51話 リセットボタン

「ちょっと待て。何ボタンだって?」

「だから、リセットボタン、だけド」

「どういう目的で、そんなもの……」


 訊ねかけて、苦い顔になる。

 目的とかどうとか、そんなものは関係がない。

 要するに、ゲームの再現。それ以上でもそれ以下でもない。


「……古い電子ゲームのパロディでネ。受けるだロ」


 ゲームのキャラクターが、ゲームのパロディとか言ってる。

 狂太郎、複雑な表情で宇宙人エイリアンを睨め付けて、


「具体的にそれは、どういうものなんだ」

「確か、……ええと。ちょっと待ってくレ。いま思い出ス」

「しっかりしてくれよ」

「そう言われてもなあ……脳みそ半分で考える気持ちになってくレ」


 しばしの、間。

 やがて男は、ぽんと手を打って。


「そうダ。思い出しタ。この星の衛星に仕掛けた、コバルト爆弾の遠隔起爆スイッチになっているんだっタ」

「こばると爆弾?」


 狂太郎は寡聞にして知らなかったようだが、コバルト爆弾というのは要するに、一時期の終末系SF小説によく登場した、「超強力な核爆弾」とでも呼ぶべきシロモノだ。

 とはいえ、その響きからなんとなく「凄く危ないものだろう」くらいのことは読み取って、


「だが、月がなくなったところで、大したことないんじゃないか? 月見団子が食えなくなるくらいで」

「アホか、お前。衛星がなくなったら、世界中の動物はすぐ生きていられなくなるゾ」

「え、なんで?」

「なんで、って言われてモ。……地軸の傾きが変わって気候変動が起こるだろうシ、大地震があっちこっちで起こるだろウ。多分この星には、微生物くらいしか住めなくなル」


 マジか。

 結構重要なものだったんだな。月って。


「それで、そのスイッチは、……どこにある?」

「たしか二百年くらい前だったかナ。戯れに、狩人たちに預けたんダ」

「狩人、――というと」


 狂太郎、少し眉間を揉んで、仮面少女を見る。


「そう。君たちがコーシエンと呼んでいる村の連中だヨ」

「なぜ、そんなことを?」

「大した意味はないんダ。ちょっとしたジョークのつもりでネ。日常、すぐそばにあるスイッチ一つで世界が終わるというのも、――なんだか笑えるだロ」


 やっぱりこいつ、殺してしまった方がいいんじゃなかろうか。


「もし、間違ってそれを押すようなことがあったら」

「安心していイ。そう簡単には押せないようにはなってるかラ」


 一応、安全装置のようなものがある、ということだろうか。


「つまり、ぼくが帰還できない理由はそれか。おまえがまだ、この世界を滅ぼす可能性があるから」

「……………? 帰還?」


 宇宙人エイリアンのやつ、得体の知れない何かを見る目になっているが、無視。

 無論、こいつがこの後、”リセットボタン”へ向かう確率は低いだろう。

 宇宙基地にいた頃ならともかく、地上に降りた状態でそれをした場合、自分まで巻き込まれて死にかねない。


――しかし、可能性は可能性だ。


 ”終末因子”は、確実に取り除いておかなければならない。

 面倒なことになったな、と狂太郎、頭をがりがり掻きむしる。ふけが辺りに飛んで、宇宙人エイリアンが少し厭な顔をした。


「それで。つまり。――その”リセットボタン”とやら、まだ狩人たちの手の中にある、と。そういう解釈でいいのかい?」

「そのようだガ」

「……万一、どこかに捨て置かれている可能性は?」

「それはなイ。狩人どもは律儀な連中だからネ」


 そうか。それなら。

 狂太郎、その在処におおよその心当たりがある。


「となると問題は……どうやってそこに辿り着くか、だが」


 エレベーター内部から、眼下に広がる地表を覗き込む。

 島が近づいているのがわかった。

 ここからなら、コーシエン村の姿もよく見える。


――このまま地表まで降りて、《すばやさ》を起動。その後、村長の村まで駆け抜けて、スイッチを破壊する。


 それで今度こそ、詰みだ。向こうに逆転の手はない。


――本当にそうか?


