47話 ゲーム・キャラクター

 エレベーターが開くと、――これまでのファタンタジックな世界観から一転、いかにもSF的な宇宙基地が一行を出迎えた。

 まるで、『スタートレック』に登場する宇宙探査船を思わせるその空間は、まるで建物そのものの時間が静止しているかのように生活感がない。

 無機質な小部屋。


「……ここがその、天国ってことか?」


 丸顔くんが顔をしかめる。

 恐らくだが、彼が想像していたありとあらゆる”天上の世界”と違っていたのだろう。


「なんやここ、――どっかで見たことあるなあと思ってたけど。あれやね。ちょっと村長の屋敷っぽいね」


 確かに。古びた鋼材が用いられているところもよく似ている。


「気をつけぇ。何考えとるかもよくわからん連中やぞ」


 ごま塩頭、すでに抜刀し、盾を構えている。

 狂太郎、そんな彼の肩に手を当てて、


「まあ、落ち着きましょう。とりあえず話し合ってから」

「……話し合っても、どーにもならん相手というのもいる」


 実を言うとこれは、まったくの同感だった。

 特に異世界には、説得そのものが不可能な邪悪というものが存在する。

 恐らくは神によって、そのように命の意味を定められた怪物たち。

 人を害するためのモノ。

 モンスター。

 魔物。

 魔族。

 あるいは”日雇い救世主”の間で”終末因子”と呼ばれている連中だ。


 彼らには、利害というものがない。

 ただ、邪悪であること。

 それが、”かくあれ”と命じられた存在理由レーゾンデートルなのである。


 すでに狂太郎、そうした怪物たちを少なからず始末してきた。

 だが、救ったこともある。その線引きに関して、彼は明確な基準を決めていない。

 ただその辺、あまり深く考えてはいけないとも思っていた。

 明確に線引きすると危険なものもある。心を病むためだ。”救世主”も楽な仕事ではない。


「作戦。わしがタンク。都会もんは好きにせぇ。あとはアタッカー。以上」


 狂太郎、”蒼天竜の兜”をしっかり被り直し、老人に続いた。

 四人は縦一列に並びながら、慎重に先へと進んでいく。

 シューッと途中、扉が自動的に開いた。進むべき道は明白である。単純に一本道なのだ。

 小部屋を抜けた先は、透明な硝子に囲まれた水平型エスカレーターになっていて、ゴムベルト式のベルトコンベアに乗ると、自然と目的地が近づいてくる。……鋼鉄で作られた正方形の建物。雑多で、武骨な機械部品の集合体。

 感動は、それほどない。

 すでに一行は、エレベーターの中で飽きるほどそれを眺めている。

 ただ、ぴりぴりした緊張が漂っていた。


 ”終末因子”との決戦前はいつもそうだ。独特の感情が胸に去来する。

 遂に旅が終わるのだ、という。


 ベルトコンベアの先は、大きめの自動ドアが一つ。そこを進むと、何のために創られたかまったく見当もつかない、ひたすら広いだけの空間が広がっていた。

 辺りを見回すと、”蒼天竜”を始めとする島のモンスターの剥製が飾られているのがわかる。

 彼ら自慢の、――創作物たち。

 だが素直に感心する気にはなれなかった。むしろ、奇妙な不快感が勝る。


「死の匂いが、立ちこめとる」


 ごま塩頭が呟いた吐き捨てるようなセリフが、四人の心情を物語っているようだった。


 建物中央へと向かうと、得体の知れない、ゲーミングキーボードみたいにピカピカ光るボタンがズラリと並んでいる。

 操作盤の前に座っているのは、一人の男。

 とはいえ、明らかにそれは人間のシルエットではない。そいつは1メートルくらいの小柄な身体に頭部が二つのっかった、奇怪な姿をしていた。

 顔は、二種類。

 どちらもつるつるに禿げ上がっていて、なんだか青みがかった肌をしているが、――オスとメスっぽいことはわかる。

 身に纏っているのは、いかにも”宇宙服”といった感じの、銀色にぴかぴか光るピッチリスーツだ。

 宇宙人エイリアン

 ぱっと見でわかる、そんなデザインである。


「「やあ四人とも! 良く来たネ」」


 宇宙人エイリアンは、二人揃って同時に発声した。


「おめでとう。ここまで辿り着いた人類は、君たちが初めてダ」

「初めて……?」

「そうとも。それも人類史上、最初の四人ダ」


 その口調はどこか、お兄さんが年端もいかない幼児に声をかけるよう。


「今まで、あらゆる勇者があの怪物に挑んでは倒れていっタ。定命の君たちが、その命を散らしながらも”悪食竜”と戦う姿には、――この我々ですら、感動するものがあったヨ。そして君らは、あいつを倒してのけタ! これは素晴らしいことダ!」


 なんかこの辺、ゲームキャラの定型文っぽい違和感がある。

 あの巨大な怪物を倒したのは火道殺音であって、狂太郎たちではない。

 しかもワンパンだったし。言うほど感動するとこ、あったか?


