67話 誤算

【24:15:11~】


 さてさて。

 あれからぼくは、《すばやさ》を九段階目にしてあっちこっちを捜索している状態。

 何をしてるかって言うともちろん、ディックマンの恋人の捜索だ。

 前回の録音を聞いたなら、すでにお気づきの方もいるだろう。


――じゃあその、”死者の女王グールクイーンとかいう女やっつけたらこの話、終わりじゃん。


 と。

 もちろんこれには、ぼくも同感である。

 だが残念ながら、世界は広い。一度身を隠した人間を探すのは、並大抵のことではないのだ。

 それに恐らくだが彼女、何らかの術を使って姿を消している可能性が高い。

 というのも『アサシンズ・ブラッド』本編において、ディックマンの恋人はゲームのシナリオ上、その存在が”消滅している”ためだ。


 このため、泥男マッドマンに事情を説明して捜索隊を派遣したりしてもらってはいる、が。


 八方手を尽くしても、物理的に彼女を見つけるのは難しいのかもしれない。


【~24:17:10】



【24:35:13~】


 で、ディックマンは今、何をしているかというと……。

 いま、足が悪いおばあさんを背負って、彼女の家に送り届けてるところ、みたいだ。


 クエスト名は……ええと、『親切へのごほうび』、か。

 大したアイテムはもらえないが、良心値が大きなプラスとなる。


 よし、よし。予定通りだな。


 『恋人の復讐メインストーリー』を進められない以上、おまけの課題サブクエストを進めていくしかない。

 この調子で少しずつ、復讐を諦めてくれれば助かるのだが。


【~24:32:01】



【24:53:30~】


 甘かった。

 あの野郎、何をとち狂ったか、一切関係のないお婆さんを殺したらしい。

 その理由もひどい。

 「背負ったとき、なんとなく首を絞められた気がしたから」とか。

 殺しに慣れたやつがおかしくなると、こうなるのか……。


【~24:53:55】



【28:56:56~】


 ディックマンの暴走が留まることを知らない。


 無関係な盗賊を捉えては、「お前が犯人か」と拷問して殺し、

 死にかけた子犬を見かけては、突発的に蹴り殺し、

 与えた金貨で娼婦を抱くと見せかけて、とくに理由もなく絞殺したらしい。


 現在、やつは遂にお縄にかかって、地下牢に投獄されているという。


 うーむ。悲惨だ。

 つまりディックマンという男は、――自分の怒りを殺人という手段で昇華せずにはいられないやつだったということか……。


 ”主人公”であれば、根は善人であるに違いないと、そう思い込んだぼくの落ち度だ。

 くそッ。


【~28:59:13】



【29:12:18~】


 ちょっと状況が混み合ってきているな。

 ここいらで少々、状況を整理しておく。


 まず、この『アサシンズ・ブラッド』の”終末因子”が”死者の女王グール・クイーン”であることは間違いない。

 ぼくの目的は、単純だ。

 何でもいい、――何らかの手段を持って、彼女に接触すること。

 そして”死者の女王グール・クイーン”を殺すか、無力化させる。


 考えられるやり方は今のところ、大きく分けて三種類ほどある。



①この辺りのどこかに身を隠している”死者の女王グール・クイーン”と接触し、彼女を殺す。

→前述した通り、これは難しい。奴がどこに身を隠しているかわからないためだ。


②ゲームのシナリオ通りにディックマンを補佐していき、彼自身に”死者の女王グール・クイーン”を殺させる。

→理想的に思えるが、このやり方では無関係な人を大量に死なせてしまう。


③良心値を高めたディックマンと協力し、”死者の女王グール・クイーン”をおびき出し、殺す。

→今回の一件で、それがかなり難しくなった。



 今のところ、ぼくが思いついた策は、これくらい。

 そのどれもが否定された今、……どうにか、別の策を練らなければならない、が。


 うーん。

 …………どーにもこうにも。

 なかなかどうして、一発逆転の案は思いつかないものだ。


『おい。聞こえるか?』


 ん?

 この声って。

 泥男マッドマンか?


『そうだ。いま、そちらはどこにいる』


 城下町だけど。


『ほほぉー。遠隔地に声を届かせるとは。便利なマジック・アイテムだな。これは』


 というかそもそも、どうして無線機を持ってる?


