76話 同居人はVtuber
「飢夫が……この世界にきているのか」
「はい」
「どうしてまた、そんなことに」
「たまたま、彼にも才能があったんです。……ので、スカウトしました。ぺこり」
「スカウトって」
狂太郎、少し眉間を揉む。
「商売は、身内で回すのが良いと聞きますので」
「いつの時代のビジネス論だ、それは」
「そんなに昔ではありません。百年とちょっとくらい」
「じゅうぶん古いぞ」
すぐそばにおあつらえ向きのビーチチェアを見かけて、腰を下ろす。
こんなものがあるということは、そこそこ文明が発展した世界であるということだろう。
そういえば
「なんだか、バカンスに来てるみたいだな」
「とはいえ、この世界にも”終末因子”の反応がございます」
「まあ、でなきゃぼくたちが派遣されてこないからな」
「ちなみにここ、――『おいでませ かいぶつの森』というゲームの世界だそうです」
「『かいもり』の世界だって?」
驚き、目を見開く。
というのもそれ、シェアハウスの女性陣全員が最近凝っているゲームであったためだ。
自分で遊んだことはないものの、その世界観に関してある程度の知識があった狂太郎は、
「……あの、牧歌的な世界観の、どこに”終末因子”が潜む要素があるんだ」
「さあ? さすがに、そこまでは」
「そこから先は、ぼくの仕事ということか」
「あなたと、飢夫さんの仕事です」
「訂正されずとも、わかってる。……ちなみに飢夫は、今回の仕事が初めてなのか?」
「はい」
では、なんの特殊能力もなしに異世界に放り出される羽目になっているわけだ。
きっと苦労しているだろう。シックスが焦る理由もわからなくもなかった。
「わかった。とりあえず今は、合流を急ぐ。――他になにか、知っておくべきことは?」
「……一つ、あります」
「なんだ」
「この世界、――大気があります。《すばやさ》を使う際はお気をつけを」
「……大気。そうか」
なんとなく、そんな気はしていた。
この世界の空気は、スキルの力で擬似的に再現されたものではない、――本物の味がしたのだ。
「すばやさの段階でいうと……」
「音速以上、――Ⅸ、Ⅹを使うと即死する可能性があります。Ⅷでも、よほどゆっくり動かなければ厳しいかもしれません」
「わかった。気をつける」
足りない分は、経験でカバーするしかあるまい。
「それでは」
そう言って消えて行くシックスに手を振って、すぐさま《すばやさ》を起動。
友人の捜索を開始する。
▼
ここで、「愛 飢夫」という、筆者とも共通の友人について語っておこう。
とはいえ飢夫は、こと「知名度」という点においては我らがシェアハウス内ではワンランク格上の存在であるため、少しだけブラフを混ぜさせていただくことをご了承いただきたい。
まず、結論から言うと、――飢夫はいわゆる、バーチャルYouTuber(※2)という仕事に就いている。
より正確に言うと、「声優崩れの」バーチャルYouTuberだ。
声優めざして上京したはいいが鳴かず飛ばずとなり、半ばやけくそ気味に始めた配信活動が大ヒット……という、ネットで調べれば他にも例がありそうなライバーの一人である。
そんな飢夫の声と容姿に関して言わせてもらうと、――『性別を間違えて生まれてきてしまった男』とでも言おうか。
まず頭に、”美少女”という概念的な存在を思い浮かべていただきたい。
次に、その存在に肉付けを行っていく。
目は大きく、ヘーゼル色の瞳。
小ぶりであまり主張しない、小さな鼻。
顎に丸みのある、少し幼い印象の輪郭。
そこに、妖艶な雰囲気をひとつまみ。皮肉っぽい口元をプラス。
髪型を気持ち長めのボブ・カットにして、髪色を暗めの紫にして欲しい。
すると出来上がるのが、愛飢夫という男だ。
神様の配合ミスで生まれたとしか思えないこの男は、どうみても二十代後半の脂ののった童顔系美女、という雰囲気を纏いながらもその正体は、齢35のおっさんであった。
