78話 ケモノの街
飢夫を放置し、街へ出る。
そこでようやく、『かいぶつの森』世界を観察する余裕ができた。
牛やタヌキ、イタチにスカンク、イヌ、果ては常人より二回りほど身体の大きい、象やキリンなど。擬人化された動物の群れが、それぞれの目的を持って、通りをぶらぶらしている。
彼らは皆、ちらちらと狂太郎に視線を送っていた。
どうも、突如として現れたこの異邦人に興味津々らしい。
狂太郎はしばし、目を細めて、
――ハロウィンの時期の新宿……の、予算が掛かってるバージョンだな。
と、想う。
その場に、人間らしいシルエットはひとつとしてなかった。皆が皆、頭にかぶり物をしているように見える。
狂太郎はその時知らなかったが、プレイヤー以外の”ニンゲン族”というものは基本的に存在していない。
NPCはみな、何らかの動物を擬人化したキャラクターなのだ。
一般に、ケモノ系キャラクターは、四、五段階ほどで定義づけることができるという。
以下に、著者が個人的に行った定義を掲載させてもらうと、
【第一段階】
身体の一部分(耳、尻尾など)にのみ動物的な特徴が見られる。そこ以外はほとんど人間と変わらない。
例)『けものフレンズ』など
【第二段階】
全身が毛深くなり、顔の形状がかなり動物寄りになる。
服を着ている点、二足歩行を行う点、道具を使う点を除いて、ほとんど人間らしいところは見られなくなる。
例)『アンパンマン』、『かいけつゾロリ』、『しまじろう』など
【第三段階】
頭身が元の動物に近くなり、二~四頭身のものが大半となる。
帽子を被ったりチョッキを着ていたり二足歩行したりと、人間らしい特徴が見られる場合も多い。
例)『どうぶつの森』シリーズ、『平成狸合戦ぽんぽこ』など
【第四段階】
我々の世界で見られる動物にぐっと近くなる。
ただし、目や感情表現などに人間らしい点が見られ、多くの場合、人語を理解、場合によっては話したりなどする。
例)『とっとこハム太郎』、『トムとジェリー』など
【第五段階】
我々の世界で見られる、一般的な動物。架空生物なども含まれる。
基本的にしゃべったりはしないが、ときに人間並みの知能を有することも。
例)『動物のお医者さん』など
「しかし、――やはり、股間を隠していないのには違和感があるな」
「そーお? ファッションなんて、その人それぞれだとおもうけどにゃあ」
「パンツ履くかどうかはってもう、個人のファッションとかそういうレベルの問題じゃない気がするが」
傍らには、案内人を申し出てくれたニャーコがいる。
「だいたい、本当に”人それぞれ”だというなら、”ニンゲン族”が股間を隠さなくてはならない理由にはならない」
「それは……言われてみれば、ちょっと変にゃね。おまたのところの毛が薄いから、かしら」
「そうかぁ?」
狂太郎は、いまぶらりと目の前を通りがかったブタ面の男の、――股間にぶら下がった立派なイチモツを横目に、ため息を吐いた。
――飢夫が勘違いするのも無理はないか。
これまで、いろんなところの”異世界バグ”を目の当たりにしてきたが、この世界のは特に強烈だ。
『かいぶつの森』世界の住人は元々、ケモノキャラの段階でいうと【第三段階】である。
二頭身のキャラクターを、無理矢理【第二段階】に魔改造したが故に、このように奇妙奇天烈な事態が発生しているのだと思われた。
「まあ、いいや。……ええときみ、ここ最近なんか、妙な事件とか起こらなかったかい」
「ウエオっちがちんぶらした事件以外で?」
「そう。その事件以外で」
「うーん……一件、――あったかにゃ」
「なんだい?」
「殺人事件」
「――は?」
「だから、殺人事件がおこったんにゃ。人殺し。でも、犯人はまだ捕まってない」
「ほほう」
「ちなみにウエオっち、容疑者の一人にゃ。事件があった日、トツゼン島に現れたから」
「なんと。そうだったのか」
なんとも間の悪い……。
とはいえ、飢夫はわりとそういうところがある。
