72話 攻略の糸口
【109:17:12~】
ええとぉ。
いま、なんて言った? ちょっとガヤガヤして聞き取れなかったんだけど。
「我々が盾になろう」
うん。……うん?
「方陣を組んで貴様を護衛しながら、例の一本杉へと進んでいく。そして、ここぞというタイミングで私が飛び出す。たぶんやつは、優先して私を狙うだろう。その瞬間を利用して貴様が奴に接近し、――殺す」
うーん。不採用。
「ダメか?」
ぼくはそもそも、きみたちを助けるために来たんだ。
すでに犠牲者が山ほど出てる。これ以上の死者は、まったく許容できない。
「……ふうむ」
それと、その案だとぼく、問答無用で奴を殺すことになるだろ。
それは避けたい。
「ほう。殺しは嫌いか」
大嫌いだね。
殺しに慣れたものの末路が、いま、ぼくたちを撃っている野郎だ。
ああはなりたくない。
「……まあ、それはそうか。
世界を救う立場の者は、命の重さを知っている存在でなければならない」
だろ?
あんたが思慮深いラスボスで助かるよ。
「あんまり褒めるな。神の使いに言われると、さすがに照れてしまう」
【~109:22:11】
▼
【109:30:56~】
さーて。
思いっきり事態が硬直した感じだねえ。
野郎もいい加減、無駄玉がもったいなくなったと見える。
「……ひょっとすると、ディックマンの奴、もう諦めたんじゃないのか」
ありえん。
狙撃手って連中は、待つのが仕事だ。奴は多分、これから何時間だって待ち続けるぞ。
もちろん、そんなには待てない。
あんまり長く雨に当たってると、風邪引くし。
「だが、これではジリ貧だ」
わかってる。
……やむを得ん。ぼくの、超必殺技を使うときが来たかも知れない。
「なんだそれは」
名付けて、地面めっちゃ掘り進むの術。
「は?」
いいか。これからみんなで、頑張って地面をめっちゃ掘る。雨に濡れない深さになったら《すばやさ》の段階を上げることができる。その状態でぼくは光速となり、一生懸命地面を掘り進んで、一本杉の辺りに辿り着く。
その後、モグラのように顔を出し、奴を倒す。
どうだろう。
「うーん。申し訳ないがその案、根本的なところに問題がある」
なんだい。
「スコップがない。それに、いくらすばやく地面を掘ったとしても、やつの隙を突けるとは思えない」
……そうか。
「他に、いい案はないのか?」
あとは、そうだな。
みんなの弾丸を集めて火を点けて煙に紛れる、とか。
「全員の黒色火薬を集めても、人一人隠せるほどの煙は生み出せんだろうな」
やっぱりか。
と、なると、……、
(銃声が数発)
って、おい! また誰か撃たれたのか?
「いや。違うな」
……?
「なんということだ。――
うわあ! 『ドーン・オブ・ザ・デッド』で観たぞ、この光景。
(立て続けに銃声)
「奴ら、……ディックマンがいる方向に走っているみたいだ。貴様、いつの間にクイーンを口説いた?」
えっ。ぼく、なんかしちゃいました?
「これだからイケメンは嫌いだ」
そんな風に言われたのは、生まれて初めてだ。
ぼくはこの顔でずっと、みんなに怖がられて生きてきたんだぞ。
「私に言わせれば、然るべき位置に目と鼻と口があるだけで十分、ハンサムだよ」
……ふむ。
案外、ぼくたちがすぐ友だちになれたのは、お互い顔面コンプレックスをこじらせていたからかもしれないな。
(隊員たちの喧騒が聞こえている。
食屍鬼の群れが、徐々にディックマンを包囲しつつあるらしい)
あれは、――
ここまで来ているのか。
「どうする? 挨拶するか?」
そうだな。
とにかく彼女の意図を知らなければ。
【~109:21:22】
▼
【109:22:56~】
「ハロー、救世主さま?」
やあ、クイーン。もう、すっかり元気そうじゃないか。
「まあね。ダーリンの薬草が効いたわ」
そうか。
ぶっちゃけ、そこまでてきめんに効くとは思わなかったよ。
……っていうかきみ、よく逃げなかったな。
「えへへ。偉い?」
偉い、というか。訳がわからん、というか。
なんでここに?
