90話 探偵役の同行者

 ”ああああ”の権限で、狂太郎たちはオポッサ族の死骸を検分する。


「どうぞ。ぞんぶんにご確認ください」


 と、検屍官を務めている”オオカミ族”。


「ぞんぶんに、ねえ」


 素人をこんな場所に入れて、それでもこの世界の連中は少しも不思議に思わないらしい。

 狂太郎は嘆息混じりに、上着を脱がされた遺体を隅々まで眺めた。

 特に用心深く調べたのはその口腔内、そして後頭部だ。

 事前に聞かされていた通り、確かにそこには、弾丸が貫通した形跡がみられる。


「これで、……生きてる訳はないな。やはり」


 そして、すでに死後硬直が始まりつつあるその身体を、そっとステンレス台に横たえた。

 同時に、どろり、と、脳漿が流れ出る。


「これから、司法解剖を行いますが。――立ち会いますか?」

「いや、それはいい。確認したかったのは……」


 すでに顔色が真っ青になっている飢夫を見つつ、狂太郎は応えた。


「こいつが、もう二度と動かないということだけだ」


 とりあえずこの場で、他に気になることはない。


「もう、戻ろう」



 その後、全ての手続きを終えて、三人集まって。


「幽霊、か」


 狂太郎は、嘆息混じりに言う。


「……まあ、そういうこともあるか」


 これまでの経験則から、そう結論づけた。

 もはやこの仕事において、何が起こるかを限定する理由はない。

 実際、最近救った世界でも、死人と話したことはある。

 それに異を唱えたのは、”ああああ”だ。


「あ、あ、ああの……」

「ん?」

「は、果たして、そうでしょうか? いくらなんでも、幽霊だなんて……」

「あるいは、ゾンビとか」

「一緒ですよ」

「ありえないっていうのかい?」

「はい」


 少し、意外だった。

 これまで話してきた彼女の印象だと、――むしろそういうオカルトめいたことは好みそうなものなのに。


「よくわからん星座の神様は信じられなくて、幽霊は信じられないのかい?」

「そ、それと私がした話は別ですよぉ! レティクル座への銀河鉄道はあくまで、別次元の世界の話ですから! 科学的にもあり得ることです」


 別次元。――異世界。

 なるほどそれなら、狂太郎の話とも矛盾しない気はする。

 オカルトも案外、一括りにはできない。


「でも、……幽霊が突然現れて、拳銃ぶっぱなす、とか。そーいうのは信じられません、私」

「何か、裏があると?」

「はい」

「だが、具体的にどういうものなんだ、それ」


 すると、途端に少女は元気を失って、


「そ、そこまでは……ちょっと……」

「わからないのか」

「で、でも、手がかりはあります。ちょっぴりおかしいなーって感じのことは」

「というと?」

「それは……その……言えませんけど」


 なんじゃそりゃ。

 そこまで言っておいて話を引っ張るなど、まるでシャーロック・ホームズのやり口だ。たしかに”ウータン族”の一件で、彼女はミステリーにおける”探偵役”のような立場を演じたが。


「まあ、いいだろ。わかった。――なんにせよ、今日はもう、寝よう。いろいろありすぎて、さすがに疲れたよ」


 その言葉に、残った二人も異存はない。

 この仕事に慣れた狂太郎ですら、ハードな一日だった。とくに気疲れが、強い。これまでいろいろな世界を渡り歩いてきたが、ここまで何の成果も得られないのは初めてかもしれない。


