50話 脱出

 狂太郎、仮面少女と宇宙人エイリアンの三人でエレベーターに飛び込んで、


「ハァ……ハァ……」


 しばし、息を整える。

 そこまでする必要はなかったのだが、――つい、急いでしまった。

 火道殺音から放たれるオーラが、いかにも殺人的であったためである。


 正直に言おう。彼は恐怖していた。

 あの、二十歳前後の若い娘に。

 その、向こう見ずな行動力に。


――だって考えられないだろ。宇宙だぞ。あの娘、宇宙まで飛んできた。そこまでするか? 普通。


 狂太郎のその感覚は、こと、ゲーム的なルールが採用された異世界において、かなり的が外れている。

 何せ、彼ら”日雇い救世主”には、宇宙空間にいても適応可能なスキルの力がある。

 そんな彼が、この事態を予測できなかったのは、――ある種のジェネレーションギャップであろうか。


 宇宙。――それに対する、根源的な恐怖心。


 ロボットアニメ・ブーム全盛を経験してきたオタクが抱く、ほとんど呪いじみた感傷、と言って良いかも知れない。

 実際狂太郎はそれまで、宇宙空間に生身で飛び出した場合、即座に内臓が爆発して死ぬと、それくらいに思い込んでいた。


「うーむ。参ったな」

「せやねえ」


 エレベーターがゆっくりと地表へ向かって下降していることを確認しながら、狂太郎と仮面少女はしみじみ呟く。

 機内の隅っこでは、『ハンサガ』のラスボスがしょんぼり三角座りしていた。


「おっちゃん。一応、確認して良い?」

「なんだい」

「おっちゃんの目的って結局、――」

「世界を救うことだ。言ったろ」

「わかってる。で……ちなみに、世界って、どーやって救われるん? 具体的に」

「場合による」


 背嚢から湿布を取り出し、肩にぺたりと貼りながら、


「最も単純なのは、”終末因子”を無力化すること。――要するにこの、宇宙人エイリアンを殺してしまうことだな」


 言うと、男の頭だけになった彼が、びくんっ! と身体を震わせた。


「ひえええええ……、こ、殺さないでくレェ……」


 宇宙人エイリアンは、髪の毛一本もないハゲ頭をしわくちゃにして、必死に命乞いする。


「そのセリフは、これまでお前が大量虐殺してきた人類に言うべきだな」

「ううううう……」


 言いながら実のところ、狂太郎はそれほど目の前のこいつを憎んでいない。

 正直、――どうでもいいとすら思っている。


 ただ、このエレベーター内でこいつと戦っても、きっと共倒れになって終わりだろうという事実だけがあった。

 だからここでは、奴を斬らない。それだけの話だ。


「それで?」

「ん?」

「他にもあるんとちゃうの。”世界を救う”方法」

「ああ……そうだね」


 仮面少女の予測は正しかった。


「詳細な条件はよくわからんが、――この世界が消滅する未来が消えた瞬間に、とある”サイン”が出現する。そのサインを確認したら、ほどなくぼくは消える」

「そう、――なんや。で、そのサインは?」

「まだ、出てない」

「ってことはまだ、世界は救われてないっちゅうこと?」

「そうなるな」


 二人、宇宙人エイリアンを見る。


「じゃ、地上に戻ったら、改めて勝負、する?」


 すると男は、苦い顔になった。


「しない、しない。もうたくさんだヨ! わたしはもう……戦いたくなイ! きみたちを玩具にするのもたくさんダっ! わたしはこの星を去ル。それでいいだロっ?」

「それなんだが……もう無理だな」

「え」


 狂太郎たちが見上げる先で、宇宙基地に一筋、金色に輝く光が通り抜けたのが見える。

 轟音と共に、その巨大な建物が地表へ向かって堕ちていく。

 不思議と、エレベーターに届く振動は微々たるものだった。

 見上げると、二つのユニットを繋いでいた水平型のエスカレーターが、するりと解けているのが見える。

 どうやら軌道エレベーターと宇宙基地は、それぞれ別々に固定されていたらしい。


「おお………っ」


 遠目にも、ものすごい質量の破壊が行われていることがわかる。

 狂太郎はというと、