 この世に絶対はない。相手の手札を完全に把握しているわけではない以上、何が起こるかまではわからないのだ。

 と、その時である。


『アロー、アロー! もしもーし!』


 つけっぱなしにしていた無線機から、声が聞こえてくる。


「――ん? 殺音か?」


 懐からそれを取り出し、狂太郎は応答する。

 声は、いつもの落ち着いた口調とは打って変わって、少しテンションが高い。


『狂太郎はんったらもー! いややわあ! 一人で逃げてしまうんやものっ』


 声の三割ほどは、風の音か何かでかき消されているが、意訳するとそういう感じの意味である。


「……なんだ? そっちはいま、どこにいる?」

『すーぐーそーこー!』

 

 それはまるで、ジェットコースターに乗りながら通話しているかのよう……と思い至ったその時、


「ウ、ウ、ウ、ウ、ウ、ウワー! でたー!」


 宇宙人エイリアンが、ホラー映画を見ているかのような悲鳴を上げた。

 見上げると、……確かに、いた。


 火道殺音。


 崩壊する宇宙ステーションの破片とともに、真っ逆さまに落下してきている。


 彼女、未知の手段でどんどん加速しているようだ。このままでは追いつかれる。

 正直、背筋が凍った。さきほど宇宙基地を破壊したときも思ったが、無茶苦茶する娘だ。


――しかし、どうやって彼女、ここまで追いついてきているんだ……?


 不思議に思って、そこではじめて、そのからくりに気付く。

 《天上天下唯我独尊剣》の特殊なスキル、……剣から発射されるエネルギー波を利用しているらしい。


『ねえねえ! 一つ、確認するけど、ええかなー?』

「なんだ」

『さっき、うっかりチェックし忘れとったんやけどぉ、――二人とも、プレゼントした《無敵バッヂ》、ちゃぁんとつけてる? だいじょーぶ?』


 狂太郎、咄嗟に胸のバッヂに手を当てた。

 もちろん、先ほど確認したとおり、バッヂは全員分装着している。

 これで、万が一の事故を防げる。そう思っていたから。


 だがどうやら、あの異界取得物をタダでくれたのは、彼女の親切心による行動、ではなかったらしい。

 あれは、――


「ぼくたちを巻き込んでも、間違って殺してしまわないための措置だったのか……ッ」


 殺音が、剣を振りかぶっているのが見えた。


 狂太郎、脊髄反射的に《すばやさ》を7段階目で起動。

 

 通常の、百分の一の速度で進む世界にて。


――遅かったか。


 狂太郎は一人、歯がみした。

 剣が放たれた金色のエネルギー波は、すでに軌道エレベーターを真っ二つにぶった切ろうとしている。


 狂太郎はとりあえず、仮面少女と宇宙人エイリアンをエレベーターの床に寝転ばせるようにして、剣(正確には、そこから発射されるエネルギー波)の軌道を避けた。

 そこでいったん、《すばやさ》を解除。


 ばつん! と何か、硬くて弾力のあるものをハサミで切ったような音が響き渡る。


「わ、わ、わ、わ!」


 同時に、狂太郎たちの乗る軌道エレベーターがその場で停止し、糸が切れたように頼りなく、空中でぐにゃりとたわんだ。

 絵面だけで語るなら、――天井にぶら下げたゴムチューブを、途中でちょん切った時に起こる現象……を、かなりスローモーションにした感じ、とでも説明すれば良いだろうか。

 狂太郎たちの乗る軌道エレベーターは今、地面に向かって真っ逆さまに落下しようとしている。


 阿吽の呼吸で、仮面少女が背中に飛び乗ってくるのがわかった。

 狂太郎、すぐさま怯えている宇宙人エイリアンを小脇に抱える格好に。

 そして《すばやさ》をいったん、九段階目で発動。


 音速となった狂太郎は、壊れゆくエレベーターから脱出しつつ、大きく跳ねた。


 おおよそ、時速2キロメートル。


 狂太郎が体感していた、「ありとあらゆるものが落下している時」の速度である。


 まず、彼がいったん目指したのは、火道殺音とともに堕ちてきた、宇宙基地の残骸であった。狂太郎はそれを足場にして、ぴょん、ぴょん、と、自分の位置を調整していく。

 目指す場所は、ただ一つ。コーシエン村付近にある、海。


――火道殺音よりはやく、あそこに辿り着く。


 そして”リセットボタン”を無力化するのだ。

 もうこうなっては、他に勝ち筋はない。


 一瞬だけ、火道殺音に目配せする。こちらの姿を見失っているためだろう。険しい表情で視線を走らせているのがわかった。


 視界に映る、あらゆるものが崩壊していく中、――狂太郎は最後の足場に辿り着く。

 恐らくは宇宙基地の壁面の一部だったと思しき、横幅3メートルほどの鉄片だ。


 そこで、大きく深呼吸、して。

 ちょっぴり、宇宙人エイリアンの奴を見る。

 やつは、もはや何が起こっているかを理解する努力を止めていて、虚無じみた顔つきになっていた。


 このまま、仮面少女と二人だけで生還することは容易い。


 正直、ここまでしてこいつを助けてやるというのも、皮肉な話ではある。

 だが、ここで勝ちを諦めるのは、火道殺音に対する無礼に当たるだろう。


 彼女がここまでやったのだ。

 こちらも、彼女の覚悟にふさわしい行動をとる。


――命を、賭けよう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る