45話 軌道エレベーター
まず、地震。
それもただの地震ではない。
例えるならそれは、巨人に振り回されているかのような横揺れだった。
「な、なになになになにッ!?」
仮面少女が叫び、二の腕に飛びつく。狂太郎、覚悟はしていたが少し腰が砕けている。
辺りにもの凄い勢いで土煙が満ちてきていて、喘息の人が見る悪夢のような絵面が出来上がった。
慣れたもので、全員、すばやく口元に布を当てている。
「やばいッ……なんか知らんけど、やばい!」
丸顔くんが、
「ここにいるとマズいな! 急いでキャンプ地まで避難を……ッ!」
「キャンプ地まで」と言い終える頃には、《すばやさ》を起動した狂太郎が仲間を順番に運び込んでいる。
ついでに、これ以上土煙が侵入してこないよう、出入り口周辺に木材を積み、簡単に蓋をして。
「…………おお、こわいこわい」
隙間から、そっと外を覗き見る。
丸顔くんの指示は正しかった。
島が揺れ始めてから、氷の塊や直径30センチほどもある樹の実などが雨あられと降り注いだためである。
さらに、世界樹を住処としていた、あらゆる羽虫や毛虫どもが、逃げ場を求めてあっちこっちから飛び出してくるのが見えた。
――地獄絵図、だな。
「………なっ。なんや、いまの」
今だ状況がわからず、パチパチと目を瞬かせているごま塩頭。
「おっちゃん、例のあの術、つこたん?」
「そういうことだ」
揺れは、少しずつ収まっていく。
出入り口前に降り注いだ土塊を取り除き……一行が、木のうろから飛び出すと、――。
「……なんやこれ。たまげたなあ……!」
みんなが目を疑ったのも、無理はない。
いま、彼らのみなの目の前にあったのは、――それまでずっと、巨大な一本の樹だと思っていたものの、化けの皮が剥がれた姿である。
化けの皮。
その表現は、正しい。
実際それは、皮だった。少なくともそのように見えた。恐らくは、何百年、あるいは何千年もの間に、果てしなく成長した締め殺しの木(※38)の一種である。
それが今、数度の震動の末に剥ぎ取られ、その内部にあるものが露わになっていた。
見たところそれは、恐ろしく頑強で、柔軟性にとんだ透明のゴムチューブ……の、ようなもの。
それは、こうしている今もぐにゃぐにゃとたわんでいる。
まるで、寝起きの動物がするストレッチのように。
「なんなんなんなん!? これ、なんなん!? こんなん、見たことないっ」
仮面少女が、なんだかちょっと韻を踏んだ感じで悲鳴を上げる。
その正体に見当がつかなくて当然である。
実際にそれを目の当たりにした狂太郎ですら、攻略WIKIを読んでなければ、その正体に気づきもしなかったはずだ。
あんまり引っ張ってもしょうがないので、さっさとその正体について話すと、――ようするにそれは、軌道エレベーターである。
目下、我々の世界でも研究が進められている、地上と宇宙空間を繋ぐあれだ。
ファンタジー世界に突如現れたそのSF的ガジェットは、堂々たる姿でこちらを見下ろしている。
――村ではたぶん、大騒ぎだろうな。
不機嫌そうな殺音の顔が、目に浮かぶようだ。
その時だった。
狂太郎たちがいたはずのキャンプ地付近に、”アカリホタル”たちが集結し、『おいでませ 狩人ご一行』という形になったのは。
まるでそれは、夜の街で見られるネオン・サインのようであった。
「よし。予定通りだな」
「予定通りって……えええええええ……うそやん……これ、ホンマにおっちゃんが思ってた通りなん?」
「無論だ」
狂太郎、再びキャンプ地であった場所に引き返しつつ、
「ところで、みんな。ぼくがここに来るとき、なんと言ってみんなを誘ったか、憶えているかい」
「え? ああ、あの、いっちょう狩りに行く、とかどうとか?」
「それだ。ぼくたちはこれから、狩りに行く。……つまり、戦闘になるということだ。その覚悟を固めて欲しい」
「……ふむ」
「ただし討伐対象は少々、異例のものとなる」
「異例?」
「地球外生命体だ。――今から我々は、
▼
その後、キャンプ地に入り込むと、わかりやすく矢印つきで『こちらへ!』という文字がある。
木の根ががっちりと張り巡らされているはずのその奥はいま、一本の通路へと繋がっていた。内部は、明らかに高い文明力を匂わせる、蛍光灯の輝きが満ちている。
「……この先に、……その、ちきゅーがいのなんたらが?」
「まあね」
「ふむ。……コケの方がまだ信憑性があるが……」
頼りの仲間たちは皆、初めて火を見た原始人そのものだ。
