77話 ノーパン主義者たち
「わあああああああああああああああああああああああああああ!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「わ、わ、うわあああああああああああああああああああああっ!」
「ヒエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
同時に悲鳴を上げて、二人、顔を見合わせる。
「……って、いつまでもびっくりしてないで! はやくこれ、やっつけてにゃあ!」
しかし狂太郎、それどころではない。
業を煮やしたらしく、目の前の娘はその素早い身のこなしで、ぴょん、ぴょんとその場を離れた。
「……フナムシ、キモチワルイにゃ!」
確かに言われてみれば、彼女がいた場所周辺には数匹、フナムシが蠢いている。
「フナムシだけは苦手なんにゃ。はやく追っ払ってにゃ!」
「え? あ、ああ……」
狂太郎はとりあえず、フナムシがいる辺りで地団駄して、奴らを追い払う。
「助かったー! ありがと、にゃ!」
「お、おう」
そして狂太郎は、視線を明後日の方向に向けた。
無論、この男が悲鳴を上げた理由は、気持ち悪いだけの無害な虫に怯えたためではない。
「っていうか……きみ……その……」
一瞬、言葉に詰まる。
狂太郎が驚いているのは、――この世界の住人のデザインが、彼の想定とかけ離れていたことによる。
まずそれに関して説明する前に、この世界の元となったゲームについて解説しておかなければなるまい。
『おいでませ かいぶつの森』。
『かいぶつの森』、『かいもり』シリーズとして知られているコンピュータゲームの最新作である。
これは、二頭身に可愛くデザインされた動物たちとほのぼのとした生活を送ることを目的としたコミュニケーション・ゲームだ。
登場する動物たちの種類は多岐にわたり、それぞれ性格にも個性がある。
プレイヤーは基本的に何をするのも自由で、畑を耕したり、裏山を探検したり、家を改築したり服をデザインしたりして、村でのスローライフを満喫するのだ。
……と、ここまではいい。
この程度の知識は狂太郎も知っていた。
だが想定と違ったのは、いま彼が見ている村人の、――頭身、である。
『かいもり』の世界において、村の住民は皆、二頭身で可愛らしく表現されている。
だが狂太郎の目の前にいる彼女は、――7~8頭身。要するに、我々の世界の人間とそう変わらなかったのだ。
「助けてくれて、ありがとにゃ。ニャーコは、ニャーコっていうにゃ。以後、よろしくにゃ」
「あっ、はい……って! いやいや、そのまえにきみ!」
「ん?」
「その格好、――恥ずかしくないのか?」
「格好? 夫にもらったオキニのシャツだけど。似合わんかにゃ?」
「いや、そこじゃない」
そこで狂太郎、数秒ほど喉を詰まらせたようになって、――ようやく核心を突く。
「きみ、オマ○コ丸出しだけど、いいのか?」
出会い頭に悲鳴を上げた原因は要するに、それである。
デフォルメされた動物キャラは時に、履いているものを省略されることがある。
――が。自分と変わらない頭身の女性が下半身を露出しているのは、流石に不気味に思えたのだ。
一応、筆者側からフォローさせてもらうと、狂太郎が指摘するほどニャーコは淫靡な格好ではない。確かによく見れば性器を露出させてはいるが、ふさふさの毛に覆われているのでそれほど無防備だというわけではない。ゴリラやオランウータンの下半身が気にならないのと同様に、慣れの問題だと言えないこともなかった(※3)。
いずれにせよ目の前の猫耳少女は、ちょっぴり首を傾げるだけで、
「パンツは履かない主義なのにゃ」
「そうか。……主義、なのか」
目のやり場に困りながら、狂太郎は水平線に目を向ける。
数秒だけさざ波の音に耳を傾け、その精神的ヒーリング効果を享受してから、
「なんか一瞬だけ、何もかもどうでも良くなってたけど。……最近ここにきた、紫髪の優男を見なかったかい?」