「私たち、この感動をくれた君たちにお礼がしたいの! さあ、なんでも望みをいってごらんなさい」

「一つ、疑問がある」


 押し殺した声で、老人が口を開いた。


「あの化け物を生み出した理由は?」


 応えたのは、男の方だ。


「それを語るには、少し話を遠回りする羽目になるが、いいかネ?」

「いまさら、構へんわい」

「我々は、星のデザイナーでネ。いろいろな星を巡っては、自分好みの世界を生み出すのを悦びとするのサ。私がこの星に目をつけたのは、今から十万年くらい前だったかナ? 当時はげっそりするほど知能の低い君たちで、一時期は絶滅しかけたりもしたようだが、……まあ、こっち側でうまいこと環境を整えてやってネ。一時はずいぶん繁栄したものダ。小粋に戦争などしたりしてネ。あの頃は良かっタ」


 男の顔の方が、遠い目をする。

 次いで、女の顔が口を開いた。


「でもある日のこと。きみらはすっかり仲良しになって、世界がすっかり平和になってしまったの。私たち、困っちゃった。だって戦争のない世の中なんて、ぜんぜん面白くないじゃない。失敗の原因は、あなたたちの天敵をことごとく始末してしまったこと。だから、あなたたちに本来備わっていた獣性が損なわれてしまったのね」

「それで、――例の”悪食竜”を創りだした?」


 男の顔が、にこっと笑って、


「そう! そうして我々は、世界を一度滅ぼすことに成功したわけダ」

「それで私たち、あなたたち狩人を創りだしたの! 強力な力を持つモンスター、その肉を喰らう人々! 常人を遙かに超える力を持つ人々! 誇り高き戦士たち!」

「きみたち狩人は、軟弱な”都会もの”を嫌うだろう? だが、そんな君らさえ、我々の創造物に甘やかされた存在だったのダ。これはちょっとした皮肉だと思わんかネ」


 二人分の笑い声が、広い空間に反響した。

 同時に、がらんがらんがらん! と、大剣が床に落ちる。

 丸顔君が膝をついて、その場にうなだれた。


「そんな……こんなことってないぜ。俺たちの世界が、誰かの創ったものだなんて」


 狂太郎、「あれ? そこに絶望するんだ」と思っている。

 そういえば狩人たち、神を信仰している様子がない。案外、そういう発想そのものがない人々だったのかもしれなかった。


 ごま塩頭などは明らかに怒り狂っていて、額に青筋が立っている。

 無理もない。一度世界を滅ぼされた上に、狩人の誇りまで踏みにじられたのだ。

 これで何も思わないのであれば、人類を代表してこの場にいる意味がない。


 狂太郎、この数瞬後の「ふざけるな! →戦闘」展開になる気配を読み取って、


「ふざっ……」

「あ、ちょっと待って下さい。一ついいっすか」


 早口で目の前の宇宙人に声をかける。


「なんダ?」

「ぼく、一応、業者なんですけど」

「業者?」

「ええ。それでですね。少し話を伺いたいんです」

「は?」

「ええと、――あなたってその、異世界のこと、ご存じ?」

「異世界……?」

「はい。この世の中には、こことは違う、色んな世界が存在していて、……ここも、その一つに過ぎないってことなんですけども」


 すると宇宙人エイリアンの頭が、揃って未開人をせせら笑うような顔つきになった。


「何それ? あなたの好きな冒険小説の話かなにか?」

「いや。現実の話です」

「馬鹿いっちゃいけないヨ。世界はこの一ツ。ここだけダ。我々は、唯一無二。究極にして、完成された存在だからネ」

「ああ、そうですか」


 狂太郎、その一言でだいたい状況を理解して、ごま塩頭の肩に手を当てた。

 そして、彼のセリフを肩代わりするように、


「では、お前も結局、ゲームのキャラに過ぎないってことだ。安心してぶちのめせるな」


 不敵に笑った。


 すでに狂太郎、”終末因子”と呼ばれている連中を何匹か始末してきている。

 だが、救ったこともある。その線引きに関して、彼は明確な基準を決めていない。

 迷うときはいつも、その時の気分、ということにしている。


「みんな、武器を取れ。いつもと変わらない。狩りの時間だ」

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