71話 敵対するは主人公

【108:50:22~】


 くそったれ。まじでこれは……最悪だ。

 ガバガバメンテの牢屋。ぼくとしたことが、ゲームのあるあるクリシェを忘れていた。


 この世界が、――奴を中心に回っていることを。

 主人公を敵に回す恐ろしさを。


「………げほ………うっ、うっ、うっ……」


 おい。大丈夫か。……大丈夫じゃないよな。

 かなり血が出てる。もう、しばらくは歩けそうにないな。


「うっ、うっ、うっ……。あ、あなた、どなた?」


 え? ……ああ。変化が解けたのか。

 ぼくは業者だ。世界を救いに来た。


「……そ、……そう。……あなた、何かの魔法でダーリンに化けてた、のね?」


 ああ。

 きみの気持ちを利用させてもらって悪いが、ぼくは謝らないぞ。

 世界の滅亡を望むのだ。その程度のリスクは承知していたはずだ。


「はっきりものを言う人ね。――ところで、……ここは……?」


 咄嗟に、さっきの丘から退避した。

 今いるのは、ディックマンの小屋だ。


「あちしたちの、家……?」


 ああ。一応、包帯で応急処置は、した。

 できれば医者に診せたかったが、射線を避けられる遮蔽物は――


(射撃音が二度。窓が割れる音。)


 森の中にひっそり建てられていた、ここしかなかった。


「そう……」


 何がヤベーってあいつ、加速状態のぼくに、銃弾を当ててきやがったことだな。

 最も、弾を受けたのは彼女の方だから、ぼく自身は軽傷だが。


 これは自戒を込めて、しっかり記録しておく必要がある。

 恐らくだが奴の弾丸は、光速よりも速い。


 アホな。そんなことしたら地球がヤバいぞ。


 そんな声が聞こえてきそうだが、――どうもこの世界、FPSで言うところの即着弾ヒットスキャンと呼ばれる判定が行われているらしい。

 即着弾ヒットスキャンというのは要するに、相手を撃った瞬間、あらゆる物理演算を無視して即座にダメージ判定が行われるというゲーム用語だ。

 ちなみに現実世界同様、弾丸の当たり判定を計算することを発射弾プロジェクタイルという。


 今後、主人公役と敵対する可能性があるゲームの世界にいく時は、即着弾ヒットスキャン発射弾プロジェクタイルか、しっかり調べておくべきだな。


 しかも奴には恐らく、主人公特有の能力がある。

 以前救った世界でギンパツくんが見せた、エイムアシスト機能。

 さらに、ゲーム的な仕様でいうところの”集中モード”とやら。


 奴がぼくらに弾丸を当てたのは、この二つの合わせ技だろう。


(遠く、銃撃戦と思しき音が聞こえる)


「うわぁ。あなた、めっちゃ独り言、言うじゃん」


 言うな。これもライブ感だ。

 というか、きみはもう、しゃべるな。死ぬぞ。


「えーっ。でもどーせあちし、もうちょっとしたら死ぬし……」


 そんなこと言うなよ。ほら、薬草だ。飲め。


「それ、どこで」


 ディックマンの部屋だ。やつが調合したものらしい。

 主人公キャラが作ったものだ、多分、効くはず。


「うーっ。苦っ。でもありがと」


 しかし、唯一の回復手段が薬草とは。

 この世界、治癒魔法みたいなのはないのか。


「聞いたことないなあ」


 死人は蘇るのに。なんなんだこの世界。わけがわからん。くそっ。


「……救世主のわりには、……ずいぶん、あちしに肩入れするのね……」


 勘違いするな。肩入れしてるんじゃない。

 いまきみに死なれると、……なんかちょっと嫌な気持ちになる。だから助けた。それだけだ。


「それ、肩入れしてるってことにならないかなー?」


 細かいことを気にしてはいけない。


「ところでいま気付いたけど、あちしを撃ったやつって――」


 お前のダーリンだよ。

 あいつの考えは良くわからんが、――たぶん狙いはぼくだ。

 きみは、巻き込まれただけなんだろう。


「……あー。いや。それはないと思うー」


 そうかい?


「うん。だってダーリンの狙撃って、だもの。今までの人生で、ただの一度も撃ち間違えたことはないって。たぶんあちしも、ダーリンの標的だわ」


 ……ふむ。

 しかしそうなると少々、道理に合わん気がする。


「道理に合わないことをするのが、人間って生き物だわ。

 あなただって今、道理に合わないことをしてる」


 まあ、そうかもね。


「いま、思い出した。さっきあなたがした、質問の答え。

 。だから、滅ぼそうと思ったの。

 食屍鬼グールは誰も傷つけない。酷いこともしない。……誰かを、裏切ったりもしない」


 ふーん。そうかね。

 でも、聞いてくれ、お姫様。

 そんな世界、面白いか?


