90話 探偵役の同行者
”ああああ”の権限で、狂太郎たちはオポッサ族の死骸を検分する。
「どうぞ。ぞんぶんにご確認ください」
と、検屍官を務めている”オオカミ族”。
「ぞんぶんに、ねえ」
素人をこんな場所に入れて、それでもこの世界の連中は少しも不思議に思わないらしい。
狂太郎は嘆息混じりに、上着を脱がされた遺体を隅々まで眺めた。
特に用心深く調べたのはその口腔内、そして後頭部だ。
事前に聞かされていた通り、確かにそこには、弾丸が貫通した形跡がみられる。
「これで、……生きてる訳はないな。やはり」
そして、すでに死後硬直が始まりつつあるその身体を、そっとステンレス台に横たえた。
同時に、どろり、と、脳漿が流れ出る。
「これから、司法解剖を行いますが。――立ち会いますか?」
「いや、それはいい。確認したかったのは……」
すでに顔色が真っ青になっている飢夫を見つつ、狂太郎は応えた。
「こいつが、もう二度と動かないということだけだ」
とりあえずこの場で、他に気になることはない。
「もう、戻ろう」
▼
その後、全ての手続きを終えて、三人集まって。
「幽霊、か」
狂太郎は、嘆息混じりに言う。
「……まあ、そういうこともあるか」
これまでの経験則から、そう結論づけた。
もはやこの仕事において、何が起こるかを限定する理由はない。
実際、最近救った世界でも、死人と話したことはある。
それに異を唱えたのは、”ああああ”だ。
「あ、あ、ああの……」
「ん?」
「は、果たして、そうでしょうか? いくらなんでも、幽霊だなんて……」
「あるいは、ゾンビとか」
「一緒ですよ」
「ありえないっていうのかい?」
「はい」
少し、意外だった。
これまで話してきた彼女の印象だと、――むしろそういうオカルトめいたことは好みそうなものなのに。
「よくわからん星座の神様は信じられなくて、幽霊は信じられないのかい?」
「そ、それと私がした話は別ですよぉ! レティクル座への銀河鉄道はあくまで、別次元の世界の話ですから! 科学的にもあり得ることです」
別次元。――異世界。
なるほどそれなら、狂太郎の話とも矛盾しない気はする。
オカルトも案外、一括りにはできない。
「でも、……幽霊が突然現れて、拳銃ぶっぱなす、とか。そーいうのは信じられません、私」
「何か、裏があると?」
「はい」
「だが、具体的にどういうものなんだ、それ」
すると、途端に少女は元気を失って、
「そ、そこまでは……ちょっと……」
「わからないのか」
「で、でも、手がかりはあります。ちょっぴりおかしいなーって感じのことは」
「というと?」
「それは……その……言えませんけど」
なんじゃそりゃ。
そこまで言っておいて話を引っ張るなど、まるでシャーロック・ホームズのやり口だ。たしかに”ウータン族”の一件で、彼女はミステリーにおける”探偵役”のような立場を演じたが。
「まあ、いいだろ。わかった。――なんにせよ、今日はもう、寝よう。いろいろありすぎて、さすがに疲れたよ」
その言葉に、残った二人も異存はない。
この仕事に慣れた狂太郎ですら、ハードな一日だった。とくに気疲れが、強い。これまでいろいろな世界を渡り歩いてきたが、ここまで何の成果も得られないのは初めてかもしれない。
「ところで、今夜はどこで寝ましょうか? やっぱり、私の家にします?」
「だが、寝る場所はないんだろ」
「え、ええ……。まさか私も、誰かを泊めることになるなんて、思ってもいませんでしたので」
じゃ、やめとくか。
気候にもよるが、ゴミ屋敷に泊まる方がストレスになる場合がある。
ゴミ屋敷には、――奴らがでる可能性があるのだ。
Gの名のつく、あの恐るべき生き物が。
彼女の自宅の散らかりようを考えると、さすがにあそこで寝るのは辛い。
なんか、条例に触れるような展開が待ち受けていそうな気がするし。
悩んでいると、出し抜けに飢夫が、
「ふっふっふ。――お困りかね、みなさん」
と、自己主張。
「ああ、おーけい、もう前振りはもう十分だ。結論からいってくれ」
「なんだ、せっかちだなぁ」
「疲れてるんだよ。ぼくを温かい寝床に導いてくれ」
「ん。わかった。そんじゃ、結論から言わせてもらうと、さっきちょっと、今夜泊めてくれそうな家を見つけてきたよ」
「ほう。事実なら値千金だが」
「狂太郎も知ってる娘だ。ニャーコさん。彼女が泊めてくれるってさ」
「ニャーコ?」
この世界に来て、初めて会った少女だ。
そういえば彼女、先ほど襲撃された時、見かけた記憶がある。
「彼女も事情聴取を受けていたのか」