「ところで、今夜はどこで寝ましょうか? やっぱり、私の家にします?」

「だが、寝る場所はないんだろ」

「え、ええ……。まさか私も、誰かを泊めることになるなんて、思ってもいませんでしたので」


 じゃ、やめとくか。

 気候にもよるが、ゴミ屋敷に泊まる方がストレスになる場合がある。

 ゴミ屋敷には、――奴らがでる可能性があるのだ。

 Gの名のつく、あの恐るべき生き物が。

 彼女の自宅の散らかりようを考えると、さすがにあそこで寝るのは辛い。

 なんか、条例に触れるような展開が待ち受けていそうな気がするし。


 悩んでいると、出し抜けに飢夫が、


「ふっふっふ。――お困りかね、みなさん」


 と、自己主張。


「ああ、おーけい、もう前振りはもう十分だ。結論からいってくれ」

「なんだ、せっかちだなぁ」

「疲れてるんだよ。ぼくを温かい寝床に導いてくれ」

「ん。わかった。そんじゃ、結論から言わせてもらうと、さっきちょっと、今夜泊めてくれそうな家を見つけてきたよ」

「ほう。事実なら値千金だが」

「狂太郎も知ってる娘だ。ニャーコさん。彼女が泊めてくれるってさ」

「ニャーコ?」


 この世界に来て、初めて会った少女だ。

 そういえば彼女、先ほど襲撃された時、見かけた記憶がある。


「彼女も事情聴取を受けていたのか」

「そういうこと。……んで、我々が泊まるからってことで、先に帰って準備してもらってる」

「三人も泊まるところがあるのかい?」

「うん。なんでも彼女、――島でも有数の大金持ちだそうだよ。”金の斧”作りで有名な家なんだってさ」

「斧、か」


 狂太郎が”ああああ”に振り向くと、


「斧師のネコガミさんといえば、島ではわりと有名ですよ」


 彼の邸宅なら、きっと足を伸ばして眠れるでしょう、とのこと。


「ちなみに”金の斧”というのは、ゲーム中でも最高の便利アイテムだ。使えば簡単に木を倒せるし、売ればかなりの額になる」

「へえ。でも金って、噛んだら歯形が残るっていうだろ。そんなに硬度高くないし、斧にしてもしょうがないんじゃ」

「そこはそれ。ゲームってことさ」

「なるほどねぇ」


 などと、飢夫からゲームの豆知識を受け取りつつ。


「よし。それじゃあ今夜は、そこで寝るとしようか」

「おっけー。そんじゃ、さっそく行ってみよう」


 そういうことになった。



「ところで、”ああああ”ちゃん。一つ聞いて良い?」

「ええ。なんでもどうぞ」

「ひょっとしてこの島、結婚してるのは、ニャーコさんだけじゃない?」

「ええと、……たしか、そうですね。なんでわかったんです?」

「島民の結婚は、けっこうレアなイベントだからねぇ……」


 そこで狂太郎が口を挟む。


「それにしても、少し妙だな。けっこう人が住んでるはずなのに、結婚してる人が一つだけなのかい?」

「はあ。……結婚はわりと、変わり者がすること、ですので」

「そうなの?」


 何その、極めて独身者に優しい世界。

 だが、よくよく話を聞くに、それも納得だ。

 なにせここの住人は、子供を作ることができない。故にこの世界において結婚とは、かなり宗教的な色合いの強い儀式らしい。


「へー。なるほど」


 確かに、家庭を築けないなら……わざわざ結婚するメリットは少ないのかも。


 三人が進む道は、暗い。

 街エリアはまだ街頭で照らされているが、”三日月館”と名付けられているニャーコの自宅は、島の北側、――山エリアにあるらしく、足元が暗い中を進む羽目になる。

 途中、空がぐずついてきたこともあって、早足で”三日月館”に向かうと、――間もなくしてその建物が姿を現した。

 玄関付近に二本、見事な這松が対称的に飢えられた広大な平屋である。この島にしては珍しい瓦屋根のその屋敷はどこか、「外国人が考えた金持ちの日本人の家」という印象だった。


「すいませーん」


 三人を代表して飢夫が声をかけると、すぐにニャーコの返事が聞こえた。


「はーい♪ いらっしゃーい!」


 彼女はいま、下半身丸出しではない。エプロンをしている。食べ損ねた夕餉の準備をしていたためらしい。確かに性器を露出したまま料理するというのも、不便な話だ。


「ありゃりゃ。こんなおっきい家に、きみだけなの?」

「はいにゃ」

「お手伝いさんとかいないの?」

「いるけど、いまはみんな出払っちゃってて。お客様の分も準備しなくちゃいけなかったのに、良い迷惑だったにゃー」

「別に、気を遣わなくても大丈夫だったのに」


 すると彼女、まん丸な目をちょっと見開いて、


「あ、飢夫さんたちのことじゃなくてにゃ。もともと、主人のお客が泊まる予定だったんにゃよ」

「あ、そうなんだ」

「幸い、部屋数だけはたっぷりあるから、同室ってことにはならないにゃ。ご安心を、にゃ」

「……そっか。ありがとう。ちなみにお客人の面子は?」

「ええっとぉ……」


 そうして語られた客名は、四人。


 ”スカンク族”のマダラ。職業、刃物店店長。

 名の通り白と黒、縞模様の毛並み。皮肉っぽい性格。

 用向きは、新作の斧のデザインに関する相談。


 ”タヌキ族”のポンポコ。職業、雑貨屋店主。

 茶色い毛並み。洒落者。信じられないほどキンタマがでかい。

 ネコガミの古い友人。トランプ仲間。


 ”ビーバー族”のジョン。職業、木こり。

 ボロいジャケットに、泥で濡れた茶色い毛。

 特注の斧の買い付けの用事。


 ”イヌ族”のバウワウ。職業、セールスマン。

 初期の生産ロットで作られた住人。経年劣化により少し身体の調子が悪い。

 家具の売り込みのために来宅。


「……って感じにゃ」

「ふーん」


 一瞬、狂太郎と飢夫の二人が、顔を見合わせる。

 言葉はなかった。

 だが、その視線だけで通じ合えるものがある。

 この、……コ●ンくんの同行者になった感じ。


――なんか、また事件が起こりそうな気がする。


 あくまでそれは、予感に過ぎないのだが。

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