「面白いかどうかは問題じゃなくない? 安定、安心こそが生物の至上目的だもの」


 ぼくは、そう思わないな。

 退屈な人生を送るくらいなら、死んだ方がマシだ。


「そんじゃ、利害一致してるね。あちしが滅ぼすから」


 ぜんぜん一致してない。ぼくはいまの人生に満足してる。

 まあ、……”終末因子”のきみを説得しても無意味なことはわかってるが、一応、言わせてもらうぜ。

 厄介な先祖の遺言なんて無視して、自分の人生を生きた方がいい。


「……なんで?」


 ”造物主”の意志に反するからだ。


「ぞーぶつしゅ?」


 そんな、胡散臭い表情をするなよ。

 でも、事実なんだ。ぼくはそこから派遣されてきたアルバイトなんだから。


「そーなの?」


 うん。この世界の信仰がどういうものか知らんが、――そういうのは全部忘れてくれて良い。

 ただ、事実だけを言わせてもらう。

 この世界の正体は、――訳のわからん野郎がこねくり回した粘土の塊に過ぎない。


 言ってる意味、わかるかい。

 この世界の本質は、喜劇だ。

 何かに囚われて地獄を見るなら、その日暮らしも悪くない。

 大事なのは、――自分が今、何を望んでいるか。それを正確に把握することだ。


「……………………」


 ぼくには親友がいる。……というか、いた。

 そいつは気の毒に、たった一年続いた不幸な生活が、永遠に続くと信じて首を括っちまった。

 適当に生きても、案外なんとかなるものだ。

 その結果として孤独な人生に至っても、きみが望めば、友だちくらい作れるさ。


「……………………そーお?」


 そうさ。おっさんのしょうもない人生で学べた、小さな教訓だよ。

 ぼくたちの人生は、すべてに絶望するほど残酷じゃあない。


(銃声)


 …………さて。

 無駄話もここまでだ。


 いずれにせよぼくは、この状況を打開せにゃならん。

 このままきみが死ぬのを待ってもいいが、――

 この世界に来てから、やつには世話になってるからね。放っておく訳にはいかない。


「……………」


 ぼくはこれから、奴を助けに向かう。

 きみはできれば、少しでも長生きしておいてくれ。

 ……もし。


「…………?」


 もし、生きて帰ってこられたなら、必ず医者へ連れて行く。

 復讐を示唆したところは救いようがないが、まだ誰も殺してない点のみ、叙情酌量の余地がある。

 運が良ければ、処刑されずに済むかも知れない。

 ……だから、まだ死ぬんじゃないぞ。


「………………………変な人」


【~108:59:36】



【109:06:29~】


 よう、女体化すきすきおじさん。


「……む。戻ったか」


 状況はどうだい。


「どうもこうも。かなりまずい。いま数えただけでもすでに、二十人は死んでる」


 まあ、そうだろうな。何人残ってる。


「十六人ほどだ」


 全員、下がらせた方がいい。相手が悪すぎる。この分だと死人はもっと増えるぞ。


「最初に話していた、――貴様の話、嘘じゃなかったな。ディックマンは油断ならん」


 そりゃな。

 ぼくの話にいちどでも嘘があったか。なかったろ。


(銃声が数発)


「うお!? 熱っ。や、やられたか……?」


 すごいな。野郎、。遮蔽からほんの少しはみ出ただけなのに、――撃ってきやがった。しかもこの闇夜で。

 こりゃあ下手すると、こっちの姿が調されているかもしれない。

 主人公の特権、全部のせって感じだ。


「感心してる場合か。……私が、撃たれたんだぞ」


 安心しろ、怪我はない。

 頭皮を擦っただけだ。ハゲるかもしれんが。


「重傷じゃないか」


 もともと、松の木におじやの顔面なんだ。-100点が-105点になるだけの話さ。


「……一応、私、わりと偉い人なんだが。貴様のその口ぶり、なんとかならんのかね」


 どうせ、長くてあと一時間くらいの関係じゃないか。無礼講でいこう。

 それよりも。


「ん」


 いま、ぼくたち、わりと詰んでいることに気付いてるか。


「まあな。奴が潜んでいるのはおそらく、この丘のむこうにある一本杉の付近だろう。かろうじて射線から外れているが、こちらはもう身動きができない」


 そうか。


「だが、貴様ならなんとかなるんじゃないのか? 例のあの、やたら速く動ける技で……」


 もちろん最悪、そうしてもいい。

 だが……、ちょっとそうもいかん事態になりつつある。


「?」


 雨、だ。

 ゲームでも、最終決戦は土砂降りの中で行われるらしいから、嫌な予感がしていた。

 もうすでに結構降ってきてる。このままではまずい。


「まさか貴様……雨が弱点なのか?」


 うん。

 雨の中だと顔面イタイイタイになって全然動けなくなる。

 たぶん音速以上になると即死する。


「ふざっ……お前……いまさら、ふざけるなよ。こちとら、なんでもありのスーパーマンだとばかり……」


 そう言うなよ。ゲーム的にはお前、敵キャラ側なんだから。なんでもかんでも話すわけにはいかない。


「しかし……」


 (銃声)


「くそっ。また一人、負傷したらしい……っ。どうする、救世主どの。これ以上、やつに仕事をさせるわけにはいかない」


 落ち着け。ぼくが使えないと言っても、それでも常人より速く動くことくらいはできる。

 

「具体的には?」

 

 《すばやさ》六段階目で思いっきり駆け抜けて、時速200キロくらいかな。

 雨粒が当たって痛いのを我慢しなくちゃいけないだろうけど。


「まったく足りんな。恐らくその速度でも奴は、――


 やっぱりか。参ったな、こりゃ。


(銃声が数発)


 ああ、くそ。あいつの弾丸は無限にあるのか。おかしいだろ。

 なんか良い考え、ないんすか。憲兵司令殿?


【~109:16:43】

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