。

 明らかに実用に向いていないそれは、ゲーム的にデフォルメされたデザインをそのまま巨大化させたような、どこか歪な形状をしている。

 飢夫は、その細腕でそれを、軽々と持ち運びつつ、


「すごいな。まるで玩具みたいに軽いよ、これ」


 と、感想を述べた。

 そのくせ、手を放すと途端に金本来の重さを取り戻し、ずしりと地面に突き刺さるのだから、この世界の物理法則は興味深い。

 元来、金の比重は重い。鉛をそれを上回るほどに。

 実際に金の延べ棒に触れたことがある人なら、それが想像よりも遙かに重いことに驚くだろう。筆者は以前、話の種に一度だけ金塊を手に取らせてもらったことがあるが、片腕ではちょっと持ち上げられないくらいの重さだった。


 三人に引き連れ、ぞろぞろと”三日月館”外を歩く。

 空は一行の内心を映し出しているかのように暗く、分厚い雲が覆っていた。


 飢夫はまず、近くにあった手頃な樹に手を当てて、


「そんじゃ、いくよー」


 と、両腕で”金の斧”を握り、ゴルフ初心者のようにみっともないフォームで、それを振るった。

 力は、……それほどこもっていないように思えた。

 だが斧は、まるで発泡スチロールに打ち込んだように容易く、するりと一発でその刃を滑り込ませる。


「よっ……と。えーっと、こういう時なんて言うんだっけ。『倒れるぞー!』とか?」


 そして、トドメとばかりにちょっと蹴ってやると、高さ20メートルはあろうかという樹が傾ぎ……めきめきめき、と倒れていった。


「ほほぉー」


 感心する。

 これは実際、異世界にいるとしょっちゅう目にする光景なのだが、――どう見ても物理法則に反しているように見えた。

 いずれにせよ、はっきりしていることがある。


「これなら、ニャーコさんの細腕でも、旦那の頭をかち割れるか」

「そーいうこと」

「つまり飢夫は、――ニャーコさんが犯人だ、と?」

「いーや? むしろそれはないと思ってる」

「ほほう。なんでだ?」

「一番怪しい人が犯人だったら、つまらないじゃないか」

「つまらない、ねえ」


 これが現実世界で起こったことなら、「そんな馬鹿な」と一笑に付していたところだが、……これに関しては正直、狂太郎も同感である。

 この世界に来てから起こっている事件には何か、恣意的なものを感じられた。

 そこに何者かの意思が介在しているのであれば、――事件が単純であるはずがない。


「言いたいことはわかった。ちょっとその斧、貸してもらっても良いかい」

「どうぞ」


 狂太郎は、受け取った斧を使って、倒れた杉の木に振り下ろした。

 やはり手応えはほとんどない。もの凄い切れ味だ。


「うわ。おもしれ」


 狂太郎はそのまま、大根を輪切りにする要領で、ばつばつと丸太を切断していく。

 最終的に、ちょっと高いところから落としただけでも木を切れることを確認してから、


「……よし」


 と、額の汗を拭った。

 気付けばなんの役にも立たない木の残骸が山となっている、が。


――結構使い込んじゃったけど、これ、弁償とかしなくて良いよな。


「あ、あ、あの。えっと。とりあえず、戻りませんか。私とにかく、殺人現場をみたくって」


 と、そこで口を挟んだのは”ああああ”。金の斧の切れ味そのものは、島のものであれば常識らしい。……つまりここまでは、彼らにとって検証するまでもない事実であった。


「うん。そうしよう」


 応えつつ、狂太郎はこう思っている。

 この事件の犯人は誰かはわからない、が。

 この事態の元凶は、彼女にあるのではないか、と。



 今朝も訪れた作業場に、死体の姿はない。

 自作の斧にて頭を割られたネコガミ氏は、警察の手によって片付けられてしまったようだ。

 狂太郎の頭には今も、灰色の毛並みを持つ”ネコ族”の姿が焼き付いている。

 その頭部をたたき割った、金色に輝く斧も。

 ”日雇い救世主”を始めてからというもの、幾度か人の死を目の当たりにしてきた。

