44話 《こうげきⅩ》

 火道殺音の「良い考え」は、実に単純なものだった。


①殺音自ら、”悪食竜”に接近する。

②スキルの力を発動させて、その辺の石ころを投げつける。

③敵は死ぬ。


 以上である。


 とはいえ本来、”日雇い救世主”の戦いとはそういうものだ。

 なにせ彼ら、長くとも半年以内に世界を救うことを定められている。

 与えられている力は、それだけに大きい。


 いかに巨大な敵でも一撃で屠る、《こうげきⅩ》。

 あらゆるダメージを受け付けない、《ぼうぎょⅩ》。

 全ての術式に精通するという、《まりょくⅩ》。

 命ずるがまま、思うがままに振る舞える、《みりょくⅩ》。

 いかなる残酷な運命もねじ曲げる、《こううんⅩ》。


 そして、韋駄天の如く世界を駆ける、《すばやさⅩ》。


 ”日雇い救世主”に与えられたスキルは決して、――敵の能力を下回らない。



 仲道狂太郎はいま、世界樹のうろの中にあるキャンプ地で、最後のカップラーメンを仲間に振る舞っている。


「ふむ……なんやこの……この、肉……この謎肉の正体が気になる」

「それ、大豆由来の何からしいで」

「豆? これが? ちょっと信じられへんな……」


 道連れは、”蒼天竜”を共に討伐した三人。

 仮面少女。

 ごま塩頭の男。

 そして、モブ顔の狩人。


 ちなみに狂太郎、今さらになってこのモブ顔くんの正体に気付いている。

 彼、狂太郎が『デモンズボード』の世界にいたときにあっさりと死なせてしまった、丸顔の男らしい。

 食い物が良い所為だろう。――この世界ではかなり引き締まった顔つきだったため、気付くのがずいぶん遅れてしまった。


「ん? ……なんだい。俺をそんな目で見て」

「――いや。なんでもない。うまいかい、都会の食い物は」

「うーんと。まあまあかな」

「そうか」


 『デモンズボード』の世界の彼とは別人とは言え、死人と話している感じがする。


――今度は、死なせないからな。


 彼の胸にはいま、殺音に預けられた《無敵バッヂ》が輝いていた。

 もちろん、彼だけではない。仮面少女にごま塩頭の男、それに自分自身の胸にも。

 敵に送られた塩を嘗めるのは気が引けるが、これも安全のためだ。


 皆が皆、カップ麺の残り汁まで飲み干したころ。


『ギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ…………』


 遠く、”悪食竜”が威嚇する声が聞こえて。

 四人は連れ立って、木のうろから飛び出した。

 この角度から見える魔物の姿は、――どうみても山、そのもの。

 のそのその動く山なりの化け物。それが、ゆっくりと村へ向かっていくのがわかる。


「ひえーっ! とんでもねえデカさやなあ! あいつ、ご飯とかどうしてるんやろか!? うんちもきっと、とんでもなくおーきいんやろーなあ!」

「……飯食ったばかりで、きみ……」


 などと、暢気な会話を続けつつ。


「しかし、あんな馬鹿でかいモンスターの討伐、……俺たちも参加しなくて良かったんですかね」


 と、丸顔くん。


「しらん、しらん。わしらがおらんくてもあの、お強い村長サマがなんとかするやろ」

「だったらいいんですけど」


 ごま塩頭も、少し吐き捨てるような口調だ。強い言い方をすることで、どうにか不安を吹き飛ばそうとしているようにも見える。


「問題ありません。あれくらい殺音なら、単独でなんとかするでしょう」


 というか、そうであってくれないと困る。


「しかし、――アンタがどうしてもっちゅうから、ここまで出張ってきたが……ホンマにこれからその、『とんでもないこと』が起こるんやろなあ」

「ええ」

「いま見えてる……あの魔物以上の獲物なんやろ?」

「間違いありません」


 あそこにいる”悪食竜”など、これから戦う敵にとっては単なる操り人形にすぎない。


「ぼくの予言は、百発百中でね」


 ごま塩頭、苦い顔で笑って、


「まあ、ええけどな」


 と、その時であった。

 遠目に見える”悪食竜”の姿に、異変が起こる。

 きらっ、きらっ、と一閃、光の筋が竜の頭部にぶつかったかと思うと、――


 ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん……。


 それはちょうど、雷鳴に近い音であった。

 同時に、島に存在するあらゆる鳥類が、天空向けて飛び立つ。


 


