91話 三日月館殺人事件(予定地)

 狂太郎たちが”三日月館”に足を踏み入れると、まず目の前に三日月型の”金の斧”が二つ、斜めにクロスさせる形で飾られていた。

 

「これ……」

「ちゃーんと、旦那が作ったやつにゃよ」


 ってことは、使えるってことだよな。危なくないのだろうか。

 観るとこの屋敷、あっちこっちにいろいろなデザインの斧が飾られていることに気付く。


「わあ。凶器にはことかかないね、この家! ところでここ、殺人事件は日常的に起こってるかんじ?」

「にゃはは。一度もないにゃ」


 飢夫の皮肉は、ニャーコには通じていないらしい。

 と、そこで、”ああああ”が玄関で少しまごついていることに気付く。


「どうした?」

「あ、いえ、その……ここ、裸足になるんですか?」


 確かにそこは、島では珍しく、靴を脱ぐタイプの家らしかった。


「ああ、ぼくと飢夫にとっては普通のことだから、気付かなかった」


 なんでも、家主のネコガミ氏も日本人らしい。……いや、日本猫というべきか。


「ふええええ。変わった習わしですねぇ」


 戸惑う”ああああ”。「そういえば、ゲームでも靴を脱ぐ描写ってなかったな」とは、飢夫の弁。


「ご安心を。廊下はちゃーんと掃除してますにゃ。汚くないからね」


 と、ニャーコ。

 話の通り、襖に面した廊下はぴかぴかに拭き取られているらしく、毛埃一つない。

 ふかふかした生き物の多いこの世界において、これは大したことだ。

 少々潔癖なところのある狂太郎はそれに満足して、のしのしと屋敷の奥へと進んでいく。


 ”三日月館”はどうやら、ひらがなの「う」に近い形をしているらしい。全体的にぐにゃりと湾曲している。まるで夢の中だけに登場する、不思議な建造物のようだ。

 廊下から外を覗き込むと、「う」の、書き始めの点に当たる建物が見えた。そこは離れになっているようで、本邸から少し離れた位置にあった。どうも離れは、ネコガミ氏専用の作業場になっているらしい。