 だが、ネコガミ氏の死体は……なんというか、胃がむかむかするような身近さを感じる。

 この世界の文明レベルが、現実世界のそれと近いためかもしれない。不思議な現実感があるのだ。この世界は。


「建物の中は、ずいぶんと開放的なんですねえ」


 現場での第一声は、”ああああ”であった。

 彼女は、スカートが汚れるのも構わずに、あっちこっちを探っている。


 狂太郎がまず注目したのは、その天井高だった。

 どうやらこの建物、熱が籠もりすぎないよう、かなり高い位置に天井を設けているらしい。

 上を見ると、むき出しの天井梁が碁盤目状に張り巡らされているのがわかる。


「……”目星”ロールするかい?」


 テーブルトークRPGのノリで訊ねる友人に、


「じゃあ、頼む」


 雑に返答しながら、その手はハシゴを引っ張り出していた。


「そんじゃ、1D100ね。成功率は25%で」

「初期値かよ。無能探索者だな」

「狂太郎はほら、”言いくるめ”全振りだから」


 などと、オタクの身内同士の良くない感じ(※9)を出しつつ。


「……む。どうやら、目星は成功だぞ」

「え? なんか見つかった」

「ああ……」


 狂太郎が呟く。

 そこは、――ネコガミ氏が死んでいたところの直上。

 明らかに一度、人が昇ったことがわかる。何かを拭き取ったような痕跡が見られたのだ。


「ぞうきんの跡がある。しかも、この辺だけ」

「そうなの」

「ああ。しかも、綺麗になってるのはここだけだ。他は分厚い埃が積もってる」


 作業場全体を綺麗にしておけば、ここまで目立たなかったというのに。

 恐らくこの建物全体が広すぎるため、掃除している暇がなかったのだろう。

 さらに狂太郎は、死体があったところの真上に、何かが擦れたような傷痕を発見する。


「ここに、何かの仕掛けたあったっぽいな」


 とはいえ、狂太郎が思うとおりなら……それが、”仕掛け”という言葉を使うほど手の込んだものではないことは明らかだ。


「この事件、たぶんだが、『ソア橋』だな」

「ソア橋? ……ああ。シャーロック・ホームズの?」

「そう。それだ」


 『ソア橋』というのは、ミステリー・マニアの間では言わずと知れた、とある代表的なトリックが使われた短編小説のタイトルである。

 狂太郎も飢夫も、決してミステリー・マニアだというわけではないが、これに関してはたまたま共通の知識があった。……最近二人で遊んだホームズもののゲームに、そのワードが登場していたのだ。


「そんじゃ、この事件、――」


 「解決したね」と、そう言いかけた、その時だった。


「わ、わわ! わかった! わかりました!」


 狂太郎に負けじと、”ああああ”が悲鳴じみた声を上げたのは。


「ん?」


 二人、揃って彼女に顔を向けると、


「これ、見てください」


 その手には、数本の毛の束が見られる。

 黒い毛と白い毛が混じった毛だ。


「これで、証拠が揃いました。犯人もわかりましたよ!」

「……ほう。じゃ、聞こうか」


 ”探偵役”を取られたくないのだろうか。意気揚々と頑張る彼女に、狂太郎は仕事を譲る。

 別にこちらの目的は、謎解きではない。世界の救済だ。


「ではこれから、――皆さんを談話室に集めてください。そこで本人に、犯行を認めてもらいましょう」


 そう語る”ああああ”に、狂太郎と飢夫は揃って眉を段違いにする。

 二人の気持ちは、奇しくもまったく同様だった。


――え? わざわざみんなを集める必要ある?


 と。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※9)

 オタクは群れるとウザい。

 我々は、その事実と向き合いながら生きていかなければならない。

 彼らの話を聞きながら、筆者はそんなことを思った。

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