「『自分が今、何を望んでいるか』。もう一度、心に問いかけたの。それだけ」
えっ。
きみひょっとして、ぼくの助言を真に受けたの?
思考が柔軟すぎないか?
「そうよ。悪い?」
若いってことか。とてもじゃないが、ぼくには真似できないな。
……一度、騙そうとしてきた男を信用するなんて。
「そーね。でもあなたは、少なくとも大嘘つきじゃあない。
あちしにはわかるの。
あなたは、あなたの魂の在り方は、この世界の人類のそれと、ぜんぜん違ってるって」
…………へえ。
具体的にどう違うか詳しく聞きたいところだが、――いまは時間がない。
きみの目的を教えてくれ。
「ダーリンを、殺さないで」
ふむ。
見返りは?
「あなたたちを救う」
悪いがまったく話にならない。
我々は独力で彼を殺せる。全く問題なく。
いやもう、全然困ってないし。
「なら、こういうのはどう? ――誓うわ。もう、世界を滅ぼさない、って」
それでもまだ、ちょっと足りないな。
きっとこの世界の人々は、もっと確実な安全を望むだろう。……例えば、きみを公開処刑する、とか。
「だったら、こうしましょう。――あちしは残りの人生、全部賭けて、ダーリンがしたことの責任を負う。
あちしが憶えた死霊術を全て、贖罪のために使うわ」
……ほう。
具体的に、きみの術は何に使える?
「死んでまだ間もない人ならみんな、食屍鬼として蘇生できる。自由意志を与えれば、元の人と変わらないはずよ。……食性はちょっぴり変わるけど」
へえ? そんなことできるのか。
「うん。実際、森の奥には、食屍鬼たちの村がある。そこでみんな、そこそこ楽しく暮らしてるのよ」
それが、――きみの望んだ、理想郷という訳か。
「でも、もうそれも、どうでもいい。ダーリンを愛してるの。彼が生きていて、静かに暮らして行ければもう、あとはどうだっていい」
やれやれ。
だからイケメンは嫌いだ。
……ただこの一件、部外者のぼくが決められることじゃないな。
ちょっと待ってくれるか?
「うん。……でも、できるだけ早くね。
【~109:25:34】
▼
【109:25:35~】
憲兵司令殿。話を聞いていたな?
「……ああ」
では早急に、取引の答えを。
「わかってる。……だがこの件、さすがに独断で答えを出すのは難しい」
そこをなんとか。
「確かに、彼女の協力があれば、国はかつてない繁栄の道を辿るだろう」
なら……、
「だが、さすがに何ごとも無く済ますには、やつは人を殺しすぎてる」
でも彼女、死霊術さえあれば、死人はみな蘇生すると言ってるぜ。
「食屍鬼になった者を、果たして”生き返った”と表現して良いものか。……これはいわば、哲学的な問題すら孕んでいるな」
……ふむ。
「それに、条件を呑んで彼女と協力したとしても、――信用がならない。だいたい、きみが語った”人類生存シナリオ”に、彼女を殺す以外の方法はなかったはずだ」
それは……そうだが。
今、この瞬間、その問題自体は解決した。
「? どういうことだ?」
彼女はもう、”終末因子”じゃなくなったんだよ。
”サイン”が現れた。ゲームが終わったことを示すサインが。
「……は?」
(ざわ、ざわ、と、何人かの驚く声が飛び交う)
「――って、うわ! 空に、なんか浮かび上がってるぞ! 文字か、あれ?」
あれは、”エンディングロール”というものだ。
あれこそ、”日雇い救世主”が帰還するときに流れるサインでね。
「なに? 貴様、帰るのか?」
一応まだ、そのつもりはない。結末は見届けるつもりだ。
上司と相談すれば、なんとかなると思う。
「大丈夫なんだろうな……」
とにかく、――道は拓けた。
やろう。いくら悩んでも、結局はそれしかない。
うまくすれば、本編で描かれなかった、幻のハッピーエンドに至れるかもしれないぞ。
【~109:30:30】
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