――この距離感だと、まるでミニチュア特撮のようだな。


 とか、その程度に思っていた。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ………」


 小男の目から、滂沱の涙がこぼれ落ちていく。


「わ、わ、わ、わたしは……もうお仕舞いダ……」


 だが狂太郎は騙されなかった。


「嘘を吐け」

「家を失い、大事な大事な、片割れも失ったんだゾ。もう終わりなんダ、わたしはぁ……死ぬしかないんダ……」

「だから、見え透いた芝居はよせ」


 もし今ので世界の救世が成ったのであれば、例の”サイン”が見られるはず(※41)。

 だが、それが未だに起こっていない、ということは、まだ完全には”終末因子”が取り除かれていない、ということになる。


 とはいえ、宇宙人エイリアンは少なくとも、芝居をしていた訳ではなかった。彼は本気で絶望していたのだ。


「そう言われても、その……もはやわたしには、何もなくなってしまっタ。あの宇宙基地は、わたしがうみだした有りと有らゆる知識の宝庫だったんダ。それがなくなってしまったら……もはや、わたしにできることなどなイ」

「では、いまここで考えろ。――まだ何かあるはずだ。世界を滅ぼす方法が。人類を終焉に導く手段が」


 言外に、「さもなければ、お前を殺すしかない」と匂わせている。


「うーん……うーん。……脳みそが半分になってしまったから、頭が回らン」

「根性で思いつけ」


 身長100センチほどの小柄な相手に、エレベーター内で詰問する。

 まるで悪ガキを叱っているような絵面だが、その時の狂太郎には笑っている余裕はなかった。


「ううむ……そ、そうだナ。一つだけ、世界を滅ぼす方法が……なきにしもあらズ」

「言うんだ。死にたくなければ」


 狂太郎、すでに仮面少女に合図して弓を構えさせている。

 抗戦の意図はない。今さらこいつを弓で撃ったとして、不利になるのはむしろこちらだろう。

 だが、半身を奪われたせいだろうか。宇宙人エイリアンはすっかり狼狽していて、「ひええええ」などと言っている。


「ええと、そういえば以前、一発で世界を滅亡させる仕掛けを……島のどこかに仕掛けたことがあった、ようナ……」


 一瞬の、間。そして、


「アホかッ! どう考えてもそれだろ!」


 少しキツめのツッコミを入れる。

 世界を救うには、――コイツを殺してその仕掛けを闇に葬るか、その仕掛けを壊す他にない。

 なお、狂太郎はすでに攻略WIKIは隅々まで読み込んでいるが、いま宇宙人エイリアンが言っているような仕掛けについては知らない。

 攻略WIKIといっても、万能の書ではない。

 ラスボスの正体とか、その辺の大仕掛けに関して誤りは少ないが、――マニアックな設定とか、ストーリーの細かい点などは記載漏れがある場合もある。


「それで? その仕掛けはどこにある」

「それは……」


 一瞬、小男がぐずぐずと躊躇する仕草を見せる。どうもこの化け物、片割れを失ったあたりから、すっかりキャラが変わってしまっているらしい。


「言っておくが、嘘や誤魔化しはしないことだ。死にたくなければ」

「うううう……」


 こういう時、狂太郎の凶相は役に立つ。

 宇宙人エイリアンは、すっかり情けない顔になって、


「わかっタ。わかっタ。仕掛けはなんか、ヘンテコな名前をつけた覚えが……あル」

「ヘンテコ?」

「うん。……たしか、”リセットボタン”とか……。なんかそんな感じノ……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※41)

 火道殺音が自分のいる宇宙基地を破壊したのは、それが帰還のトリガーになることを見込んでの賭けだったらしい。

 なお、この後、最後まであんまり出番がないためついでに報告しておくと、ごま塩頭の男と丸顔くんの二人は、あらかじめ火道殺音から受け取っていた《無敵バッヂ》の力により無事生還を果たしている。

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