74話 ハッピーエンド

【109:45:29~】


 はい、そこまで!


「――なッ、く、くそったれ!」


 くそったれはこっちのセリフだ!

 顔がすごい……すごい痛かった! 思い切り顔面に雨が叩き付けて……。


「縄を解け……! おのれぇぇぇ……裏切り者め!」


 ウラギリモノ?

 えっ、何それ、怖いんだが。

 ぼくがいつ裏切ったんだ。どういうねじくれた解釈をすればぼくが裏切ったということになる。


「お前、味方のふりして現れたくせに、オレを助けにこなかっただろーが! すぐ助けに来るのが、普通だろうが!」


 えええええ……。

 ぼく、言うほど味方ポジションだったか?

 それに味方だとしても、無関係なお婆さんを殺した時点で見限られても仕方ないだろ。


「訳のわからんことを言うな! お前が助けに来るのは、義務だろうが! お陰で俺は、三日も時間を無駄にしたんだぞ! 三日。ふざけるな!」


 ……。

 …………いかん。ちょっとだけ、倫理観の違いにめまいが。


 いやいや。お前、人を殺したんだぞ。

 捕まるのは当たり前だろ。


「馬鹿言え……。俺は……俺は、これまで一度だって、捕まったことなんてなかった。何百人、何千人も殺してきたが、こんな目に遭ったことなんてはじめてだッ」


 はじめて、だと?

 そういえばきみ、”復讐代行”が仕事だったはずだな。

 まさかとは思うがこれまで、人殺しが公になったようなことは……。


「はあ? そんなの何度でもあるに決まってるだろ」


 それなのに、――まだ一度も捕まっていない?

 それ、本当なのか?


「なんだよ。そんな目で俺を見るな」


 ……ちょっと待て。すこし考える。

 ………………ふむ。

 だんだんわかってきたぞ。きっとこれも、”異世界バグ”の一種か。


「何を、言って、――」


 少し黙ってろ。

 恐らくだがきみ、実はそれほど優秀な殺し屋じゃないな。


「は、あ?」


 よくあるんだ。

 この手のステルス・アクションのあるあるクリシェでな。

 「こんな動き、プロはしねーよ!」「敵兵、無能すぎ!」「ゲノム兵は視覚と聴覚が鋭い(笑)」みたいなやつ。


「どういう、意味だ」


 だから、黙って聞け。

 ぼくはいま、きみが「裏切られた」と思う理由を説明してる。

 ……要するにきみは、騙されてきたんだ。ずっと。

 何に? と問われると、にとでも言おうか。


 それもこれも、全ては『アサシンズ・ブラッド』という物語ののために。

 きみはきっとこれまで、数多くの失敗を経験してきた。

 倫理にもとることも山ほど行ってきただろう。

 だがそれらは全て、無視されてきたんだ。

 それもこれも、――この、”復讐劇”と言う名の物語を再現するために。


 おかしいとは思っていた。

 きみみたいな犯罪常習者が、――街のすぐそばで暮らしているという事実に。

 そのことに、泥男マッドマンを始めとする憲兵隊員が、誰も違和感を覚えてないという事実に。


「はっきり言って良いか?」


 ん?


「お前が何を言ってるか、ぜんぜんわからん」


 んー……、まあ、そうだろうな。

 要するに、簡単に言うと、こうだ。

 きみはこれまで、神の見えざる手によって保護されてきた。


「………………」


 その感じだときみは、これまでずっと、他者を食い物にして生きてきたんだろう?

 他人がみんな、馬鹿に見えて仕方がなかった。そうじゃないのか?