『逮捕したディックマンの持ち物を押収したとき、一緒にな。君から与えられていた情報も一致していたしな』


 そういうことか。……ディックマンの様子はどうだ?


『どうもこうも。狂った犬のようだよ。どうもあの男、自分が捕まること、それ自体がおかしいと主張してる』


 なんじゃそりゃ。


『どうも、自分を特別な存在だと思い込んでるらしい。イカレてるよ』


 まあ、奴が特別であることは間違いないけど。


『そうか? 私が見たところ、どこにでもいる汚らしい男、といった印象だが』


 いずれにせよ、奴の処刑だけは待って欲しい。

 ……まあ、言われずともわかってるだろうけど。

 あんたには、ぼくが知る情報の大半を共有してるはずだから。


『わかっている。あれから調査隊を派遣したところ、やはり”死者の女王グール・クイーン”の死骸は見つからなかった。”食屍鬼グール”が減る様子もまったくないし、……彼女は生きてるな』


 理解の早いラスボスで助かるぜ、泥男マッドマン


『世辞はいい。それよりも”平和の使者”どの。……これから、どう動く? どうもディックマンのやつ、もう使い物にならなそうだぞ』


 そ、そうか……。そこまでか。


『少なくとも、街の治安に関わる者として、あの男を野に放つことはできん。調べたところ、余罪が山ほど出てきてな。あいつ、仕事は”復讐代行”とか言ってたが、要するにただの私刑執行人に過ぎない』


 私刑……?


『そうとも。少なくとも現在、三十四件の”仕事”が確認されてる。中には更生の見込みのある未成年や、偽悪的な慈善家、諧謔が過ぎたコメディアンなど、死に値しない多くの人々が犠牲者となってる』


 そうか。

 確かにアイツ、気軽に人を殺すやつだと思っていたが。


『無論、あなたの魔術があれば、奴を逃がすことはできるだろう。だがその場合、我々の協力関係は自動的に打ち切りとさせてもらう』


 それは困るな。

 だが、ディックマンを利用する以外に、事態の解決方法はないんじゃないか?


『それが、あるのだ』


 ほう?


『我々には、”化猫の杖”というマジック・アイテムがあってな。これを使うことで一定期間、他人に変身することができる』


 ほう。すごいな魔法。

 なんでもありだな、魔法。


『これを利用して、”死者の女王グール・クイーン”を騙し討ちにかけるつもりだ』


 騙し討ち、か。

 その案はぼくも考えたが、そう簡単に引っかかるものかね。


『引っかかるよう、仕向けるさ。いいか、作戦はこうだ。――街に”早撃ちディック”の噂を流す。実際、浮浪者の死体などを利用した偽装事件なども起こす。そうして、……きみが話した”シナリオ”通り、我々の対決を演ずる訳だ』


 そりゃまた、大仕掛けだな。

 そんなの、うまくいくのか?


『やるしかない。”世界平和”がかかっているのだろう?』


 まあ、そうだけど。

 ちょっとした賭けになりそうだな。


『だが、他に方法がないのも事実だ』


 ……………。

 わかった。

 ぼくも、その作戦に全面的に協力する。


『そういってもらえると、助かる』


 しかし、その案だと正直、ぼくに手伝えることはあまりなさそうだな。

 《すばやさ》を活かせるような状況にもならなそうだし……。

 遂に、異世界の風俗にチャレンジする時がきたかもしれない。ぐへへ。


『スケベは私も嫌いではない、が、――貴様に遊んでいる暇などないぞ。むしろこの計画の中心には、貴様が要だ』


 え? そうなの?


『どこに”死者の女王グール・クイーン”が潜んでいるかわからない以上、この計画の関係者は最小限に抑える必要があるのだ。私は大立ち回りをやらなくてはならないから、――必然的にもう一人の役目は、……貴様が担うことになる』


 ちょっとまってくれ。

 正直ぼく、演技の方はあんまり……。


『この際はっきり言っておくが、他に道はない。。頼んだぞ』


(ぶちっ、という無線が切れた音)。

 ……マジかよ。


【~29:31:01】


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