46話 サガ
「うわっ、すっご……。このへん、”万年雪”が採れるあたりやん。ふつう、採集班のみんなでいろいろ用意して、そっから採りに行くもんなのに」
と、仮面少女が口にしたのは、標高4000メートルほどの高さであっただろうか。
とはいえそれを最後に、
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
しばし沈黙が続く。
その、驚嘆すべき状況下におかれても、……案外、四、五十分も変化がないと、さすがに退屈になってくるらしく。
――結構、待ちが長いな。
現実世界においても、軌道エレベーターは上空数百キロに設けられた宇宙ステーションへと繋がるものだ。この世界のそれがどういう仕組みかは知るよしもないが、それだけの距離の物理的移動がすぐさま行えるはずはない。
そこで狂太郎、「押すと裏設定が知れて楽しいぞ」と攻略WIKIに書いてあった『非常用』ボタンを押す。
すると流れてきたのは、二人の男女の台詞であった。
▼
男『おやおや、ついに来たカ』
女『この四人が”悪食竜”を殺したの?』
男『そういうわけではないようだガ。少なくとも、あの村の一員だヨ』
女『いずれにせよ、賭けは私の勝ち、ということね』
男『そうだネ。きみはヒトが勝つことに賭けタ。わたしは竜に賭けタ』
女『でしょ? 私、わかっていたの。彼らの力は、きっと奇跡を起こすって!』
男『負けたヨ。完敗ダ』
女『与えた餌が良かったのよ。あの島で採れるものには、筋力を強化する役割もあったし、――狩りが戦闘訓練の代わりも果たしてくれた』
男『手間暇をかけることに関してハ、きみには勝てないナ』
女『うふふ』
男『……む? おやおや。気をつけたほうがいいゾ。どうやら彼ら、非常用ボタンを押したらしイ。我々の言葉は聞かれているようダ』
女『あら。それ本当?』
男『うん』
女『そう。……でも、構わないわ。こんなにも楽しませてもらったんだもの!』
男『そうだネ。彼らはとてもよくやってくれタ。彼らの物語は、予定調和ではないドラマを生み出してくれタ』
女『ねえ。この四人はいま、何を思っているんでしょう?』
男『わからなイ。一人は……、恐怖』
女『一人は、好奇心ね』
男『一人は、外敵かどうかを見定めていル』
女『もう一人は……』
男『うーん。……うん? ちょっとよくわからないナ』
女『わからないの? あなたともあろうものが』
男『うん。彼は……なんだか不思議ダ。そもそも、この星の一般的な人類とは、生体組織すら違っているらしイ』
女『へえ。変わってるわね。でも、突然変異など、珍しくもない。この星の生き物は時に、そういう個体を生み出すわ。厳しい環境へ順応するには、時にそうした変化が必要なのよ』
男『いや、それにしては……ふうむ』
女『まあまあ! いいじゃない。私、みんなに会うのが、とっても楽しみ! みんなもきっと、そう思っているはず!』
男『これまで何億という命が、この世界の、いやこの宇宙の真理に気付かずに生きてきたわけだからネ。このファーストコンタクトはきっと、彼らの歴史に永遠に語り継がれることになル』
女『狩人たちは気付いているかしら。この宇宙は残酷で、我々の庇護なしには生きていけるはずがないってことに』
男『彼らだってきっと、心のどこかでおかしいと気付いていたはずダ。あの島にあるものはあまりにも、彼らにとって都合が良すぎる』
女『そうね。……明かりになるホタル。傷を癒やすハチミツ。チョコレート味の樹の実に、糖分を含んだ雪。……私あの、――冷たい雪のジュースが大好き!』
男『いずれにせよ、そんなものが自然界に存在するわけがなイ』
女『ジューシーな味わいのドラゴンもね』
男『あの世界は、我々が創りだした夢の箱庭ダ。彼らは今に、それを思い知ル』
女『ねえ。きっと彼らは、こう訊ねると思うよ。「お前は何者だ?」って。どう答えるつもり?』
男『我々とはナニか、カ。なるほど、興味深い質問だネ』