 だが、きみの解釈は間違っている。

 きみが優秀なんじゃない。


 世界の方が、――んだ。


 そうでないと、『アサシンズ・ブラッド』というゲームの再現という、この世界が創られた目的そのものが果たせなくなってしまうから。


 だが、死者の女王グール・クイーンが自らの死を偽装したとき、その目的も果たされた。

 きみを保護していたものは消え去ってしまったんだよ。

 もうこれからは、今までのようにはいかない。

 きみは、……生き方を考え直さなくちゃいけないんだ。


「……………」


 説明は以上。

 わかってくれたかい。


「…………………zzzzzzzz」


 おい。


「……………………ぐう」


 嘘だろ、お前。


「…………んあ? いまおまえ、なんか言ったか?」


 いやそれ、主人公キャラがよくやるやつだけども。

 この状況下で寝るなよ。一瞬前まで怒ってたのに。

 感情の起伏がわからんやつだな。


「それより、はやく縄を解け! お前を殺してやる!」


 すごいな。そしてまた怒り出すのか。赤ちゃんかよ。

 ……まあ、いいや。

 きみはこれから、牢屋行きになる。

 その後は、死者の女王グール・クイーン次第だな。

 彼女の交渉次第で、きみの残りの人生がどうなるか決まるだろう。


 何で負けたか、明日までに考えておくことだ。

 そうしたら、何かが見えてくるはずだからな。

 ほな。


【~109:50:49】



【109:52:12~】


 よーし。ミッションコンプリート。

 予定の時間から八分も余裕がある。

 やっぱ優秀じゃないか。ぼく。

 ってわけで、あとは頼んだぜ、泥男マッドマン


「ああ。――いろいろと世話になったな」


 お互い様だ。

 いろいろ歪みを抱えたこの世界だが、――これから、少しずつ善くしていってくれ。


「わかってる。貴様のことは、我が家に語り継ぐこととしよう」


 はははっ。

 我が家といっても、きみの代で途絶えるんじゃないか?


「ん? いや、そんなことはないと思うぞ。子供は五人いるし、いずれも健在だ」


 ……えっ。

 おまえ、嫁さんいるのか。


「ああ」


 それなのに、夜な夜な……女体化を……?


「男には時に、そういう時間が必要なのだよ」


 ……あっそう。

 まあいいや。ぼくはそろそろ……。


(この時、雨音に紛れて、「ダーリン!」という声が聞こえる。

 死者の女王グール・クイーンのものだ。

 彼女は、憲兵が静止するのも聞かず、ディックマンの拘束を解いたらしい)


 え。


(喧騒。雨音が強くなる。悲鳴が上がる)


「ダーリン、……やめて……」

「死ね! 死ね! 死ね!」


(怒号。雷鳴。豪雨)


 おまえ、何を……っ!


「見てたぞ! ずっと見てたんだ! おれ以外の男と話す女なんて……いらない!」


(再び、怒号が飛び交う)


(録音はここで途切れている)


【~109:56:12】



【??:??:??】


 ええと……はい。

 はい。了解です。

 仕事は、終わりました。終末因子は完全に排除されました。再発はもう、ありません。


 死者の女王グール・クイーンは、死にましたよ。


 ある意味、最高のハッピーエンドと言えるのかも知れませんね。

 あくまで、あの世界に住む、大多数の住民にとっては、ですが。


 ”主人公”役、ですか?


 殺されは、――しませんでした。

 泥男マッドマンによると、奴は投獄されるそうです。

 それが、彼女クイーンとの約束でしたし。


 食屍鬼グールたち、ですか?

 ああ、それは大丈夫みたいです。

 みんな、女王を失って落ち込んでましたが、彼らは彼らで、うまくやっていくでしょう。

 そもそも、根っこのところが大人しい連中ですから。


 はあ。はあ。……なるほど。今回の録音。

 せっかくだし、保存しておいてください。


 ……ええ。

 成功例より、失敗例を残した方が、学ぶところが多いと思いますし。

 特に、”主人公”役の扱いは難しい。

 今回は、ぼくのスキルがあったからなんとかなりましたけど、他の”日雇い救世主”だった場合、殉職していてもおかしくなかった。


 それに、今回の一件はきっと、あいつもお話にしてくれないだろうし。

 ……え?

 ああ、こっちの話です。

 ぼくの話を、小説にしてくれる友だちがいて。

 あいつはどうも、ぼくをスーパーマンか何かだと思ってる節がありますから。


 ……はい、はい。

 了解しました。また、機会があればいつでも。

 それでは、また。ファイブさん。


 造物主殿によろしく。





         WORLD1943 『復讐の結末』

                      (了)




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※ 筆者による後書き)

 今回の記録に関して一つだけ、補足しておくべきことがある。

 というのも、後にファイブさんが気を利かせて、死者の女王グール・クイーンについて教えてくれたためだ。


 なんでも彼女、今は山奥の村で、仲間と共に暮らしてるらしい。


 確かに一度、死ぬ羽目にはなったが、……まあ、それも一つの人生経験ということで、今ではすっかり受け入れてるようだ。

 受け入れているというのはまあ、要するに、――食屍鬼グールとしての新たな生活を、である。


 私が何より喜ばしく思うのは、例のあの、腐れ主人公役のディックマン氏とはいま、完全な縁切り状態にある、ということ。

 まあ、腹にナイフを突き立てられれば、百年の恋も冷める、か。


 ファイブさんはついでに、彼女の一言メッセージを記録しておいてくれた。

 以下は、その内容の全文である。




『……ふむふむ。はあはあ。

 この機械に向けて話せばいいわけ? わかった。


 えっと。……ハロー、救世主メシアさま!


 あちしいま、元気に暮らしてるよ。、ね。

 もし機会があったら、また会いましょ。

 あなたとはまだ、話したいことが、いーっぱいあるから!』




 これを聴いた狂太郎は、ずいぶん苦い顔で謙遜していた、が。


 筆者はこれも、一つのハッピーエンドだと思っている。

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