68話 早撃ちディック

【98:10:02~】


 以前の録音から、三日ほど経過した。

 街は、とある男の噂で持ちきりだ。

 ”早撃ちディック”。

 恐るべき通り魔の通名である。


 以下は、殺音に借りた《万能翻訳機》による新聞の抜粋だ。




『犯罪史上、類を見ない劇場型連続殺人事件』

 我らが×××××に、恐るべき殺人鬼が跳梁している。

 その男は、さっそうと夜の街に現れ、金貨をちらつかせて若い娘を誘い、路地裏にて、――彼の仕事を終わらせる。


 犯行はいずれも同じく、背後から弾丸を一発。

 犠牲者はみな、夜の街を出入りする売春婦たちだ。

 現在、あらゆる娼館は営業を中止している。夜が寂しい男たちの悲鳴が聞こえてくるようだ。


 たった三日間で五人もの女を殺害したその犯人の正体は、未だ謎。

 ただ一点、殺人現場に「アイ・アム・ディック(意訳:ぼくはチンポ野郎です)」という謎めいた一文を残すことを除いては。


 これが、犯人から送られた、いかなるメッセージなのかはわからない。

 いずれにせよ、正気の人間による犯行ではないということだけは明らかだ。

 これに関して我らが憲兵司令、通称泥男マッドマン氏は、「この一件は、あくまで狂人の戯れ言に過ぎず、あらゆる政治的な主張とは無関係であることを市民のみなさんにはご理解いただきたい」「いずれにせよ”早撃ちディック”の逮捕は既に目途が立っており、対決の日は近い」とのコメント。


 食屍鬼騒ぎも含め、我が国に恐るべき危機が迫っていることは間違いない。

 本件は我が都市がほこる憲兵隊の能力、その試金石となりうるものだ。

 泥男マッドマン氏の迅速な対応が期待される。




 ……んで、まあ。


 新聞に書かれている通り、現在、この国のスケベな店は完全に休業中。

 たった一度でいいから、遊んでみたかったのだが……。

 まあ、いいけど。

 ちなみにディックマンの”犠牲者”は皆、安全な場所で身を隠してもらっている状態だ。

 泥男マッドマンのやつもまあ、うまいことやったなあと思う。

 話によるとあいつ、仕事で稼いだ金はぜんぶ、遊びに使う主義なんだとか。

 妙な会を主催するだけはあるな。


【~98:20:01】



【98:34:44~】


 最近、泥男マッドマン監視の下で、《化猫の杖》による変化の練習をしてる。

 この杖、なかなか面白くて、望むモノなら何にでも変化できるみたいだ。

 この数日間、わりと退屈しなかったのは、ほとんどこの《杖》で遊んでいたからかもしれない。


 せっかくだし、この《化猫の杖》の使い方を説明しておく。


①杖をかかげる。

②「○○になーれ。へーんしーん!」と叫ぶ。

③ぼふっ、と煙が上がって、変身完了。


 ちなみに変身時間はかなり長く、おおよそ数日だという。

 実質、術を解除しないかぎりはずっとその姿でいられるということだ。12時の鐘の音を気をつける必要もない。


 と、いうと、何でもありの超便利アイテムのように聞こえるが、その使い勝手は意外なほど難しい。

 他者の身体を動かすのは、それだけ修練が必要なためだ。

 指の形や背の高さ、股間のナニの位置に至るまで、何から何まで違和感だらけ。変化初心者はまず、十数分間はこの違和感と戦う羽目になるだろう。


 あと思ったのは、意外とみんな、身体のどっかしらに不調を抱えているということ。今のところ四、五人の人間に化けてみたが、左足の小指が痛かったり、なんか信じられないくらい股間が痒かったりすることがある。

 人間ですらそうのだから、動物に化けたときの違和感はすさまじい。

 適当な野良犬なんかに化けた時なんかはもう、全身が無茶苦茶痒くって、でも痒いところには手が届かなかったりして気が狂いそうになったりした。

 もちろん、四本足で立つことにも慣れない。

 それがその身体にとって最も自然な姿だとわかっていても、つい二本足でとことことこっとやりたくなる。


 まあ要するに、自分の身体というものが、いかに使っていう話。


【~98:38:48】



【98:42:12~】


 それにしてもこれ、いくらでもエロい使い方できそうだな、マジで。


「なんだ。藪から棒に」


 いやだって、――普通、考えるだろ。

 アイドルのあの子とか、片思いのあの子とか。これ一本あれば、いくらでも化けられるんだぞ。

 なあ、泥男マッドマン

 ちょっとこれ、一日だけでいいから貸し出しとか、やってない?