意図せず友だちの想い人を寝取ってしまったり。
意図せず想い人の友だちを寝取ってしまったり。
誰よりも人の心の動きに機敏なくせに、根っこのところで鈍感なのが、愛飢夫なのだ。
「それはわかった。――ちなみにもっと何か、大きな問題はないかい」
殺人事件そのものは大変なことだが、それが直接、世界の終焉に繋がるとは考えにくい。
「大きな、問題?」
「うん。例えば最近、ものすごい疫病が流行ってる、とか、世界を滅ぼすべく邪悪な魔王が活動を始めてる、とか。……宇宙人が攻めてきそう、とかでもいい」
「なにそれ?」
「実を言うと、ぼくと飢夫は、そーいう恐るべき危機に対抗するために現れたのだ」
「はあ」
ニャーコは、しばしヘンテコな顔をして、
「知ってる? あなたみたいな人のこと、
「…………。どう思われてもいいが、質問には答えてくれ。世界が滅びるような、そんな危険な兆候はないのか」
「ない。……と、言いたいところにゃけど。この島は辺鄙なところだからねえ。案外、地球の裏側ではそーいうことが起こってるのかも」
「そうか」
となると、ほぼ手がかりはなし、ということになる。
狂太郎は少し肩を落として、
「参ったな」
と、嘆息した。
「まあまあ♪ こまけーこと気にして、ここで暮らしを愉しまないのは損、にゃよ。×××村はいーとこ。一度はおいで♪ あ、どっこいしょ!」
「……ここは、観光地なのかい」
「ま、そんなとこね。ちょっと山へ行けば温泉もあるし」
「そうか。温泉」
それは良いことを聞いた。
狂太郎、どこかのタイミングで必ず、温泉に浸かってやろうと思っている。狂った世界で、それくらいの役得はあってもいいはずだ。
狂太郎はしばし、剃り残しのあるヒゲを摘まんだりして、思索に耽る。
――しかし、……しっかり者のシックスくんが、”終末因子”とまったく無関係な場所に転移させてくるとは思えないが。
そして、『かいもり』の乏しい知識から、
「なあ、ニャーコくん」
「なーん?」
「この……×××村だがな。ぼくと飢夫の他の、ホモ・サピエンスはいないのか」
「ホモサピ……? ”ニンゲン族”にゃ?」
「そうだ」
「それなら、一人だけいるにゃよ。”ああああ”って子」
「――すまん。なんだって?」
「”ああああ”」
酷い名前だ。だが、これで確信が持てた。
――恐らくその”ああああ”が、この『かいぶつの森』世界のプレイヤー。”主人公”役ということだろう。
「ではその、”ああああ”に会わせてくれ」
「おっけー」
どこまでも気の良いニャーコは、柔らかそうな尻尾をふりふり、狂太郎を先導する。
途中、
「ここがタヌキの雑貨店にゃ」
「ここがコソデちゃんが経営してる、洋服屋さん」
「あっちがさっき行った、”オオカミ族”の交番で」
「こっちはナマケじいさんのいる役所にゃ」
「キュウビおばさんが仕切ってる、博物館に……」
「クリオっちの魚屋さん。うまいお魚がいっぱいにゃ。じゅるり」
など、など。村の施設を順番に案内してもらいながら。
「……んで。ここが噂の”ああああ”のおうち、にゃ」
そこで二人が目の当たりにしたのは、――ゴミ、ゴミ、ゴミ。
大量の不要品の数々である。
腐ったカブに、虫かごに入れられたまま死んだカブトムシ、壊れかけのスコップ、金の斧、雨ざらしにされて腐りかけた木の家具、などなど。
よく見たら、地面に放り出したまま放置された金貨まである。
狂太郎は眉間に皺を寄せ、
「なんだこれ」
と、訊ねた。
ニャーコはちょっぴり笑って、
「だから、”ああああ”のおうちにゃ。――まあ、ゴミ屋敷、って言い換えてもいいと思うけれど」
狂太郎、腐った果物が放つ特有の臭気に鼻を摘まみながら、
――いまからここに入っていくのか。
恐るべき怪物と対峙するより、こういう不潔さの方が堪える時がある。
「やれやれ」
どうやらこの世界の冒険も、一筋縄にはいかないようだ。
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