「そういうこと。……んで、我々が泊まるからってことで、先に帰って準備してもらってる」
「三人も泊まるところがあるのかい?」
「うん。なんでも彼女、――島でも有数の大金持ちだそうだよ。”金の斧”作りで有名な家なんだってさ」
「斧、か」
狂太郎が”ああああ”に振り向くと、
「斧師のネコガミさんといえば、島ではわりと有名ですよ」
彼の邸宅なら、きっと足を伸ばして眠れるでしょう、とのこと。
「ちなみに”金の斧”というのは、ゲーム中でも最高の便利アイテムだ。使えば簡単に木を倒せるし、売ればかなりの額になる」
「へえ。でも金って、噛んだら歯形が残るっていうだろ。そんなに硬度高くないし、斧にしてもしょうがないんじゃ」
「そこはそれ。ゲームってことさ」
「なるほどねぇ」
などと、飢夫からゲームの豆知識を受け取りつつ。
「よし。それじゃあ今夜は、そこで寝るとしようか」
「おっけー。そんじゃ、さっそく行ってみよう」
そういうことになった。
▼
「ところで、”ああああ”ちゃん。一つ聞いて良い?」
「ええ。なんでもどうぞ」
「ひょっとしてこの島、結婚してるのは、ニャーコさんだけじゃない?」
「ええと、……たしか、そうですね。なんでわかったんです?」
「島民の結婚は、けっこうレアなイベントだからねぇ……」
そこで狂太郎が口を挟む。
「それにしても、少し妙だな。けっこう人が住んでるはずなのに、結婚してる人が一つだけなのかい?」
「はあ。……結婚はわりと、変わり者がすること、ですので」
「そうなの?」
何その、極めて独身者に優しい世界。
だが、よくよく話を聞くに、それも納得だ。
なにせここの住人は、子供を作ることができない。故にこの世界において結婚とは、かなり宗教的な色合いの強い儀式らしい。
「へー。なるほど」
確かに、家庭を築けないなら……わざわざ結婚するメリットは少ないのかも。
三人が進む道は、暗い。
街エリアはまだ街頭で照らされているが、”三日月館”と名付けられているニャーコの自宅は、島の北側、――山エリアにあるらしく、足元が暗い中を進む羽目になる。
途中、空がぐずついてきたこともあって、早足で”三日月館”に向かうと、――間もなくしてその建物が姿を現した。
玄関付近に二本、見事な這松が対称的に飢えられた広大な平屋である。この島にしては珍しい瓦屋根のその屋敷はどこか、「外国人が考えた金持ちの日本人の家」という印象だった。
「すいませーん」
三人を代表して飢夫が声をかけると、すぐにニャーコの返事が聞こえた。
「はーい♪ いらっしゃーい!」
彼女はいま、下半身丸出しではない。エプロンをしている。食べ損ねた夕餉の準備をしていたためらしい。確かに性器を露出したまま料理するというのも、不便な話だ。
「ありゃりゃ。こんなおっきい家に、きみだけなの?」
「はいにゃ」
「お手伝いさんとかいないの?」
「いるけど、いまはみんな出払っちゃってて。お客様の分も準備しなくちゃいけなかったのに、良い迷惑だったにゃー」
「別に、気を遣わなくても大丈夫だったのに」
すると彼女、まん丸な目をちょっと見開いて、
「あ、飢夫さんたちのことじゃなくてにゃ。もともと、主人のお客が泊まる予定だったんにゃよ」
「あ、そうなんだ」
「幸い、部屋数だけはたっぷりあるから、同室ってことにはならないにゃ。ご安心を、にゃ」
「……そっか。ありがとう。ちなみにお客人の面子は?」
「ええっとぉ……」
そうして語られた客名は、四人。
”スカンク族”のマダラ。職業、刃物店店長。
名の通り白と黒、縞模様の毛並み。皮肉っぽい性格。
用向きは、新作の斧のデザインに関する相談。
”タヌキ族”のポンポコ。職業、雑貨屋店主。
茶色い毛並み。洒落者。信じられないほどキンタマがでかい。
ネコガミの古い友人。トランプ仲間。
”ビーバー族”のジョン。職業、木こり。
ボロいジャケットに、泥で濡れた茶色い毛。
特注の斧の買い付けの用事。
”イヌ族”のバウワウ。職業、セールスマン。
初期の生産ロットで作られた住人。経年劣化により少し身体の調子が悪い。
家具の売り込みのために来宅。
「……って感じにゃ」
「ふーん」
一瞬、狂太郎と飢夫の二人が、顔を見合わせる。
言葉はなかった。
だが、その視線だけで通じ合えるものがある。
この、……コ●ンくんの同行者になった感じ。
――なんか、また事件が起こりそうな気がする。
あくまでそれは、予感に過ぎないのだが。
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