それだけの美貌を持つのだから、――むろん、モテる。女にも、男にも。
筆者は、この男の交際相手が三人以下になった時期を知らない。この男の存在のお陰で、我らがシェアハウスでは『室内での交尾厳禁(死刑)』というお触れが出たくらいだった。
飢夫との親交を深めていく上で、我ら同居人が得た学びが、一つある。
男とか、女とか。
性格の善し悪しとか、浮気するとかしないとか。
ぶっちゃけもう、どーでもよくね? 可愛ければ。
と。
飢夫にまつわるエピソードは枚挙に暇がない、が。
厳選して、その中の一つを紹介しよう。
ある日のこと。(これは実際、しばしばあることなのだが)飢夫に彼女を寝取られたという男が、我がシェアハウスに殴り込んでくるようなことがあった。
男は怒り狂いながらリビングに上がり込み、飢夫を出せという。
やむを得ず彼を部屋に案内すると、そこには、寝起き姿の飢夫が。
飢夫は、嫉妬に狂う彼を喜んで自室に受け入れ、――その後、何らかの”説得”を行った。
それから数日後。
一人の女が、我がシェアハウスに殴り込んでくることになる。
彼女は、先日我が家に訪れた男の写真を指さして、こう言った。
「私の彼氏が寝取られた」
と。
要するに飢夫は、それまで完璧にノンケだった男でも平気で目覚めさせるほどの美貌を持つ、ということである。
実際、我が家に出入りした野郎どものおおよそ90%が、奴に一度は恋をする、というデータも出ていて、――いやはや。雌として生まれてきた我々にはどうも、立つ瀬がない。
閑話休題。
仲道狂太郎に視点を戻すが、……彼は、この世界での《すばやさ》の使い勝手に慣れるまで、少々時間が掛かっていた。
――思ったよりこれは、辛い、な。
息を切らして、屈伸運動。
加速するたびに、空気が粘土のように感じられている。
空気が、思ったように肺に入らない。目が痛い。
――ゴーグルを持ってくるべきだった。くそ。
以前、雨の中で加速する羽目になった時があった。
だがその時はほんの短い時間だったから、それほど気にならなかったのである。
とはいえ、いつまでもこうしている暇はない。
もし、飢夫に何かあった場合、――仲間にどう申し開きすればいいのか。
狂太郎はとりあえず、《すばやさ》を5段階目……通常の二倍のスピードで飢夫の捜索を始める。
「『かいもり』の世界なら、魔物なんかは登場しないはずだが……」
思いつつ、海岸線を進む。
ビーチチェアがあるくらいだから、人里は近いだろう。
そう信じて生き物の気配を探っていると、――思ったよりも早く、人影に出くわす。
そこで狂太郎、以前探索した『ハンターズヴィレッジ・サガ』の世界に比べれば、この島がほぼ、小指の先くらいしかないと知る。
――よし。第一村人発見、と。
上着の埃を払いながら、狂太郎は村人へ近づいていく。
と、その時だった。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
絹を裂くような悲鳴が、加速した世界に響き渡る。
「――ッ?」
驚き、小走りに駆けた。また何か、トラブルが発生した。そう思ったためだ。
だが、そこに見える光景を目の当たりにして、
「わああああああああああああああああああああああああああ!」
悲鳴を上げる羽目になったのは、狂太郎も同様であった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※2)
バーチャルYouTuber。
わざわざ解説も必要ないかもしれないが、知らない人のために一応解説させてもらうと、――コンピューターグラフィックスのキャラクターを用いて動画配信を行う人々の総称である。
「性別や外見の壁を越え、なりたい自分になれる」ことが大きな魅力であり、 飢夫もその”良さ”に取り付かれた者の一人らしい。
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