女『我々は――時代によって、いろいろな名前で呼ばれたわ』
男『種を蒔くもの』
女『高次元生命体』
男『創造主』
女『ヤハウェ』
男『アトム』
女『アフラ・マズダ』
男『アッラー』
女『大日如来』
男『ゼウス』
女『オーディン』
男『ユピテル』
女『ラ・ムー』
男『アマテラス』
女『しかし呼び名は違っても、我々は常に単一の存在であったわ』
男『我々はずっとずっと、観察を続けてきたんだヨ』
女『ああ! 私はやく、彼らにおめでとうと言いたい』
男『そうだネ』
女『どうする? どうしましょう? 彼らに私、何かを与えようと思うの! 私たちに与えられる、何もかも!』
男『彼らは未だ、物質に囚われていることだし、――きっと大したものは欲しがらないだろうからネ』
女『望むなら、世界の半分だってくれてあげましょう』
男『まあ、――”悪食竜”の食べ残しでよろしけれバ』
女『あはははは、はははは。ちょっと。笑わせないでよ』
男『いずれにせよ、彼らは偉業を果たしタ。その人生の全てをかけて、我々の退屈を埋めることができたのだかラ』
女『そうね。文明をいったん、リセットした甲斐があったわ』
男『おや? そろそろ四人がつくころだゾ』
女『彼らは、私たちになんて言うつもりかしら?』
男『どうだろウ。きっと想いもよらないことだヨ。予定調和ほど、つまらないものはないしネ……』
▼
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
四人の沈黙は、さらに気まずいものになった。
狂太郎は、細く、長いため息を吐いて、
――つまりこれ、あれか。
ファンタジーかと思いきや、SFでした、っていうタイプのやつ。
不思議な力の正体が、実は科学的な何かだったりして。
SF者なのにうっかりファンタジー系の小説でデビューしちゃった作家が最終的に行き着くやつ(※39)。
やがてごま塩頭が、重い口を開いた。
「一応、聞いておきたいんやがな」
「なんすか」
「この……エレベーターの先にいる連中はつまり、わしらが今までいた地上の……ありとあらゆるものを創った連中、っちゅーことか?」
「そうみたいっすね」
「わしらが日頃、ありがたく頂いている食いもんの大半は、連中が創りだしたものっちゅうことかな」
「恐らく、そうでしょう」
「そうか……」
老人、そっぽを向いて、眼下に広がっている光景を見る。
すでに軌道エレベーターは大気圏を突破している。
そうしてようやく気付く。
この世界の地表は、ほとんど使い物にならなくなっていることに。
アフリカ大陸、オーストラリア大陸、南アメリカ大陸に北アメリカ大陸の大半、そしてユーラシア大陸の半分ほどが、海中に沈んでいることに。
「…………と、とんでもねえところに来ちまったよぉ……」
丸顔君の顔色も蒼い。
仮面少女だけが平然としていて、
「へー、こーいう感じで成り立っとったんやねえ、うちらの世界って」
と、若年層特有の順応力を発揮している。
「でも、退屈を埋めるためだけに、信じられないくらい人を殺してまう神様なんてあたし、いらんな。やっぱおっちゃんの言うとおりや」
「言うとおりって?」
「狩ってしまった方がええ。この先にいる……その、ちきゅーがいせいめいたい、とかいうの」
狂太郎、その身も蓋もないセリフに苦笑。
「これが生き物の
「ん? なんかゆーた?」
狂太郎が、何か洒落た切り返しを考えて、――その時だった。
ちーん♪ という気の抜けるようなチャイムと共に、軌道エレベーターが到着したのは。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※39)
一応ここで、筆者から明言させてもらいたい。
その手の話の決着を批判しているわけではないですし、むしろ大好きです、と。
だから作家同士の飲み会とかで、私を虐待するのは止めて下さい。
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