73話 色即是空

【109:32:17~】


 あ、……はい。了解です。三十分が限度、と。

 オーケイです。絶対にそれまでには。

 うん……うん。あ、いや、それはないっす。別に、個人的な感情は……。

 ただ、このまま放っておくと危なっかしくて。

 最悪、”終末因子”が再発生する可能性もあるので。

 やはりここは、ハッピーエンドを、と。


 あ、はい。了解です。三十分。

 必ず。


 ……よし。


「良し、じゃないが」


 十分、良しだ。

 ファイブさんはこう、ちょっぴり絡みにくいところがあるから。


「虚空に向けて話していたようにしか見えんが」


 そういう、ナンデモアリ魔法パワーを使う連中が、ぼくの上司なんだ。


「ふーん。救世主サマもいろいろ、大変なんだな」


 まあな。


「いずれにしても、上司の了解は得られた、と?」


 そういうことだ。


「では、破れた本のような結末にはならないんだな」


 ああ。続行だ。だが可能な限り早く。


「わかった。それでは、貴様が虚空に向けてぺこぺこしてる間に立てた作戦で行くぞ」

「具体的には?」

「基本はさっき考えた作戦と変わらない。方陣を組んで奴に接近する。ここぞというタイミング散開し、奴を取り押さえる。……ただし方陣を組む貴様以外のメンツはみな、食屍鬼に務めてもらう。ちなみにきみは、《化猫の杖》で食屍鬼に化ける。やつには見分けがつかない」


 なるほど。少しマシな感じになったな。

 しかし、食屍鬼さんたち、積極的に盾になってもらって構わないのか? わりと自我的なの、あるんだろ。


 そこんとこどうなんだい、クイーン。


「大丈夫。彼らあんまり、肉に興味ないから。最終的にはこう、魂っぽくなるのがイケてる感じだし」


 なんじゃそりゃ。ぜんぜんわからん。


「うーんと。中途半端にハゲ隠すくらいならいっそスキンヘッドになりたい感じ? でも自分から積極的にハゲるつもりはなくて、っていう」


 たとえ話、下手か。もっとわからなくなったぞ。


「まあ要するに、みんなにとっての物理的な肉体って、あってもなくても一緒なの。

 だから、あんまり気にしなくていいよ」


 そうかい。……まあ、保護者のきみが言うんだ。信用しよう。


「でも、さっき言った通り、ダーリンのこと、傷つけちゃダメよ? わかってる?」


 はいはい。


【~109:36:24】



【109:39:33~】


 状況を、記録しておこう。

 いまディックマンは、周囲を取り囲む食屍鬼どもを片っ端から始末してる。


 我々は作戦通り、一塊の群れとなって奴が隠れている方角へ向かってるところだ。

 足取りは、ゆらゆらと揺れながら。

 ところでいま気付いたんだが、……ぼく、意外とゾンビの真似が上手いな。

 あらゆる演技の才能から見放されていると思っていたが、意外な才能の片鱗が見られるとは。


 さて。

 今ぼくは、はじめて食屍鬼どもの顔を間近で見ている訳だが。

 はっきりいおう。

 めっちゃ怖い。

 街のみんなが怖がって外出を控えた理由もよくわかる。

 っていうかこいつら、普通に見た目、ゾンビじゃん。腐ってるじゃん。臭うじゃん。

 

 さっきからぶつぶつと、独り言を言ってる理由?

 もちろん、この恐怖を和らげるためです。


「おい」


 え?


「おい、あんた」


 ええと……きみら、しゃべるんだっけ。

 って、――あんた。どっかで見覚えが……。

 

「おれを忘れたかい? わりと衝撃的な出会いだったと思うんだが」

 

 あれか。盗賊のおっちゃん?。

 っていうか、あんた、死んだはずじゃ。

 生きとったんかワレ。


「死んどるよ。あの野郎に頭をナイフで刺されて。いまもほら。ナイフ刺さったままだし(笑」


 言うほど笑える? その状況。


「まあ、肉体から解放されるのも案外、乙なもんよ、――ぎゃふん」


 あれ? おっちゃんなんかいま、頭撃ち抜かれたように見えたけど?

 おっちゃん。――おっちゃーん!?