「優男? ”ニンゲン族”の?」
「そう。その、人間の、だ」
「それならきっと、ウエオのことにゃんね?」
「そう。知ってるのか」
「うん。もちろん知ってるよ。島は狭いから。新しい人はすぐ話題になるにゃ」
「よかった。もし良かったら、そいつのところまで案内してくれないか」
「いいよ」
親切な娘で良かった。
狂太郎はホッとして、
「奴がどこにいるか、心当たりはあるかい」
「うん。というかぶっちゃけみんな、彼の話題でもちきりにゃん」
「ほう」
「ウエオはいま、刑務所にいるにゃ」
「は?」
「あいつ、島に来てから最速でムショ入りしたにゃ。わろける」
▼
”オオカミ族”が常駐する玩具のような交番と、その地下に併設された簡易拘置所に向かうと、――牢屋の最奥にて、愛飢夫はしょんぼり三角座りになっていた。
狂太郎は、見慣れた同居人が仕事場にいることに違和感を憶えつつ、
「何やってんだ、お前」
「……やあ狂太郎。来てくれたか。ようこそ我が家へ」
「何を、やってるんだ、お前は」
「見ての通りさ。牢屋の中で一人、寂しく過ごしている」
「何を、――やったらそうなるんだ」
三度目の言葉でようやく、質問の意味を悟ったらしい。
「いろいろ言いたいことがあるがまあ、結論から言うと、――ちんこ出したまま往来を歩き回ったんだよ」
「なんだと?」
「ほら、この世界の住人って、下半身丸出しの連中が多いだろ。だからてっきり、そうするのが礼儀なのかと思って」
「……そうじゃなかったのか?」
「うん。なんでも”ニンゲン族”は下半身を露出しちゃいけない決まりらしい。言われてみれば、ゲームでもそうだったものな」
彼なりに、郷に入っては郷に従ったつもりだった、と。
「あと一回、堂々と裸になってみたかったし」
「――うん。知ってた。そっちが本音だろ」
「えへへへへ」
飢夫の奔放さに詳しい狂太郎は、苦い表情でこの男を見下ろす。
「ちなみにお前、いつ出られるんだ」
「わからないよ。たしか『かいもり』の設定だと、別のプレイヤーが保釈金を支払えばよかったはずだけど」
なお飢夫は、この手の”可愛い系”ゲームの知識は一通り揃えている。
女の子と話を合わせるためが半分、もう半分は単純に、本人の趣味だ。
みんながドラゴンボールに夢中になってる間、セーラームーンを観ているタイプの男だったのである。
「ではしばらく、そこで反省してなさい」
「えっ。ちょっと待って。助けてくれないの?」
「きみ、いまなんの能力もないんだろ」
「そうなんだ。なんか、シックスくん側で手違いがあったらしくてさ。《まりょくⅩ》とかいうのを授かったが、何も機能しないの」
「そうか……」
《まりょくⅩ》。
話によるとその能力は、
『その世界に存在するあらゆる魔法を、無制限に使うことができる』スキル
だったはず。
だが、『かいもり』の世界には”魔法”の概念がない。
そのため飢夫は今、完璧な普通人としてこの場所にいるのであった。
「こんなことだったら、《みりょくⅩ》にしとくんだったなぁ。しっぱいしっぱい」
「ぼくはてっきり、飢夫が”日雇い救世主”になったら、きっと《みりょく》を選ぶと思ってた」
「いらないよ。だって私の魅力値はもう十分……高いからね♪」
そう言って「ばちこーん☆」とウインクするこの男(35歳独身)は、――これまで、数多の男女の人生を狂わせてきたことからもわかるとおり、確かに魅力的だ。
だが狂太郎、彼の
「――ここが安全だと判断したら、また迎えに来る。それじゃあな」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※3)
実際、狂太郎は、この物語の後半になるにつれ、この世界の住人が一人残らず下半身丸出しであるという事実が気にならなくなっていたらしい。
(※4)
これは余談だが、筆者はしばらく、二人が恋人同士だと思い込んでいた時期がある。
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