 見ると、作業場は今も煌々と明かりで照らされていて、炉に灯が入っていることがわかった。


「……ちなみに、ネコガミ氏はいま、なにを?」

「昨日から仕事に籠もりきりにゃあ。斧作りに気合い入ってる時は、私以外、誰も会わないの。だからここんとこ、お客様がみーんな、待ちぼうけを食らってる、ってわけ」

「ふーん。芸術家肌なんだな」


 仕事に集中してるからといって、ちょっとした商談にも出られないようなこと、本当にあるのだろうか。


「当ててみようか。――そのネコガミとかいう人、きっともうこの世にいないよ」

「……飢夫。不謹慎だぞ」


 正直、自分も少し頭をよぎったが。


「アハハハ。安心して。そんなことないにゃ。さっきもちょっとみんなと顔を合わせたばかりだし」

「すいません。失礼なやつで」


 相棒の頭をくしゃくしゃにしてやりつつ。


「気にしないにゃ。――ここのところ、島も変わりつつあるからにゃ。そう思うのも無理はない。……でしょ? ”ああああ”ちゃん?」


 急に話題を振られた少女は、一瞬だけ目を白黒させて、「え、あ。そうですね」と、なんだか冴えない返答をする。


「んもー。なんだか他人行儀にゃあ。昔はよく遊んだのに」

「十年も前の話でしょ。結婚する前の」


 ”ああああ”はちょっと唇を尖らせて、そっぽを向く。

 あとあと聞いたところ、二人はかつて友だちだったが、ニャーコが結婚するとともに疎遠になった仲だという。


 その後、三人が案内されたのは、そこだけ洋風の作りになっている空間で、食堂兼、談話室となっているスペースだった。

 談話室の隅で笑っているのは、先ほど説明を受けた四人の男たちである。

 彼らは案外、この屋敷での待ち時間を愉しんでいるようで、すごろくのようなゲームに興じているところだった。


 それぞれ、スカンク、タヌキ、ビーバー、イヌを擬人化したような姿の彼らは、(やはり下半身を丸出しにした状態で)楽しげに笑っている。


――あいつらが座った椅子には座りたくないな。


 と、タヌキの巨大なキンタマを横目に見つつ。


 室内では、四人の談笑する声が明るく響いていた。

 どうも四人は見知った顔らしく、少なくとも、これから殺し合いが始まるような雰囲気はない。


「うさんくさいタヌキが最初の犠牲者で、真犯人はあの、ちょっと弱気そうなイヌとみた。実は秘密の哀しい過去があって、決死の覚悟でこの場にいるんだよ、きっと」

「いい加減にしろ」


 相棒の尻を軽く叩く。

 四人の先客は、少々不自然なくらいこちらに気付かないような素振りで、ババ抜きに興じていた。


「お風呂が沸いてますにゃ。順番にどうぞ」

「ああ。そうだね。ぼくはどっちでもいいけど」


 狂太郎は油断なくそう言って、


「”ああああ”はどうする?」

「あ、そうですね。今日は汗をかきましたし……」

「よし。それじゃ、行こう。ぼくと飢夫が付き添う」

「えっ。それつまり、さんぴーのおさそいでは……?」

「……一緒には入らない。風呂の前で待つ」

「そ、そっか。ですよねー、あはははは」


 この娘も大概、頭の中がピンク色だな。



 最近建てられたばかりらしい”三日月館”はどこもかしこも新しく、狂太郎にはそこが、そこそこ値の張る旅館のように思えた。


 何か異常があったら、すぐさま大声を出すことを”ああああ”に伝えて、――脱衣所の扉前に籐椅子を二脚、配置する。


 ここまでするのは過保護のように思えたが、”ああああ”の周囲はどうも、きな臭いことが多い。

 気をつけるに越したことはない。そう思えたのだ。


「うおおおおお……このお風呂、純金でできてるーっ。すごーい」

「足も伸ばせるなーっ。これなら、二、三人……いや、五、六人は入れるなー」

「あのー。せっかくですしお二人も、ご一緒しませんか?」

「あのその。私こう見えて、けっこう脱ぐと凄いんですけどー?」


 などという、小娘の妄言を無視しつつ。


「それにしても、――ゲームの世界でも、金の斧というのは、そこまで儲かるものなのかい」

「そうだねぇ」


 と、思いついた話題をぽつり。


「正直、そこまで効率はよくない。金鉱石の出現確率は低いからね。ネコガミ氏はよっぽどうまいことやったんだろう」

「そんじゃ、ゲーム的に一番稼ぎがいいのは?」

「そりゃ、カブだよ」

「カブ? 株ってあの、株かい」

「狂太郎が思い描いてるのとはちょっとちがう。『かいもり』の世界では、野菜の方のカブを売るんだ。現実の株式取引のパロディでね」

「へえ」

「ちなみにカブのアルゴリズムは完全に解明されているから、簡単に利益を出すことができる。一度取引が軌道に乗れば、毎週倍々ゲームであっという間にお金はカンストするくらいだよ」

「すごいな。――現実も、それくらいチョロかったらいいのに」

「だねー」


 と、シェアハウスに住む者たちの間ではもっとも稼ぎのいい飢夫が笑う。

 そこで狂太郎は、ずっと気になっていた疑問を口にした。


「なあ、飢夫。なんできみは、”日雇い救世主”なんかになったんだ」

「え? 今さら、それきく?」

「ああ」


 狂太郎たちが住むシェアハウス内において、――この男の稼ぎは群を抜いている。こんな危険な仕事に就く理由はないのだ。


「一つは、好奇心。仕事とは言えゲームの世界に行けるなんて、楽しいじゃない」

「だが、――楽しいことばかりじゃないということは知っていたはずじゃないか」


 我が家にいるもので、狂太郎と殺音の仕事について詳しく知らないものはいない。食事時を含めて四六時中、筆者が二人を質問攻めにしているせいである。


「もう一つは?」

「もちろん。――この仕事が、どれくらい危険かを確かめに、ね」

「なんだそりゃ」


 思わず、少し半笑いになる。

 だが、この女顔の友人は大真面目だ。


「わたしは、狂太郎に死んで欲しくないんだ。苦しんで欲しくもない。……わたしは、あの家に住むみんな、家族だと思ってる。家族の問題は、放ってはおけない。そうだろ」

「ふむ」


 そういうことか。

 シェアハウスの面子の中で、飢夫ほど思い入れの強い男はいない。

 そもそも、あの家にみんなで暮らすこと自体、彼が中心となって行ってきたことだ。


――結婚に向かない者たちの、憩いの場所になるように。


 それが、あの家のコンセプトである。

 飢夫には家族がいない。……いや、正確に言うといるが、ほとんど絶縁状態になっている。そのためだろう。彼が人との繋がりに固執するのは。


「安心しろ。ぼくは死なないよ」

「そうかなぁ? 今日一日、見てたけど君、結構危なっかしかったよ?」

「そういう日もある」


 適当に誤魔化して、狂太郎は席を立つ。

 ”ああああ”が風呂を上がってきていることに気付いたためだ。

 どうやら、風呂に危険が潜んでいるようなことはなかったらしい。


「心配しなくともすぐに、快刀乱麻を断つ活躍を見せてやる。――あんまり、きみのリスナーを待たせるわけにはいかないしね」

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