「いやもう、ぜんぜん平気」


 そうは、見えないが。


「どーも、操ってる人形が傷ついた感じでな。しょうじき、痛くも痒くもないの。最近じゃ、食屍鬼グールも悪くないと思っちょる」


 それ、前に話してた、嫁とお子さんの前でも言えるか?


「どうでもええわ、そんなん。もともとそこまで、仲良し家族じゃなかったし」


 なんか見たとこ完璧に、悪い魔法使いに洗脳されてる感じの人に見えるけど。


「さあ。どうじゃろな。そこんとこ、おれにもよぉわからん。ぶっちゃけここにいるのも、あのお嬢さんグール・クイーンに命じられたからで、あんまり気が進まない気もするし」


 ふうん。


(銃声が数発。それに吠えるような声が重なる。)


 ……ちっ。野郎、足を壊す方針に切り替えたらしい。


「少し、方陣の内側に身を潜めろ。護ってやるから、ほんの一瞬でも顔を出すなよ」


 えっ。

 おっちゃん、なんか優しくないかい。


「そらそうよ。我々だって別に、人類滅ぼしたいわけじゃないしなあ。

 生者どもと仲良くやれる道があるなら、それに越したことはない」


 そういうものかねぇ……。


「それに、この身体になってから痛みを感じないからな。操り人形が怪我しても、人形師は無事だろ? ……我々はいま、全てのことを、他人事のように感じている。だからかも知れんな」


 テレビゲームで遊んでるような気分、ということだろうか。だから容易く、自らを犠牲にできる。


「なんじゃそれ」


 いや、なんでもない。こっちの話だ。


「……ところで一つ、たまたま顔見知りのおれから、あんたに頼みたいことがある」


 なんすか。


「われわれは普通の人間みたく、眼球を通して周囲を知覚してるわけじゃあない。だから直感的にわかるのだが、――あんた、魂の在り方が違う。われわれのいる世界の人間じゃない。そうだな?」


 はあ。まあ。


「ならばこそ。仲間を代表して、頼みがある」


 聞くだけなら、聞こう。


「あんた、この世界を救うのと同様に、――ディックマンのやつめも、救ってやってはくれんか」


 …………。

 すごいな。

 おっちゃん、やつに人生を滅茶苦茶にされちまったんだぜ。

 その当人を「救ってくれ」とは。

 とてもじゃないが、正気の人間の発言とは思えない。


「確かにおれは、奴に殺された。それも虫けらのように。とか、その程度の理由でな」


 それでも、彼を救って欲しい?


「ああ」


 なんだか不思議だな。

 古今東西、恨み言を言うのが亡霊の礼儀だとばかり。


「霊魂になった今だからこそ、わかるのだ。肉に宿った命など、所詮は一時の仮宿にすぎぬと」


 ……たとえ仮宿でも、ぶっ壊されたら腹立つだろう。

 なんかおっちゃん、アレだな。死んでから人生観、変わった?

 下卑た笑顔で金を脅し取ってきたあんたはどこへ。


「そりゃ、人生観は変わるさ。もうとっくに、人生は終わってるんだから」


 うーむ。

 ああいや、ぼくも、奴を殺すつもりはないんだがな。

 だが、あんたからそれを望まれるのは少し、不気味だ。


 復讐を――望んでも良さそうなのに。


「色は空と異ならず、空も色と異ならず、色即ち空なり、空すなわち色なり」


 えっ。

 急に、なんすか。


「叔母の教えでな。色即是空という。この世界の万物は仮のものに過ぎない。不変のものは存在しない、と言う意味だ」


 うん。


「なんでも祖母曰く、世の中はとてつもなく巨大で、奇抜な髪型をした男の手のひらの上にあるものだそうだ。だから、喧嘩とかあんまりしないで楽しいことばかりしていた方が良いらしい。……いつ男の気が変わって、ぎゅっと手を握りしめるかわからんし」


 ……なるほど。

 まあ、わからんでもないが。


「奴も思えば、不幸な男よ。何せ奴には、――。神に選ばれたが故に、その魂の在り方まで変えられている。我々はむしろ、やつに同情すらしているのだ」


 そういうことか。


 ……わかった。約束する。

 きっと彼を救うよ。


「ありがとう。優しい救世主」


 それでは、――そろそろだ。

 一本杉。雨も小雨で、ちょうどいい。


 そろそろ、征こう。勝負をしかける。


 タイミングを合わせて。

 一、二の、……三ッ!


【~109:45:22】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る