「悪いがそれはできん。国宝だからな」


 ……ちぇ。そうかい。


「なんだ、貴様。溜まっている、というやつなのかな?」


 えっ、いや別に。


「なんだ、そうか。もしそうなら、いつでも言ってくれ。女体化した私が相手をしよう」


 お前。何言ってるんだ、お前。


「何を隠そう、女体化は私の趣味でね。《化猫の杖》をいつでも使えるような身分を目指したのも、趣味の実現のためなんだ」


 おまえ。マジか。


「ただし本番はNG。お触りまでな」


 結構です。さようなら。


「……なーんて。まあ、今のはぜんぶ冗談なわけだが」


 嘘だ。

 絶対嘘だ。途中まで完璧に真顔だった。

 こっちが受け入れてたらそのまま行為に突入していたやつだ。


「どうした? なぜそんな顔をする?」


【~98:54:22】



【99:16:02~】


 ここのところ、ディックマンに化けては自宅に顔を出し、人目を忍ぶように街に戻る……という行動を繰り返している。

 あとは、”死者の女王グール・クイーン”のこちらの仕掛けにひっかるかどうか。


 とはいえ、状況次第では気長に待つ必要も出てくるかも知れない。


 今回ばかりは一ヶ月以上いる覚悟を固めた方がいいかもしれんな。

 ぼくはまだ経験したことがない(ちょっと自慢げ)が、一ヶ月間、世界を救えないままぼんやりしてると、あのエセ天使どもがやってくるらしい。

 なんでも、ぼくたちの仕事はあくまで”日雇い”であるため、31日以上拘束が続く場合は契約し直さなければならないためなんだとか。

 ここで半端に労働基準法的なものを持ち出してる感じ、やっぱりあの連中、妙に胡散臭いんだよなあ。


【~99:20:42】



【99:40:54~】


 ……と。

 事態が動いたので記録しておく。


 一応、ゲーム的に鍵となるイベントが発生した。

 ディックマンの自宅、――その扉に、とある張り紙が貼られていることを発見したのだ。

 以下、その内容を読み上げる。


『真実を知りたければ、犯人と対峙せよ(もう人は殺さなくておkです)』


 ”死者の女王グール・クイーン”のメッセージだ。


 ………………しかし、これ。かなりの走り書きだな。


 あるいは、それだけ彼女にとってディックマンの動きが想定外であったのかもしれない。


 彼女なりに、――恋人を気遣っているのだろうか。

 そりゃそうか。

 彼女の目的は、ディックマンが自分にふさわしいかどうかを試すこと。

 残りの一生を過ごす相手なのだから、完璧にイカレられても困るのだろう。


 いずれにせよ、これで一芝居打つ準備は整った。


 あとは街の人々の前で、大立ち回りを演ずるだけだ。


【~99:45:20】



【100:30:04~】


 さて。

 事前準備はすでに終わっている。

 シナリオはこうだ。


①”泥男マッドマン”の公開講演中、ディックマンに化けたぼくが突撃する。

②すぐさま憲兵隊に囲まれるが、そこは《すばやさ》を利用して回避。

③衆人環視のもと、大立ち回り。

④”泥男マッドマン”、ギリギリのところで脱出。

⑤ディックマンの社会的地位は死ぬ。


 以上。

 今回行う作戦のポイントはあくまで、ディックマンが社会の敵になること。

 そうすりゃ、あいつの狂った恋人が大喜びで絡んでくるわけだ。

 そこを憲兵隊に引き渡せれば、今回の任務は終了、と。 


 ……演技するのは、学生時代、友人の自主制作映画に出演した時以来だな。

 エキストラで、たった一言だけど。

 あの時のセリフ、なんだっけ。


「ウッヒョー、あの女、めちゃくちゃスケベだぜえ?」みたいな感じだったかな。

 その後、主人公にすぐ殺される役で。

 思えばあの頃からぼく、脇役気質だったんだなー。

 懐かしいなー。


【~100:35:13】

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