 我先にと明後日の方向へ逃げ去るそれらは、”悪食竜”など話にならない怪物の存在に、今さらになって気付かされたかのようだ。


「…………――!」

「………う………わ………」

「ひええええええ……」


 三人の狩人たちはそれぞれ、言葉を失って立ちすくんでいる。

 それも無理はない。

 先ほどまで元気いっぱいに島へ向かっていた”悪食竜”の首から上が……たった一撃で、綺麗に吹き飛んでしまったためだ。


 山が……ぐらり、と、前面に向かって崩れていく。

 ずん、と、最後に地面が少し揺れ、大きく土煙が舞う。

 それきり、島の脅威は取り除かれた。


 狂太郎は遠目に、


――なるほど。彼女の妙な自信は、あの力のお陰か。


 と、思う(※36)。


「……さて。それはともかく」

「そ、それはともかく!? いやいやいや! なんでおっちゃん、そんなに冷静なん!?」

「ぼくの地元ではまあ、時々あるコトなんだよ」

「へ。……へー……そうなんや。こわぁ……都会もん、こわぁ」


 そんな少女の頭をぽんぽん(※37)してやって、


「いずれにせよ、”悪食竜”を殺したことで、フラグが立ちました」

「……フラグ?」

「”次に進むための条件”と言ったところでしょうか」

「ふむ。それでその、フラグとやらが立つと、どうなるんや?」

「すぐにわかります。……その前に一つ、約束してもらっていいですか」

「? なんや」

「この一件が終わったら、ぼくと殺音は、間もなく村を去ると思うんです。だからこの後のこと、ぜんぶ貴方に任せたい」

「任せるって……何を?」

「新たな村長となってください。あなたが」

「なに?」


 するとこの男、なんだか酸っぱいものを口に入れたような顔をした。


「ええと。……ぶっちゃけると、めんどい」

「それでも、立候補だけでもしてくれませんか。きっとあなたは向いてると思うんです」

「そおかあ? わし、現場で働いてる方が性にあっとるんじゃが」

「ときどき現場に出る村長になればいい」

「ふーむ」


 ごま塩頭、まだ決めかねている。

 念のため、もう一押し。


「仲間想いで、よそ者に懐疑的。だが、一度良いものだとわかると、すぐそれを受け入れるだけの度量もある。ぼくが思うに、あなたは人を統べるためのあらゆる素養を持っている」


 ちょっとだけ、騙されやすいきらいはあるが。

 まあ、お人好しというのも、――愛すべき魅力の一つだろう。


 そもそも、この男が村長に向いてないハズがない。

 本来、そのポジションにいるべき人は、彼なのだから。


「なんや、気色悪い。ずいぶん褒めよるやないか」


 狂太郎がここまで言うのは、理由がある。

 仲道狂太郎は、ストーリーのネタバレを最後まで読んでいるのだ。

 この島に住む人々が真の苦難に見舞われるのはむしろ、だとわかっていたのである。


「約束しましたよ。……今の話、二人とも、聞いたな?」

「え?」「あっ、はい」


 急に話を振られて、戸惑う仮面少女と丸顔くん。

 それでは、と、狂太郎は背を向けて……世界樹がある方へ向き直った。


――今ごろ殺音は、勝ち誇っているところだろうか。


 彼女はきっと、間に合うまい。

 となると最終決戦は、この四人だけで行うことになる。


「みんな、見てください」


 瞬間、異変が起こった。

 世界がその正体を、露わにする。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※36)

 ちなみにこの時点での狂太郎には、彼女が行った攻撃が、ただの投石だとは気付いていない。何かの異界取得物を使ったのだろう、くらいに考えていた。


(※37)

 重ねて言うが、他人様の肩から上を気安く触るのはすごく失礼だと思う。

 そういうのが許されるのは、ライトノベルの主人公だけじゃなかろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る