そんな仲間を先導するように、狂太郎は先へ進んでいく。
「正確には、もっと上。エレベーターに乗った先にある、宇宙基地だけど」
「なあおっちゃん、――さっきも気になったけど、――なんやの、ウチューって」
不思議そうな仮面少女。
狂太郎、
――そうか。この村の人たち、空の上に何があるかも知らずに育ったのか。
と、気付く。
「ずーっと上の方だ。雲よりも、もっと上。青空の上」
「へーっ。そこを、宇宙って言うん?」
「その通り」
そこで、デパートとかでも見られる、鉄扉に出くわした。
ボタンは、一つ。
プラスティック製で、押したらピカッと光るやつである。
「へええええええ……。なんや、直線ばっかりで気色悪い建物やなぁ」
と、仮面少女。わからなくもない。彼女の村は、村長の屋敷を中心に円上に組まれている。あれはどうやら、モンスターの侵略があった時、屋敷の盾となるための措置らしいが。
「さて、――行きますか」
狂太郎がボタンを押すと、「ぽーん♪」という軽快な音とともに、扉が開いた。
エレベーター内部はガラス張りで、外が見えるタイプになっているやつ。
内部のボタンは、『最上階』と『地上階』、あと『非常用』の構成である。
「みんな、覚悟を決めてください」
「うむ」「……ああ」「おっけー!」
大人たちは皆、明らかにこれから先、ろくなことが起こらないことを察している。
だが、それでも狂太郎に着いてきてくれているのは、「友情」50%、「都会ものへの対抗心」50%、といったところだろうか。
少女だけが一人、好奇心一杯でガラスに顔を張り付けていた。
狂太郎、まず『最上階』ボタンを押す。
ふわりとした浮遊感。エレベーターが上昇していく。
その速度たるや、
「うをッ!?」
狂太郎がちょっぴり声を上げてしまうくらい、速い。
エレベーターに乗ったことがあるものが「これくらいかな?」と想像する、十倍ほどのスピードだ。
なお、例のあの、耳がきゅっとなる感覚はない。
そもそも、この世界に”気圧”という概念は存在していないのかもしれない。
だとしても、心は、本能的な危険を訴えかけている、が。
「この高さで落ちたら……さすがに助からんな」
ぼそりと、ごま塩頭が漏らす。
「《無敵バッヂ》があるので大丈夫でしょう」
「……ホントに役に立つんか、これ」
「恐らくは」
いずれにせよ、これを使うような事態にならないことを祈るのみだが。
「ところで、――そろそろ、教えてくれてもええか?」
「はい」
「おまえ、いったい何者や」
「何者、というと?」
「惚けるなや。……おまえ、ただの都会もんとちゃうやろ」
「? ぼくは都会出身ですよ」
嘘ではない。実際、狂太郎は、東京都練馬区出身である。近所にドラえもんが住んでいると信じて生きてきた。
「嘘つけ。……儂ぁ以前、ナゴヤまで出かけたことがある。だが、おまえさんが持っていたようなその……カップ麺とかなんとかいうんは、一つも見当たらんかったぞ」
「そりゃそうでしょう。ぼくが来たのは、もっと遠くの……東京という街です」
「東京? トーキョーのことか?」
「はあ」
「嘘こけ。そないなアホなこと、あるかいな」
老人、幽霊を見るような顔をする。
その時だった。
大気圏を突破したエレベーター、その窓から、遙か眼下に広がる地上を眺めることができたのは。
狂太郎、それを見て、
「…………ふむ」
小さく吐息をつく。
目の前のそれは明らかに、日本列島、であった。
とはいえ、もはや見る影もない。その領域の大半は海の中に沈んでいて、雑に消しゴムをかけられたような形状をしている。
そして、足元にぽつんとある小さな島の正体は、――かつて西宮市と呼ばれた、関西の一地方であった。
――コーシエン。甲子園、ね。
もちろん、そのような有り様と成り果てているのは、日本だけではない。
世界中が、虫食い葉のようになっている。
――これぜんぶ、”悪食竜”の仕業か。
さすがに戦慄する。
自宅を荒らされたような気分だった。
そこでごま塩頭は、ぼそりと呟く。
「東京なんちゅう街はもう、千年も前に亡びたっちゅう話やぞ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※38)
締め殺しの木というのは、主に熱帯に分布する蔓植物の俗称である。
他の植物や建物、岩などを絡みつくように成長するため、この名前で呼ばれるようになったという。
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